それぞれの戦い編③(エンジェル編 後編)
――エンジェルと、エッタが乗っている船の上では、既に戦いは始まっていたのだった……。
操縦室では……船を操縦する船乗り達が、何者かに斬られた痕を残して死んでしまっている様子があった……。
また、別の所でも……同じように……船員が、斬られてしまっている姿があった。
そんな死体だらけの場所をゆっくり歩きながら血にまみれた1人の女が、口周りについた血を舐め取りながら……ぶつぶつと呟くのであった……。
「あぁ~ら、嫌だ。……口紅が、消えちゃうわぁ。せっかく、直したばかりなのにぃ……」
女は、ゆっくりと一本の廊下を進んで行き、そして……大勢の一般人達のいる場所へと一太刀の金棒を引きずりながら進んで行った……。
「待ってなさいねぇ。エンジェルちゃぁ~ん。……うっふふ……今すぐにぃ……捕まえたゲル……」
しかし、そんな女がゆっくりと歩いて行く途中で……1人の乗客が、船員を皆殺しにし、血まみれとなった女の姿を目撃してしまう。その男は、ボロボロのワイシャツを身に着けた少し身分の低い男で、両目を大きく開けて驚いていた。
「……うっ、うわぁ! なんだぁ!」
そんな男の反応に、女は舌打ちをしながら……面倒くさそうに人差し指に魔法陣を展開し……それから、逃げようとしていた男の頭をガッチリ掴み、魔法陣のついた人差し指を唇につけて「チュッ!」と瑞々しいキス音と共に口についた魔法陣を男へ飛ばす。
「……ラブ・ガン……」
女が、魔法名を口にし、男が彼女の魔法にかかった次の瞬間、それまでジタバタしていたはずの男は、急に静かになり、その目は虚ろとなった。そんな男の頬を女は、長い舌先で舐めて……そして、告げた。
「……はい。完成。……これで、貴方は……お姉さんのモノ♡ うふふ、ごめんね。けど、許してね? 第三皇女たるこの……クリオパトロちゃんの下僕になれたんだから……。誇りに思いなさい。……お姉さんのぉ……ナ・イ・ト・さ・ま♡」
「……パトロ様! 何なりと……」
それまで恐怖していた一般人であるはずの男は、急に跪き、逞しい様子でそう告げると、パトロは……男に言った。
「……それじゃあ~あ、お姉さんはこれから……味方を集めに行かなければなりませんんっ~! んだからぁ、貴方は……この人を探してぇ~ん!」
パトロが、自らの大きくて豊満な谷間の中に魔法陣を出現させ、その中から取り出した一枚の紙は、エンジェル・アイの人相が書かれた手配書であった。
パトロからその紙を受け取った男は、深く頭を下げて……まるで本物の騎士になりきってしまったかの如く告げた。
「……御意!」
男は、すぐにパトロから姿を消してしまった。そんな男の後姿を見ていたパトロは、ゆっくりと暗い廊下から抜け出し、ついにその姿を露わにする。
彼女の姿は……一切何の比喩もなしに……まるで、ビーナスのようだった。長い髪の毛で胸を隠し、それ以外には、何も来ていない。……着ているとすれば、上に羽織った白くて美しい長いロングコートのみで後は、何1つとして服を着ていなかったのだった。
しかし、その姿は……普通の人がやれば、ただの変態。だが、パトロがする事によって……彼女の本来持つ美しさが極限まで引き上げられ、限界突破する。全身を人前にさらけ出しているパトロの姿は、一切何の比喩もなく、一言ストレートに言うのであれば……それは、”女神”。そのものだった。
「いっけな~い。お姉さんもお仕事しないとぉ~」
