運命さえも撃ち抜く弾丸(ヴェラドリング)編③
――クリストロフ王国、国境付近を私=ルリィは、魔龍の姿となって飛んでいた。アタシの背中には、殿方様が乗っており、彼と共にアタシ達は、ヘクターおじ様の家を目指していた――。
既に、魔族の里にあるアタシ達の宿からかなり離れて来ており、太陽もお昼に差し掛かったためか光は強く、大きく眩しく輝いているようだった。
下の景色は、ずっと赤い砂漠が続いており、見ていると飽きてきてしまうような同じ景色のオンパレードとなっていた。
――先程から……ずっと、殿方様が何も喋らない。普段から口数の少ない人ではあるのだが、今日は特に口数が少ない気がした。チラッと彼の事を見てみると、何処か表情も暗く、下を向いているみたいだった。
――まぁ、殿方様って普段からどちらかというと、暗い表情をしている気もしますけれどね……。
こうして、2人だけで移動をしている時にふと思ったのが、私は殿方様の事を意外と全然知らないのだという事だ。私達は、出会ってから今日に至るまでの間に2人だけでゆっくり会話をした事が無いように感じる。いつも、私達が話をする時には、先輩やサレサが一緒にいるし……まぁ、そもそも殿方様の銃の中には、ルアさんが眠っているわけで……あのスケベ精霊が、いつアタシ達の話に割り込んで来るのか……分かったもんじゃない。
そういう意味では、アタシもサレサも……下手をすれば、あの先輩でさえ殿方様と2人きりで話をする機会なんてなかったのかもしれない。
そう思えば……今は、チャンスなのかもしれない。アタシは、背中に乗っている殿方様の頭の中にテレパシーを魔法で送り、語りかける。
「……心配なんですの? 先輩の事が……」
すると、先程までボーっと下を向いているだけだった殿方様が、ハッと驚いた様子でこちらを振り返る。彼は、自分の口で言った。
「……あぁ。……戦いがあったとはいえ……結果的に俺のせいで体調を崩したわけだからな。……お前達は、あれから体調の方は、大丈夫か?」
「……うふふ。心配いりませんわ。アタシもサレサも……大自然の厳しい環境の中で長い間暮らしてきた者ですわ。あの程度で風邪なんて引きませんわ」
「そうか……。なら良いが……」
「……殿方様って、結構優しい所ありますのね。アタシ、そういう所……結構好きですわ」
「止せ。……別にそう言うのじゃない。マリアに続いてお前まで倒れられたら困るってだけだ」
「うふふ……! 殿方様……アタシ、最初は殿方様の事、冷徹で冷たい人なのかと思っていましたわ」
「……? いきなりなんだ」
「初めて2人だけで戦ったあの時……アタシは、殿方様の戦う姿を見て、貴方から底知れない強さを感じ取りましたの。案の定、アタシは殿方様に手も足も出ず……その時アタシは、殿方様に惚れましたわ」
「……強い男が好き、か。……ちょろい奴だな」
「そうかもしれませんわね」
アタシ達の会話が、ここでほんの少し途切れてしまう。吹く風が耳を通り過ぎて心地よく感じる中、数秒ほどしてから殿方様は再度、喋り始める。
「……ルリィ。この世界には、強い奴なんて五万と存在する」
「え……?」
「戦いの強い奴なんて……この世界に大勢存在する。スターバムやエンジェルだって、そうだし……。俺達が知らないだけで他にももっといるかもしれない。これだけ沢山の実力者達に囲まれている中を生き、その中で自分よりも強い者を求めているお前が……俺に固執する理由は、ないんじゃないか?」
「殿方……様?」
「……前にも言っただろう? 俺は……前の世界じゃ冴えないおっさんだった。女運は、なかったし……友達と呼べる者もいなかった。家族からもろくな扱われ方をしてこなかった。それこそ、女関係で詐欺にあった事もあるし……幼い頃に大切な友達を亡くした事もある。いじめも沢山受けてきた。俺は……お前やマリア達が思っている以上に弱い人間だ。戦う事以外は、まるで能無しな……情けない男さ。そんな俺を強い人として認めてくれるのは、嬉しい。だが、その反面……俺のせいでお前達を縛り付けているんじゃないかと俺は、思ってしまう。お前達は、まだ若い。俺と違って……人生の全盛期は、これからだ。俺は、もう歳をとってしまったし……若い頃にも俺には、全盛期なんてなかった。俺とお前達は、違う」
「何が、言いたいんですの?」
「……もっと、歳の近い素敵な人とお前達は、結ばれるべきだと俺は、思うんだ。俺から離れて……。そうしたら、お前達の人生は、きっともっと良くなると思う。今は……俺に振り回されているだろう? そうじゃなくて、お前達は自分の人生を生きるんだ。俺の人生から離れ、自分の人生を生き、その中で新しい素敵な人を見つけるべきだと俺は思う。こんなアラフィフのおっさんについて行くよりもな」
「……」
これは、彼の本音だろう。どうして今、そんな事を言うのか? それは、アタシには分からない。でも……少し考えてみれば、殿方様が自信を失くしてしまう理由もアタシには、何となく分かった。
