レジスタンス編⑤
最初に出会った時もファーストコンタクトは、最悪から始まった。エンジェル・アイは、ある意味でスターバムよりよっぽど得体の知れない巨悪に見えていた時さえある。
だが、奴の事情を知れば知る程……動揺せざるを得なかった。エッタを守るために戦うアイツの背中を俺は……きっと自分と重ねたのだろう。
でも似ていると感じた事はあった。同じ守りたいものの為に戦う俺達は……。そして今では敵だったスターバムに対しても思うようになった。
俺達は、一緒だったんだ。それなのに……なかなか一つにまとまらない。スターバムは、エンジェルと戦う事になっても容赦しないと言っていた。アイツは、そう言う奴だ。目的の為に手段を選ぶ奴じゃない。
そしてきっと……エンジェルも同じだ。なら、俺は……。
前に、誰かに言われた言葉を思い出す。
「お前は、甘い」
確かにそうだ。俺は、この世界に来て自分は変わってしまったのかと思ったが、根底は……まだまだ何も変わっていない。俺の根底は、優しさ……甘さという弱さで塗り固められているのだ。捨てようとしても捨てられなかった俺の弱さだ。
「――ジャンゴ! 行ったぞ!」
「……!?」
ボーっとしていた。何を考えていたのだろう? 意識がボーっとしていて、さっきまで考えていた事が頭から抜け落ちていたみたいだ。
俺は、一体なんで考え事なんかしていたのだろうか? 大事な戦いがこれから始まろうとしている時に……。
「――遅いぞ!」
突如、急接近してくる魔王エンジェル。奴の金色の槍による一突きが、俺を襲おうとしている。
「しまった――!」
俺は、すぐに攻撃を避けようとして、横転。ギリギリの所でかわせ……たように見えたが、しかし僅かに右肩の位置に軽い傷を負っていた。
どうやら、逃げるのが遅れて、ついてしまった傷のようだ。痛みは、そこまでないから良いが……。
――けど、この痛みは反省だ。この戦いにおける俺への戒め。戦闘中、自分の無意識の思考に囚われるなと……何度も心に誓ったはずだ。
この世界で、冒険を始めたばかりの頃、俺は自分にそう誓ったのだ。まだ、戦い慣れていなかった当時の俺は、殺し合いの中でそれを学んだ。
生き抜くために無駄な思考を減らせと……ただ、自分の目的に忠実であれと……。
ここ最近の俺は、少し考えすぎているのかもしれない。
すかさず、俺は拳銃を抜き、銃を連射――。狙いは、完璧。確実に的に当たる必殺の弾丸だ。時間的にズレもない。
だが――。
「……マントよ」
その一言と共にエンジェルの身に着けていたマントが、彼の元へ飛んで来て、俺の攻撃を次々と吸収していく。
「なんだと!?」
驚く俺とスターバムにエンジェルは、告げた。
「忘れていた。このマントは、俺が創った。あらゆる物理攻撃を吸収できる魔王専用だ!」
そこで、俺も思い出した。エンジェルの勇者としての力――創造の知恵の存在を。……奴は、その力で想像したあらゆるものを作り出す事ができる。
「厄介なものを作り出したな。……彼は……」
スターバムが、そう告げる。俺もエンジェルを睨みつけていた。
「物理攻撃が、通用しないのなら!」
すると、今度はスターバムが大きな魔法剣を自分の顔の前に構えて、魔力を発動させた。すると、彼の周りに様々な炎の球が出現し、それらが一斉にエンジェルへ襲い掛かった。
「魔法による攻撃ならどうかな!」
しかし、スターバムの魔法攻撃を前にエンジェルは、不敵な笑みを浮かべると同時に手に持っていた金色の槍をクルクル回す事で、自分に襲い掛かって来る魔法攻撃を全て槍の中に吸収していった。
「なんだと!?」
スターバムの魔法攻撃が、あっという間に吸い込まれてしまい、跡形もなくなってしまった事に驚くスターバム。エンジェルは、告げる。
「……無駄だ。魔王となった俺に……そんな攻撃は、通用しない。攻撃というのは……こうするんだッ!」
次の瞬間、エンジェルの手に持っている金色の槍が、俺達の周囲を取り囲むように空中に幾重も出現する――!
「陣形殺撃――無限創槍撃」
「しまった!?」
しかし、驚いた所でこの攻撃を避ける事は、最早できない。エンジェルの必殺技は、俺達を完全に取り囲み、その中で無数の槍が大雨のように降り注ぐ――!
