正確さと迅速さ
「坂井くん、まだ終わらないのか?」
苛立った課長の竹内の声が、しんと静まり返ったロビーに響いた。オレの初歩的なミスのせいで、定時をすぎても預金課の職員は居残りをさせられていた。銀行の仕事は正確さが常に求められる。勘定が一円違っていても職員は帰れない、というのは本当だった。ささいなミスがやがて大きなズレに繋がり、その大きな数字のズレを修復するために総勢十数名の職員が後処理に充てられていた。
「君は向いてないんだよ。入社する前に考えなかったのか」
作業をしてながら竹内がさらに声を荒げた。
「すみません」
オレはさっきから何度も言った言葉を同じように繰り返すしかできなかった。入社三ヶ月で、もう何百回もこの言葉を言ってきた気がする。
オレは窓口の後方で現金を出し入れする仕事をしていたのだが、今日は出金の際に伝票に書かれている数字を出金する機械に正確に入力しそこなった。伝票を見て窓口の職員は、伝票の金額をコンピュータにオペレーションしている。伝票に記された金額と出金された金額が異なっていたのだ。閉店間際に急いで来店した客も自分の書いた金額と渡された金額の違いにその場では気づかなかったために、そのミスの発見が遅れた。
1日に書かれたすべての伝票と、出金する機械に入力された金額とを照らし合わせて、その間違えた額の金を渡した客を探し当て、再度来店を頼み差額を返金させるのに2時間かかった。一般職の女子社員は帰宅し、課長の竹内を含めた預金課数名の男子社員が残務処理にあたっていた。結局すべての処理が終わった時に時計の針は午後9時を回っていた。
「本当に君はつかえない!」
眉間と額のあたりに疲労を滲ませた竹内のかすれた声がまたロビーに響いた。オレはまだ事務処理に酸欠になった頭で、その声を聞いた。
「したくて、ミスしたわけじゃありません」
言った後で、しまった、と悔やんだが、その言葉はしっかりと竹内の耳に届いていた。驚きと呆れと怒りの混じった表情で自分を見ている竹内の向こうに、『事務処理は正確さと迅速性が大切』と職員用に書かれた張り紙が目に入った。しまった、とオレは悔やんだ。