――やっぱり、先輩の……いや、それだけでもないか……。
アタシは、息を大きく吐いてから自分の口で殿方様に告げる事にした。
「……先輩やサレサが、これまで一度でも殿方様と一緒に旅をする事に振り回されているだなんて言った事ありました? アタシ達、そんな事はこれまで一度も考えた事すらないですわ。殿方様が、アタシ達よりも既にかなり歳をとっている事は、承知してますわ。けれど、だからといって離れるつもりは毛頭ありませんわ! それは、きっと今、ベッドで風邪と戦っている先輩や里帰りをしているサレサだって同じ気持ちのはずですわ! 新しい素敵な人ですって……? ”馬鹿”……ですわね。アタシ達は、貴方が良いんです! 貴方をアタシ達は、選んだんです! 他のもっと素敵な人なんて……そんな、自分以外なら誰でも良いみたいな言い方、止してくださいまし! そんな事、いくら殿方様であっても二度と聞きたくありませんわ!」
「ルリィ……」
「……戦う事しか能がないだなんて……そんな。……そんな事は、絶対にありませんわ! アタシは、知っています! 殿方様の良い所を……優しい所も、頼れる所も……熱い所も……これまで沢山見てきましたわ! こんなに良い所があるのに……自信を失くさないで! 過去にどんな事があったのかなんて……そんなのは、この世界を生きるアタシ達にとっては、どうでも良い事ですわ! アタシ達にとって大事な事は、今ですわ! 今これからをどう生きるかですわ! ……殿方様が、これまでの人生の中で沢山傷ついてきたと言うのなら……アタシも先輩もサレサも……殿方様を沢山癒してあげます! そのためにずっと一緒にいます! それが、アタシ達全員の願いです! だから、もうそんな事は言わないで! アタシ達は、人間と魔族であり、男と女であり、そもそも全く別の者同士ですけど……でも、一緒にいたいのです。アタシは……貴方と最期まで……」
また、少しだけ間が開いてしまった。冷たい風が吹き抜ける中、少し経ってから殿方様は口を開いた。
「……お前、良い奴だな。少し勘違いしていたかもしれない」
「あら? アタシ、これでも良い女なんですのよ。……うふふ」
「そうだな……」
「ところで、殿方様は……誰の事が一番好きなんですの?」
「は……?」
殿方様は、目を逸らしてしばらくの間考えている様子だった。……でも、アタシには答えなんて聞かなくても既に分かっていた。だから、自分からこんな質問をしておいて……おかしいかもしれないけれど、答えなんて求めていなかった。むしろ、聞きたくなかった。
だから、考えている素振りをして言うのを躊躇っている様子な殿方様を見てアタシは、逆に安心した。
――ホント、こんな事ならアタシも……仮病使えば良かったですわ……。
そんな会話をしながら、アタシ達が空を飛んでいるとその時だった――!
「この気配……!」
向こうから強力な魔力の気配がした。……この感じ、人間の魔力で間違いない。でも、人間にしては魔力の量や濃さが尋常じゃない。物凄いエネルギー量の魔力を持つ人間2人が、向こうで戦っている……。
アタシが、何かの気配を探知した事は、殿方様も分かったみたいで彼は、真剣な目つきで私を見つめながら訪ねてきた。
「……どうかしたのか?」
「向こうから強力な魔力の反応がありますわ。相当、強力な……人間の魔力。これって、もしかして……」
殿方様が、アタシと同じ方向をジーっと見つめて状況を確認する。すると、彼は驚いた様子で告げるのだった。
「……あれは! エンジェル・アイ!?」
「え!?」
殿方様が見たあの場所には、エンジェル・アイ。その人が戦っている。確かに身体能力強化の魔法を目に使って遠くを見てみると、向こうで金色の槍を振るって戦っている男の姿があった。
「……って、事は……もう1人のあの……大きな剣を振るっているのは……?」
アタシが、答えを分かりかけた次の瞬間、殿方様がはっきりとした声で告げた。
「……スターバム!」
「え……!?」
勇者スターバム。王国最強の騎士にして、王国側に属している3人の勇者のうちの1人。……時を司る魔法の力で、殿方様を苦しめた事があり、その狙いは……殿方様の中にある不死の力の源、鋼の心臓を奪う事。
「……でも、エンジェル・アイって、確か……魔族の里におりましたわよね? なんで、こんな所であんな人と戦っておられるのです?」
すると、殿方様はいつもの凛々しい顔でエンジェルとスターバムの戦っている所を睨みつけながら告げてきた。
「……分からない。けど、話は後だ。……ルリィ、ちょっと一旦下まで下ろしてくれないか?」
「え? でも、ヘクターおじ様との約束は、どういたしますの?」
「……それは、大丈夫だ。あの人は、俺が多少遅れて来ても……さほど心配しないさ。……それよりも、エンジェルとのこの前の借りを返さなければならない。それに、相手がスターバムとあれば……奴には、聞きたい事がある!」