「佐村ジャンゴ! 私の傍まで来い!」
そんな中、スターバムが俺にそう告げてくる。俺は、何の事なのかさっぱり……だったが……。
「早くするのだ! さもないと……貴様、串刺しの刑になるぞ!」
――行くしかないか!
元々、この状況で俺には、エンジェルの攻撃から身を守るための術がない。どうしようもないこの状況を打破するには、スターバムに頼るしかない!
俺は、急いだ。駆け込んだ――。そして、何とかスターバムのいる場所まで辿り着くと、次の瞬間に彼は、俺の手を取ってきた。
「おい!? 何を!」
驚く俺に対してスターバムは、激昂した。
「うるさい! 本来なら……この手は、貴様のような弱男に差し伸べたくもないが、状況が状況だ!」
そう告げると、彼は槍が自分の頭のギリギリまで迫り来る最中、魔法剣に強力な魔力を込めて発動させた――!
「時よ……途絶えろ! 幕間!」
その瞬間の世界の温度は、凍てつき……次第に歩みを止める。本来なら人間の心臓の鼓動のように死を迎えるその時まで止まる事の許されないはずのこの世界の時の心拍は、この瞬間完全に止められたのだ。
俺は、手を繋いでいたスターバムと一緒に世界が止まるその様を見た。俺は、告げた。
「……こんな事が、できたのか? 凄いな。お前の勇者の力は……」
感心している俺が、スターバムの方を振り向くとそこには……。
「うっ……ぐっ! ぐはっ……!」
口から血を吐きながらも苦しそうに心臓の辺りを抑えているスターバムの姿が目に入った。俺は、奴のそんな姿を見て、動揺を隠しきれなくなった。
「……おい! どうした!?」
急に見せられたその姿だったが、しかしここで……エカテリーナさんから少しだけ聞いていた事を思い出す。
「まさか……。これが……」
すると、スターバムが俺に告げてきた。
「……ろくに魔力もない貴様には、分からないだろうな? 代償を払わされる感覚というのは……。勇者の力は、人間には重たすぎる。故に……力を使えば使う程に代償が、迫ってくる。最初こそ、平気だと思っていたこの力も……何度も使用していく事で……力が、俺の首を絞めていく」
「スターバム……」
奴は、俺の目を強く睨みつけて告げた。
「……俺には、もう時間がない! 時間がないから……俺は、こんな所で倒れるわけには、行かないのだ! 例え、世界が歩みを止めようと……俺だけは、雪音を救うその日まで……歩みを止めるわけには行かない! この勇者の力は……俺の覚悟そのものなんだ!」
奴の言葉を重く受け止めた俺だったが……そんな時に……だった。
「……美しいな。スターバムよ」
背後から聞き覚えのある声が聞こえてくる。振り返ると、そこには……金色の槍を手に持つ1人の男がゆっくりとこちらへ近づいて来ていた。
「……エンジェル」
なぜ、奴が……? と思っていると、彼は告げてきた。
「……良かった。お前達、勇者の力の影響を受けないようにするための……首飾りを作っておいて、正解だった」
きらりと怪しく輝くエンジェルのネックレスに俺は、驚いた。
――まさか、創造の知恵の力で……俺達勇者の力の影響を受けなくするアイテムまで作っていたとは……。予想もしていなかった。
「……エンジェル、お前……!」
「さぁ、戦いの続きだ。俺もお前と同じく……歩みを止めるわけには、行かないんだ! エッタを連れ帰す。魔王軍にいた方が、アイツは安全だ」
「ふざけるな! 愛する者を……お前の鳥籠の中に入れておこうなんて……こんな結末は、エッタだって、望んでいなかったはずだ!」
「黙れ! 佐村光矢……お前に何が分かる? こうでもしないと、誰も守る事のできない俺の何が分かると言うんだ!」
「分かるさ……。俺にだって、いるんだ。そうしたいお前の気持ちは、痛いほど分かる。けどな……だからって、惚れた女に心配かける事は、俺はしたくねぇ!」
「理想論で戦い抜けるほど、この世界は甘くない!」
「知ってるさ。でもだからこそ……俺は、理想を捨てたくない。マリアを救い……俺は、今度こそ幸せを掴む!」
互いに譲れない者がある。どうして、こんな事になってしまったのかは、分からない。お互いに敵は、共通しているのに……こんな事は、時間の無駄かもしれない。けど、今はこれで良いのだ。
――ようやく、しっかりと覚悟も決まった。
そんな中、スターバムが心臓を抑えながら俺に告げてきた。
「……すまない。俺は、もう……」
「あぁ。しばらく休んでいろ。俺が、決着をつける!」
俺は、止まった時の中でエンジェルと睨み合った。そして、互いに矛を向け、駆け出した――!