迫り来る運命編⑦
「嘘……。アブシエード様?」
「そんな……」
ルリィとサレサが、この場で一番驚いている。当たり前だ。コイツらにとって、一番尊敬していた人が、目の前にいるんだ。しかも……死んだと思っていた人が、だ。
俺は、尋ねた。
「アブシエード……お前は、エンジェルに殺されたんじゃ!?」
すると、奴は俺を小馬鹿にしたような笑みを浮かべて告げてきた。
「おいおい……君までそんな嘘を信じるのか? そんなわけないだろ?」
「え……?」
混乱している俺にアブシエードの隣からスターバムが現れて説明をしてくれた。
「……この男は、私達が救出したのだ。クリストロフ王国にやって来た魔王アブシエードは、何者かの手によって、暗殺されそうになった。しかし寸前で……私が時を止めて助けた」
「お前が……」
スターバムの方を見る。彼は、少し気まずそうに俺から視線を逸らしていた。すると、今度はエカテリーナさんが、俺に告げてきた。
「……この方は、以前のように貴方の敵などではありませんわ。今は、わたくしの騎士。ダカラご安心くださいませ。サム・コーヤ。……以前のように貴方に襲い掛かるという心配もありませんわ」
「アンタ……。まさか、アンタがアブシエードを……!?」
「はい。わたくしが、スターバムに命令しましたの。アブシエード様を助けて来なさいって」
「……」
突然の事過ぎて、色々とついていけない。スターバムの事も……。アイツは、どうして突然エカテリーナさんの部下になったのか? 以前の奴ならあり得ない話だ。アブシエードとエカテリーナさんが、一緒にいた事もそうだし、そもそもどうして……王族であるエカテリーナさんが、ここにいるのか? 疑問は、尽きない。
――しかし……。
「ここにいるのは、一旦は全員味方と言う事で良いんだよな?」
俺の一言に周りの奴らは、全員頷くのであった。俺は、周囲を見渡してそれから、地面に腰かけて告げた。
「……それで、じゃあ……なんで先代の魔王が、ここにいるのに……俺達は、ここから出る事ができないんだ? アブシエードが、命令すればこんな牢獄、一瞬だろ?」
「残念ながら。……どうやら、ダメみたいだね。……さっきもエッタくんから説明があったと思うが……今の魔族達には、偽りの記憶が、埋め込まれている。どうやら、彼らは……私の事を完全に忘れているみたいなんだ」
「そんな! でも……ここは、アンタの国だろ?」
「あぁ……。だが、仕方ない。今の民衆がエンジェル・アイを望んているのなら……私の出る幕は、ないのだよ」
「出る幕って……でも、こいつらは……!」
「偽りの記憶によって操られている? と、言いたいのか? 残念ながらそうでもないんだ。魔族達に与えられた偽りの記憶は、あくまで補助的な役割しか担っていない。それは、エンジェルに対する忠誠心を維持するためのね。……しかし、人間と戦いたいという願いは、彼ら自身が持つ感情だ。私は、戦争には断固反対だった。しかし、彼らの願いが戦争であるのなら……私の出る幕は、ないんだよ。私より、よっぽどエンジェル・アイの方が適任だ」
アブシエードの一言に俺は、黙ってしまった。何も言い返せなかった。現状に思う所は、いくつかあったが、しかしその全て……今現在、俺達がこの牢獄から抜け出せていないという現状を見れば、言い返した所で、全て無駄だと気づいてしまう。俺は、唇を嚙みしめるしかなかった。
すると、そんな俺達の横で今度は、シーフェがエカテリーナさんに尋ねるのだった。
「……そういえば、エカテリーナ様達は、どうして……こんな所に?」
全員の視線が、エカテリーナさんに集まる。彼女は、優しい微笑を浮かべながらも自信満々に告げた。
「……お父様を止めるため……ですわ」
「お父様……? それって、国王陛下の事ですか?」
