老人の朝のきまり
川上から吹き下ろしてくるひんやりした風に、うつらうつらと揺れていた意識が引き戻された。木陰の下のベンチに座ったまま眠りに落ちていたようだ。
はて、自分は何をしていたのだろうか。おぼろげな記憶が少しずつ鮮明になっていく。
いつものように冷たい川に下りて、懸命に川底を探していたのだ。川の水で冷えた足先がぽかぽかとしてきた。
今日も探していた妻の形見は見つからなかったが、明日だって明後日だって探すことができるじゃないか。今までだって見つからなかったものが今日少し気張ったところで、どうなることでもない。気長に探していればそのうちに見つかるさ。朝から川で妻の形見を探し、川から上がって、川原の上のベンチでいつものように、酒を飲んだ。そこまで思い出した。ベンチに置いた右手の横に半分まで飲みかけた酒の入ったカップがある。朝から川で妻の形見を探して、酒を飲む。もうずっと前から続いてきたことだ。
最近は酒の回るのも早くなった。
言いようのない酔いの心地よさに、五感がぼんやりとしていく。眉の上の傷の痛みも和らいでいくようだ。カップを左手に持ち替え、右手の中指で、傷に軽く触れてみた。一瞬遅れて痛みが走る。
「あっ」
思わず声が漏れた。
「安い酒を飲むようになったものだ」
男は痛みに挙げた声を打ち消すように誰にでもなく愚痴をこぼした。空いている自分の右の掌を見る。掌に皴が増えた気もしたが、そもそもいつに比べて皺が増えたのか、よく分からなかった。
「昔と何も変わっていない」
男は独り言には大きすぎる声でそう言い、込み上げて来そうな感傷を抑えた。
さてと……―
考えを別のどこか遠いところに巡らそうとしたとき、また眉の上の傷が疼いた。