そう言うと、彼女は右手をルンルンさせた乙女の走り方で進んで行った。一見すると、彼女の見た目は、凄く可憐な乙女……だが、反対の手で引きずっていた血だらけの巨大な金棒が、一気に彼女の不気味さを引き出していた……。
*
――一方その頃、船の上にいた私=エッタと、エンジェル・アイこと、アイくんは、何か違和感を感じていた。それは、アナウンスもなしに船が急に止まってしまった事と、それから……さっきまで人で賑わっていたはずの船の上から少しずつ人が消えていっていた事……。その2つが、怪しかった。
まだ、旅も始まって10分経ったくらいで、故郷の港が、まだ僅かに見える位しか進んでいないというのに……まさか、故障したのだろうか? そんな心配を私がしていると、アイくんが告げた。
「……心配しなくて大丈夫。きっと……すぐに何とかなるさ」
彼は、私に気を使ってそんな事を言ってくれた。彼の優しさに少しだけ気持ち救われた私だったが、しかし――次の瞬間に船の周りを見渡してみると……そこには、さっきまでいなかったはずの人々が、ゾロっと立ち並んでいた。
彼らは皆、虚ろな目でボーっと上を見上げており、手足もだらんと脱力した状態。そんな彼らを見て、私はこの違和感が、やはり本物なのではないかと疑い始める。
「……アイくん!」
私が、彼の手を引っ張り、逃げようとした次の瞬間……立ち並んでいた人々が、急にゾンビの如く迫って来る。彼らは、両手を上げて私達を捕まえようと……ゆっくりゆっくり迫って来てくる。
「……きゃあああああ!」
「エッタさん!」
アイくんが、私の背中をポンポン叩きながら慰めてくれる。しかし、人々はまさにゾンビの群れのように私達を完全に包囲し、ゆっくりと近づいて来る。
「コイツら……一体!?」
困惑しているアイくんだったが、そこへ1人の女の声が聞こえてくる。
「……うっふっふぅ~ん! やぁ~っと、見つけたぁ~ん!」
すると、ゾンビの群れの真ん中に1人の女が立っている。その女は、とても綺麗な顔立ちで、美しいプロポーション、綺麗な体と肌をしており、髪の毛も長くて綺麗だったが……上に来ている白いロングコート以外に何も着ていない全裸の女性だった。
「……きゃっ!」
恥ずかしさのあまりに目を逸らしてしまった私に女は、言ってきた。
「……あらぁ? お姉さんの美貌にやられちゃったぁ~ん?」
すると、隣に立っていたアイくんが、真剣に彼女の事を睨みつけて告げた。
「……お前、何者だ!」
「いやぁ~ん! こわぁ~い! そう言う事言う人、嫌いよぉ~!」
「なっ、なんだ……あの女……」
彼女の喋り方に困った様子のアイくん。すると、彼女はゆっくりとこちらへやって来て、私達に告げてきた。
「……うっふ~ん。初めまして……。クリストロフ王国第三皇女クリオパトロ・K・クリストロフよ。うっふふふぅ~ん。出会うのは、初めてね。エンジェルくん♡」
アイくんは、全身に寒気がしたのか、少しだけ身震いしていた。
いや、それよりも……第三皇女って事は……ガルレリウスと同じ……!?
私は、彼女に言った。
「……何のためにここへ! 私達、これからこの大陸を出て……2人で暮らしていくつもりだったんですけど……」
すると、彼女は告げた。
「……いやぁ~ん! かっわいい! お姉さん、貴方みたいな可愛い女の子見ちゃうと……悶えちゃうぅぅぅ~! 素敵ねぇ……。うふふ、良いわ。パパのお願いでは、エンジェルくぅんと貴方をお持ち帰りする事になっているけれど……貴方だけ特別よ」
刹那、パトロは人差し指に魔法陣を出現させ、それを唇につける。そして……「チュッ!」という瑞々しい音と共に魔法を私にかけてくる――!
