第1話 新馬戦
鹿児島県、霧島連山の裾野に広がる橘ファーム系列の牧場で、その仔馬は生まれた。
父はディープインパクト系の中堅種牡馬、母は現役時代に未勝利で終わった地方出身の牝馬。
血統表の上では、これといって語ることのない配合。
セリに出しても値がつかない。
生産者自身がそう見切りをつけるほど、これといった特徴のない、ごく平凡な栗毛の牝馬。
普通の牧場なら、繁殖に転用するか、あるいはもっと早い段階で見切りをつける。
しかし霧島の牧場は、そもそも見切りをつけるほどの選択肢を持たない零細牧場。
売れなければ、育てて走らせるしかない。
その牝馬に、キリシマノカゼという名がつけられた。
預託先を探していた牧場に声をかけたのは、栗東で小さな厩舎を営む調教師、向井要。
40代後半、地方競馬上がりのたたき上げで、大手クラブとは縁のない弱小厩舎を細々と経営している。
馬主の大迫源次郎とは、他の誰も引き受けなかった安馬を、これまでも幾度となく託されてきた古い付き合いだ。
「面白そうな仔がおるんですが」
向井が電話一本で牧場の写真を見せた時、源次郎は二つ返事で預けることを決めた。
データより、自分の目と手で馬の状態を確かめる。
それが向井のやり方だった。
デビューは、8月5日、小倉競馬場第5レース。
3日前、栗東の坂路で最後の追い切りが行われた。
本番を想定した強い調教で、馬の息づかいを確認する作業だ。
追い切りに立ち会った向井は、キリシマノカゼの様子を黙って見つめ、厩務員の拓也に短く指示を出した。
「鞍上は、宮崎でいく」
木曜に出走馬が確定し、金曜には枠順が発表された。
前日輸送でトラックに揺られ、栗東トレーニングセンターから小倉競馬場へ。
鞍上の騎手は、前日21時までに調整ルームへ入り、外部との連絡を断つ。
その鞍上に指名されたのが、宮崎蓮という名の見習い騎手。
19歳。免許を取って2年目。
減量特典のおかげで斤量が軽くなる代わりに、実績のある馬には滅多に声がかからない。
エージェントを持たない彼のもとに回ってくるのは、他の誰も乗りたがらない馬ばかりだ。
キリシマノカゼも、そのうちの1頭に過ぎなかった。
前日、向井は宮崎を厩舎に呼び、レースの方針を伝えた。
「出脚は気にするな。無理に競らず、道中でじわっと位置を上げていけばいい」
指示は簡潔。
正直、向井自身も過度な期待はしていなかった。
ただ、暴れず、素直に指示を聞く。
稽古で跨った時に宮崎が感じたその手応えを、向井も見て取っていた。
当日、朝から獣医師による馬体検査を受け、跛行がないことを確認された後、装鞍所で馬体重が計測される。
452キロ。
ファンに向けて電光掲示板に表示されたその数字を、気に留める者はほとんどいない。
パドックに、キリシマノカゼが姿を現す。
単勝オッズ48.2倍、11番人気。
セレクトセールで数千万円の値がついたノーザンファーム生産馬たちが悠然と周回する横で、キリシマノカゼの姿を一瞥する視線には、明らかな値踏みの色があった。
「九州産馬か」
「地味な仔だな」
トラックマンたちの囁きが、パドックの喧騒に紛れて消えていく。
厩舎関係者の輪の中、向井は腕を組んだまま黙って周回を見つめ、少し離れた場所から源次郎が同じ方向を見ていた。
二人の間に、言葉は交わされなかった。
パドックでの会話は関係者間であっても控えるのが決まりであり、向井の指示はすでに前日のうちに宮崎へ伝え終えている。
「止まーれ」
パドックの合図とともに、宮崎がキリシマノカゼの背に跨った。
本馬場へ入場し、返し馬で軽く芝の感触を確かめる。
ファンファーレが鳴り響き、1頭ずつ、発走委員の誘導でゲートへと吸い込まれていった。
午後12時25分、ゲートが開いた。
出走馬14頭。
1番人気は、セレクトセールで高額落札されたノーザンファーム生産のディープインパクト系産駒、単勝1.8倍。
キリシマノカゼの出脚はやや鈍く、他馬に一瞬遅れる形でスタートを切った。
しかし宮崎は無理に押さず、馬なりのまま位置取りを整えていく。
最初の3ハロンの通過タイムは34秒2。
小倉の芝は開催後半に入り、内ラチ沿いが荒れ始めていた。
多くの騎手が350メートルの短い直線を意識し、4コーナーで馬場状態の良い外側へ進路を選ぶなか、宮崎はキリシマノカゼを最も内側の最短ルートへ誘導しながら、道中でじわりと進出を開始した。
向正面から3コーナーにかけて、他馬がまだ脚を溜めているタイミングで、宮崎はキリシマノカゼの手綱をわずかに緩めた。
1ハロン12秒0前後のロングスパート。
まだ誰も本気を出していない局面で、キリシマノカゼだけが早めに脚を使い始める。
「早いな、あの馬」
スタンドの一部が、その動きに気づき始めた頃には、キリシマノカゼはすでに中団前目、7、8番手あたりまで 位置 を押し上げていた。
残り200メートル。
前半にハイペースで飛ばした先行集団のラップタイムが、11秒8から12秒5へと急激に落ち始める。
すでに脚を使い切っていたキリシマノカゼの直前の馬たちが、次々と失速していく。
派手な加速ではない。
ただ、早めに動いた分の貯金と、他の馬たちが失速した分だけ、相対的に位置が上がっていく。
残り50メートル。
1番人気馬が内から並びかけてきた。
完全に脚が止まった相手ではなかったが、キリシマノカゼは最後まで同じリズムを崩さず、わずかに差し返す形でゴール板を駆け抜けた。
結果は2着にクビ差をつけた1着。
勝ち時計は1分10秒1。
夏の2歳戦としては極めて平凡な決着時計で、JRAのレース回顧でも「早めの仕掛けがうまくハマった」と処理される内容だ。
検量室前。
宮崎は下馬すると、規定通り体重計に乗り、斤量に不正がないことを確認された。
表彰式は簡素なもので、向井が短く拍手を送るなか、源次郎はまだ半信半疑の表情でスタンドに立っていた。
厩務員に引かれて戻ってくるキリシマノカゼを見て、宮崎はふと違和感を覚えた。
早めにロングスパートを使ったはずなのに、息を切らして歩様を乱す他馬たちとは対照的に、キリシマノカゼの呼吸数は、すでに平時の状態に戻りつつあった。
上位入着馬として、念のためのドーピング検査で尿と血液が採取される。
それが終わると、厩務員が丁寧にシャワーで泥を洗い流し、クールダウンのために引き馬でゆっくりと歩かせた。
この段階では、まだ誰もこの時計の遅い九州産馬に注目していなかった。




