男の日課
「今日は小百合の墓参りの日だ」
男は鏡に映った自分の顔を見た。少々老けたが、まだまだ充分に通用する。髪も少なくなり、白髪がほとんどにはなったが、自慢の直毛はセットしても様になる。ポマードを薄く付け、櫛で後ろに流す。サイドは耳の上を通して後ろに流す。正面、横、後ろと男は薄汚れた鏡に自分の姿を映して精一杯自分を決めた。男は一張羅を着て、妻の墓参りをするのは自分の勤めだと思っていた。
家から歩いて四十分。墓は山の中腹にあった。車には乗らず自分の足でこの坂を上って行くことも、小百合の供養になる。天国の妻に徳を積んでやろう、自分が老体を引きずって墓参りをすることがあいつの役に立つならそれでいい。
男は亡き妻を想った。
初夏の気候は男には堪えた。途中で休憩をとり、タバコを吸った。吸っているのが煙であるということを忘れるくらい、吸うと体が軽くなる。吐いた煙は山の下から吹いてくる風に匂いだけ残して空へ運ばれていく。男は妻と生前何度もこの坂を上ったことを思い出していた。盆、年末、季節の変わり目。年に何度も忙しい日々の合間を縫って、この坂を上った。夏の暑い日も汗をかきながら黙々と上る自分の妻の姿に、女を感じた。雨の日も雪の日も決まって自分の右側を歩かせたのは、やはり妻の左側の八重歯が恋しかったからだろうか。こうして一人で上る自分の傍らにも男は亡き妻を感じ、未だ瑞々しさを失くさない鮮やかな過去の記憶に自分を浸した。
つづく