「……って、何の魔法!? これって……」
見た事のない魔法と魔法陣だった。一体、何をしてくるのか何も理解できなかったが……しかし、次の瞬間に……私の意識が……遠退いて行く。
あぁ……まずい……このままだと……私……。
「エッタさん!」
しかし、敵の魔法が私の心を蝕もうとした次の瞬間に私は、意識を取り戻した。すぐにアイくんの方を見つめて、私は……正気を取り戻した。
「……アイ……くん」
アイくんは、心底安心した様子だった。しかし、そのすぐ傍では、パトロが私達を見て舌打ちしている。
「……お姉さんの魔法が、効かない? バカな? ……まぁ、良いわ」
そんな彼女にアイくんは、告げた。
「……この人達をおかしくさせたのは、お前の仕業というわけか?」
すると、女は告げた。
「……あら? その通りよ この子達は、お姉さんの魔法……ラブ・ガンで私のナイトになったの。今では、皆……お姉さんの虜ってわけ……」
「コイツ……」
怒るアイくん……。彼は、私を自分の後ろに隠して、彼女の事を睨みつけると、そのままパトロに突っ込んで行った。
「……許さない!」
――しかし
「……あら? 勇者の力も失くしてただの人になった貴方に……お姉さんを倒せると思って? それに……」
しかし、女の前に姿を現したのは、洗脳された乗客の1人だった。
――その乗客の男は、アイくんの事を思いっきり殴り、吹っ飛ばした。
「……貴方の相手は、お姉さんのナイト様達よ……」
「くっ……!」
殴られて、吹っ飛ばされたアイくんに私は、癒しの魔法をかけてあげる。
「大丈夫?」
しかし、そう声をかけてもアイくんは……。
「……くそぉ……力が……。勇者の力があれば……こんな状況!」
「アイくん……」
記憶を全て失くして、ある意味ようやく戦いから解放されたはずなのに……アイくんは今、また再び……戦おうとしている。そのための力を求めている。それが、悲しい……。
確かに……今のこの状況を打破するための方法は……あの力しかないかもしれないけど……でも……。
「アイくん……」
すると、パトロが私達に近づいて来て言った。
「……さぁ、これで終わりにしましょ~」
ゆっくりと近づいて来るゾンビ達……。得体の知れない強さを持っていそうなパトロ。……何と言ってもガルレリウスと同じ皇族で、しかもおそらくは、四柱の1人。第三皇女という所からおそらく、ガルレリウスよりも実力は上……である可能性は、高い!
まずい……このままじゃ……。
絶体絶命のピンチを悟ったその時だった――。
「……まだ、ここで死んではならない!」
何処からか、私達へエールが送られて来ていた。その男性の声がした方へ視線を向けてみると、そこには洗脳されていた人々を手刀で気絶させながら倒していっていた船長の姿があった。
「……アンタは!?」
驚くアイくんに、船長さんは言った。
「……君! そこの男の方! 君は、まだ死んではならない! こんな所で死んではならない!」
すると、船長を気に入らなそうに見つめるパトロが、洗脳状態の人々を彼の元に送り込んだ。
「……何ィ~!? あのおじ様! やっつけちゃってぇ~ん!」
しかし、次々と送り込まれてくる乗客達を素早い身のこなしと、手刀で倒していく船長。彼は、アイくんに告げた。
「……君は、まだ……戦えるはずだ!」
「え……?」
「君の中の勇者の力は、まだ失われちゃいないはずだ!」
「……なぜ、貴方がそれを……」
「君自身の心に聞けっ! お前は、まだ……戦い終わっちゃいないって……! 本当の戦いは、これからなんだって!」
「本当の……戦い……!?」
その瞬間、アイくんの目が変わった。今まで忘れていた戦士の目に変わった。あの時と同じ、戦うための戦士の目に……!
「アイ……くん?」
その刹那、彼は魔法陣を展開した。そして、その中へと手を伸ばす……そして……。魔法陣の中から金色の槍を引っ張り出そうとする――!
「……まさか! 本当に!? アイくん……!」
びっくりしていたのは、私だけじゃなかった。パトロも目を丸くしていた。
「え!? ちょっ、ちょっと待ちなさい……。貴方、力は失われたはずじゃ……」
だが、凄まじい雷が巻き起こる中、アイくんは力を振り絞って、槍を引き抜こうとしていた。
「俺は……守りたい。エッタさんを……! この手でっ!」
次の瞬間、アイくんの雄叫びと共に凄まじいパワーが、魔法陣から溢れ出て……そして、巨大な雷が巻き起こったのと同時に……彼は、魔法陣の中から金色の槍を取り出す事に成功した。
「……アイ……くん?」
それは、失われたはずの勇者が……再び蘇った瞬間だった。私は、見てしまった。
そして、彼の覚醒を目の当たりにしたパトロは、ため息交じりに告げるのだった。
「……はぁ、ガルちゃんが力はもうないって言うから、楽な方を選んだつもりだったんだけどなぁ……。まぁ、良いわ。たいさぁ~ん!」
そうして、パトロと洗脳された乗客達は、一瞬にして転移魔法で姿を消してしまうのだった。
残された私は……アイくんの事を見つめながら唖然としていた……。
「……アイ……くん?」
私は、彼の姿を見ていた。勇者として蘇ってしまった彼の姿を……。