殿方様の顔は、覚悟に満ちていた。それは、いつもの凛とした表情で……とても勇ましくてカッコイイ顔をしていた。……全く、もう。……アタシってばダメですわね。殿方様がこう言う顔をすると、やっぱりゾクゾクしてしまう。……誰かのために戦おうとするその姿が、アタシはやっぱり好きですわ。そして、それは……先輩も。
「……なんだか、よく分かりませんけれど……亡くなったお父様が昔、仰っておりましたわ。男と男の貸し借りは、必ず果たさねばならない約束。見つけた時、いち早く駆けつけてやる事が大切なんだって……。飛ばしますわよ!」
アタシは、全速力でエンジェル達が戦っている場所まで飛んで行った――。そして、地面から最も近い場所までやって来たタイミングでアタシの背中に乗っていた殿方様は、飛び降りた。彼がアタシの傍から離れたタイミングでアタシは、魔法陣を出現させ、その中から殿方様の棺桶を出現させた。
殿方様と棺桶が、同時に着地する。彼は、向こうでエンジェルと戦っているスターバムに向かって早速、発砲を始めた。
しかし、彼の弾丸の存在に気が付いたスターバムは、すぐにその弾をかわして、大きな魔法剣で攻撃を弾いた。
エンジェルとスターバムは、お互いに距離を取って、新たな乱入者の方を見つめた。
「……佐村光矢。お前、どうしてここに……?」
エンジェルが、そう告げると殿方様は、棺桶を引きずって彼の傍まで駆け寄ると告げた。
「……ちょっと用事があってな。そのついでだ。この前の借りを返しに来た」
エンジェルは、そんな彼の言葉に安心した様子でホッと一息ついた後、再びスターバムの事を睨みつけた。
すると、とうのスターバムは、というと……。
「……んふ~。そうか。君まで駆けつけてくれたのか。佐村光矢。……いいや。勇者ジャンゴと言うべきか? まぁ、名前なんてどうでも良いか。……君が魔力を持たないものだから、気配を探知できなかったよ。おかげで、後少し避けるのが遅れていたら私は、死んでいた所だった。恐ろしい早撃ちだな。ジャンゴ?」
「……スターバム。……お前は、なぜ俺の鋼の心臓を狙う? お前は、俺やエンジェルと同じ……別の世界からやって来た勇者のはずだ。それなら、自分の信じる正義の為にその力を使ってみたらどうなんだ?」
すると、スターバムは急に気持ちの悪い笑い声をし始めて……スターバムは、言った。
「……君は、分かっていないなぁ? 自分の信じる正義だとぉ? 私にとって、それが……君の心臓なんだよ。佐村ジャンゴ?」
「何……?」
スターバムは、目をカッと大きく見開いて告げた。
「……古来より、人間とは太陽を崇めてきた。太陽を神の象徴と定義し、それを日々の希望として人間は、古の時代から歩みを続けた。……私にとって、その太陽というのは……ジャンゴ? 君のその心臓なんだ。初めてこの世界に迷い込んだ時、私は内心……深く絶望していた。だが、君の心臓の存在と……君がまだ何処かで生きているという情報に希望を見出した私は、この世界で生きる意味を得た。……おぉ! ジャンゴ……。君のその……太陽のように真っ赤に燃えるその心臓が、私に希望を与えてくれる! 暗闇のどん底に突き放された私に……最後の希望をくれる! 君が欲しい。ジャンゴ! 私は、君が欲しいのだ! 君のその真っ赤な心臓に……私の心は、完全に奪われてしまった! 私は、君に夢中なのだ! 君を捕まえるまで……私は、君の尻を追いかけ回したい!」
何を言っているのか、さっぱり分からない。でも……殿方様は、自分や誰かのために許せないと思った者を撃つために戦っている。そして、エンジェルも……一緒にいたあの……エッタという女の子のために戦っている。
そんな中で、この男だけは……勇者スターバムだけは、違うと私は、思った。この男には、誰かの為にとか、誰かを守りたいとかそういう思いは、微塵もない。
ただ、己の欲望のままに殿方様を狙う。最低な男。勇者という肩書を取り消して欲しい位に最低で最悪な変態である事が……アタシには、理解できた気がした。
殿方様は、スターバムを無言で睨みつけていた。そんな殿方様にスターバムは、自信の持つ魔法剣の先を突き付けて告げた。
「……君が、抵抗すると言うのなら私も力づくで行こう。もう、私にもあまり猶予はない。……今、そこにいるエンジェルという男がいるせいでな」
「なんだと……?」
急にとばっちりをくらったような事を言われてエンジェルもスターバムを睨みつける。スターバムは、続けた。
「……本気で行くぞ。佐村ジャンゴ。……君の心臓を手にするため、そして……エンジェル・アイ! 君を殺すために!」
スターバムがそう告げると……その時だった。彼の魔法剣の刀身に巨大な魔法陣が浮かび上がる。そして、それは徐々に大きさを増していき……最終的には、スターバムの全身を包み込む程にまで大きくなっていった。
スターバムは、告げた。
「……見せてやろう。私の……陣形殺撃を!」