レジスタンス編④
――その日は、思いの外すぐに訪れた。俺達は、エカテリーナさん率いるレジスタンスに入り、マリアを攫い、戦争を引き起こした黒幕であるクリストロフ国王を倒しに行くべく、準備を進めていた。
しかし――。
「姫様! 結界に異常あり! 前方より敵軍接近!」
レジスタンスの結界を管理している魔族の1人、恐竜の顔のようなものが頭についたリザードマンみたいな見た目をした者が、エカテリーナさんに告げる。
「……敵の数と、敵軍について詳細な情報は?」
エカテリーナさんに尋ねられると、リザードマンは額にかいた汗を拭きとりながら焦った様子で告げた。
「……魔王軍です! その数……3万は確実です! しかも……現魔王エンジェル・アイまで!」
「来たか……」
俺は、密かにそう呟いていた。周りにいる者達は皆、この魔王軍の動きに驚いていた。それもそのはず。現在、絶賛戦争中の魔王軍が急遽戦争をやめて、こちらへ来るとは考えられない。いくら、捕虜とした人間達を逃がされたといえど、魔王まで動くほどの事態ではないはずだ。せいぜい、直属の部下達に任せて、戦争を継続するべきところだ。そうしないと、人間達は何処まで攻め込んで来るのか分からない。
――だが、お前ならそうすると俺は、読んでいた。エッタの事となればお前は、絶対に動いて来る。この戦争を中断してでも……お前は、必ずエッタを取る!
仮にそれが魔王としては、失格な行動であったと分かっていたとしても……お前ならそうする。
俺は、知っているのだ。どれだけ記憶を失くそうと……エンジェルという男の本質は、絶対に揺るがない。アイツは、エッタのためなら……絶対にどんな事があっても追いかけてくる。
そして、奴がここへ到着してきた時、そこが勝負の時だ。俺は、魔王軍の襲来に驚きながらも綿密に警戒態勢を敷くエカテリーナさんの隣で立ちあがると、彼女に告げた。
「……エンジェルについては、俺に任せてくれ」
「え……? しかし敵は……」
「大丈夫だ。これは、俺と奴……男同士の決闘だ」
「サム・コーヤ……」
「分かってくれ。……ここで奴を止められるのは、俺しかいないんだ。エンジェルの目を覚まさせる!」
そう言うと、俺は一人戦地へ向かって行こうとする。すると、その時だった。
「待ちたまえ……!」
そこにもう1人、気取った感じのいけ好かない男の声が聞こえてくる。
「……君一人では、役不足だ。私も同行しよう」
「……スターバム!?」
俺と奴は、互いに見つめ合った。そして――。
「……良いだろう。ルリィ! 俺の棺桶を用意しておいてくれ」
「アタシも行きます!」
すると、今度はルリィまでそう言ってくれる。だが、これに関しては――。
「……すまない。お前は、連れて行けない。言っただろ? これは、男同士の戦いだ。女子禁制なんだ。分かってくれ……」
「……わ、かりました」
凄く不服そうだったが、何とか理解はしてもらえたみたいだ。それだけ分かれば良かった。かくして、俺とスターバムはエンジェル達が向かって来ているとされるポイントまで向かった。そこは、大きなモニュメントバレーのようになっており、真下にレジスタンスの基地が存在する。その場所から辺り一面を見下ろしながら俺は、隣に立っているスターバムに告げた。
「……まさか、お前と共闘する時が来るとは……」
「それは、私のセリフだ。姫様に免じて今回は、貴様には何もしないでおいてやる。だが……」
「分かってるよ。アンタの事もエカテリーナさんから聞いたさ。アンタの恋人の事……残念だ」
「ふっ……前の世界で善行を積んでこなかった貴様如きに同情された所で……。そんな事をするくらいなら私にお前の心臓をよこすのだな」
その言葉を聞いた時、俺は心が痛くなり、何も言い返せなくなった。
「……そうだな」
かろうじて出た言葉がそれだった。スターバムの過去をエカテリーナさんから聞かされた時、俺はショックを受けた。
同じだったのだ。コイツも俺と同じだ。愛する者を救いたいがために戦っている。その覚悟の重さを誰よりも最初に背負っていた。それなのに、俺はずっと勘違いしていた。あそこまでの過去があるのに……今では、エカテリーナさんの騎士として戦っている。どれほどの覚悟でここに立っているのか? 俺には、分からなかった。
「なぁ……エンジェルは……大丈夫かな?」
「大丈夫とは?」
「それは……だから、その……アイツも……俺達と一緒に戦ってくれる日がくるのかな……って……」
すると、スターバムは告げた。
「……さぁな。しかし、あの男には、あの男なりの覚悟があっての行動だ。奴と私達の道が1つになる事は……もしかしたら訪れないかもしれない。そして、そうなった時……あの男が私やエカテリーナ様の邪魔をするというのなら私は、容赦しない。私は、必ず国王を倒す。そして……雪音を救う方法を見つけ出してみせる!」
スターバムの覚悟が伝わって来る。……俺だって……国王を倒すという思いは、負けない。国王を倒して……マリアを救う。
絶対に成し遂げたい俺の願いだ。……そうだ。邪魔はさせない。……俺にだって、救いたい人がいる。相手がどうだろうと……それでも行かねばならないんだ。
「……すまない。スターバム。……俺が甘かった」
「あぁ……」
スターバムとは、目を合わせない。俺達はエンジェル達が来るのを待ち続ける。――そして、それから数分後にようやく魔王軍の軍団が、俺達の元へやって来たのだ。
「エンジェル……」
魔王軍の軍勢の真ん中、大きな黒い馬に乗った1人の男が、金色の槍を持ったままこちらへ下りてきた。奴は、漆黒のマントをした状態で俺達の元に降り立って告げてきた。
「……エッタは、何処にいる?」
開幕からそれか……。ホント、この男は……。呆れてしまいそうになったが、俺は告げた。
「……さぁな。だが、もしもこの先を通りたいんだとすれば……俺達に勝ってからだ。魔王様!」
俺とスターバムがそれぞれ武器を構える。すると、それに対してエンジェルは、不敵な笑みを浮かべて告げた。
「……面白い。手を出すなよ! お前達!」
エンジェルは、自分の部下達にそう告げると、黒いマントを脱ぎ捨てて、槍を構えた。――戦闘モードだ。
俺とスターバムもそれぞれ武器を手に持った状態で敵を睨みつける。――そして。
「……行くぞ! エンジェル!」
俺達とエンジェルの3人の戦いが、再び始まるのだった――。