それぞれの戦い編⑤(魔族の里編)
――魔族の里、魔王領。魔王アブシエードの死を聞いた魔族達は、荒れていた。今、魔族の里は一部の過激な者達が暴れ回り、彼らが町中のあちこちを壊したり、魔族同士で暴力を振るい合う最悪の状態となっていた。里は、炎に包まれ……人々は、怒りのあまり狂乱状態。最早、誰一人としてこの状態を止める事の出来る者は、存在しない状態だ……。
元々、魔族の里内には、人間に対して物凄い嫌悪感や敵対心を抱く者は、少なくなかった。特に人より長い年月を生きる魔族にとって、大昔の戦争の時代から生きている魔族は多かった。彼らの中でも人間に対して過激な思想を持つ者は、多かった。
そんな者達を中心に魔族の里は、火の海と化している。当てもない怒りを互いにぶつけ合う事でしか彼らの怒りは、収まらなかった。
そんな里中が大混乱の状況の中、犬の耳を生やした1人の魔犬族が、誰にも目をくれず、紙袋を1つ手に持ち、真っ直ぐ家へ帰っていく姿があった。
その男は、家に辿り着くとすぐに中にいる家族を心配した。
「……ココ! ノノ! 大丈夫か!」
彼の名は、魔犬族のトト――。前にジャンゴ達に救われた魔族の1人であった。トトは、早速家の中に入ってみると、中では娘のココを抱きながら身震いしているノノの姿があった。
「……良かった。帰って来たのね……」
「無事で、良かった……。ほれ、これが今日の食料だ」
トトは、そう言うと紙袋の中から一枚のトーストを取り出し、それをちぎって2人に分け与える。トーストの一番大きい部分は、ココに渡した。
狂乱状態となってしまった魔族の里では、最早誰一人仕事をする者は、いなかった。もし、仮に仕事なんてしてみれば……それこそ命の危険がある。そのため、魔王死去の報告があってから僅か一日もしないうちに里内の食料は、急激に低下してしまった。市場に売られているはずの食料も全て過激派の者達が、その場で根こそぎ喰らってしまう。
――最低最悪な状況となっていた。
「……くそっ! このままでは……」
このままでは、家族が全員餓死してしまう……。口には、言えなかったがトトは、そう思っていた。
「いや、それ以上に……もう、この里は……」
トトは、家族を抱き寄せながら3人でひっそりと外の景色を眺めていた。崩壊した世界……。あちこちが、燃えていて……歯止めも効かなくなってしまっている。
「……魔王様が、いてくれれば……」
そんな事をぼやきながら……トトは、家族と共に今日を生きていける事を祈り続けた……。
そして、同じ頃……魔王城内では、魔族の里が狂乱状態にある様子を魔王城の中で見ていたナース服を身に着けた1人の女がいた。
「……魔王様」
彼女は、ジャンゴ達を旅館に止めてあげていた魔族の里の旅館の女将。彼女の本職は、医者であり、現在、魔王城内にある治療室には、多数の怪我人が運び込まれていた。
彼らは、魔族の里内で暴れ回っていた者達ばかりで、その全員が体に物凄い傷を負っており、治療室に運び込まれても尚、暴れたりない様子で、ベッドの上で狂乱状態となっている者も多かった。また、単に暴動の被害にあってしまった者も多く、治療室内では老若男女関係なく、大多数の者達で埋め尽くされていた。
ベッドの上で暴れ回る者達を鎮めるために多くの医師たちが、睡眠魔法を駆使して、彼らを眠らせたりして落ち着かせていた。
そんな状況の中、女将は……火の海と化した魔族の里を見ていた。
「……終わった……里は、完全に……」
女将が、頭の中で思い浮かべたのは、ジャンゴ達であった。彼らがまだここにいてくれれば……もう少し結果は変わっていただろうか? いや、人間である彼が、ここにいても余計に酷くなるだけか……。そんな事を思いながら女将は、空を見上げた。
すると、そんな彼女の元に他の医師達から声がかかる――。
「……ちょっと! こっち手伝って!」
すぐに現場へ向かい、治療を開始した……。
――魔王様が、いてくれれば……。
そう思いながら今日も彼女は、何百人という者達の治療を続けた……。
魔族の里は、過激派達によって完全に狂乱状態と化してしまった。今、里内における人間との戦争を肯定する者の声は過去最高に高まっていた。否、人と魔が再び戦う事は、最早時間の問題であった……。
しかし、魔王のいない魔族達は……秩序を失くし、このままでは破滅の道を辿っていく他なかった。
この状況で魔王になりたがる者もおらず、いたとしても過激派の者達であった事から魔王城内では激論が繰り広げられていた……。
一部の魔族達では、里を出て行ってしまった者達もいるという……。
魔族の里は、完全に崩壊しかけていた……。