「はい。わたくしの父……クリストファー・C・クリストロフは……女神の復活を計画しています」
「女神の復活……?」
シーフェの頭が「?」で埋め尽くされている様子だ。近くで話を聞いていた俺やルリィ達も意味が分からなかったので、エカテリーナさんの話をちゃんと聞く事にした。彼女は、俺達全員を見渡した後に告げた。
「……左様ですわ。わたくし達の国に古くから伝わる神話を皆さん、ご存じでしょうか?」
「はい。……それなら昔、本で読んだ事が……」
「アタシも聞いた事あるわよ」
エッタさんと、シーフェが頷く。俺やルリィ、サレサは、ぼんやりとしか知らないため特に反応はしなかった。そんな俺達の様子もしっかり見ていたエカテリーナさんは、少しだけ補足をしてくれた。
「……わたくし達、人間の世界では……古の時代から1つの神話がありましたの。その中でも特に有名なお話がございまして……。それが、”勇者と女神の神話”ですわ」
「勇者と……女神?」
勇者というのは、何となく想像がつくが……女神というのは、よく知らない。この世界には、精霊だけでなく、そんな存在までいるっていうのか?
エカテリーナさんの説明が、始まった。
「……”昔々、人と魔の争いが幾千年も続いた頃、4人の巫女がいた。”彼女達は、王宮に仕え、女神に祈りを捧げ続ける可憐な乙女達。……彼女達の目的は、1つ。……来るべき戦争で女神復活の贄となる事。その覚悟を持って、巫女達は今日も祈り続ける。平和の為に……。しかし、その願いも虚しく争いは、引き起こされてしまう。”その昔、魔族と人間、争い続けるこの世界に舞い降りし女神。人々は、救いを求めて女神に祈りを捧げる。女神を守るは……異界から現れた勇者達。1人は、鋼の心臓を持ち、その強靭な精神力と硬い意志で守り抜く。もう1人は、万能の肉体を持つ……。そして……”最後の1人が、想像の知恵。3人の勇者達は、この世界の平和の為に女神を守り続ける……。”女神を守るは、三人の勇者達。……鋼の心臓、万能の肉体、創造の知恵。……神の子から授かりしその力使い切る……。”そして世界は、女神の手で浄化され、再び平和が訪れる……”」
「それって……」
「……えぇ。聖書の内容ですわ。所々、省略しておりますけれど……おおよそこのような内容ですわ。そして、お父様がしようとしている事もここに書かれた事、そのままなのです」
「え……?」
疑問を口にする俺。そして、何かを察し始めていたシーフェ。同じく、訳が分からない様子のルリィ、サレサ。そして、エッタ。俺達の視線が集まる中、エカテリーナさんは告げた。
「……お父様の事についてわたくしは、何十年も前から調査をしておりましたの。そしたら色々と分かってきましたわ。お父様は今から15年前から計画を立てていました。15年前……お父様は……誰もいない墓地の真ん中で異界召喚の魔法を試していたのです。召喚の魔法は、1人で使う事は不可能であると言われて来ておりました。しかし、お父様は何日も召喚魔法の実験を繰り返し……ついに、1人の勇者の召喚に成功しました。その人こそ……」
「アイくん……」
と、エカテリーナさんが言いかけた所でエッタが口を開いた。彼女の言葉の後にエカテリーナさんは、続けて説明をしてくれたのだった。
「……しかし、召喚されたエンジェル・アイさんは、あの当時まだ幼い子供でした。そして、お父様の召喚の魔法も不完全であったためにエンジェル・アイさんが授けられた勇者の力は、不完全なものでした。お父様は、死んだように眠り続けていたエンジェルさんを見て、失敗したと落胆しました。――しかし……」
「エンジェルは、生きていた……」
「はい。その通りですわ」
俺とエカテリーナさんの目が合う。一瞬だけ彼女の美貌にドキッとしたのが分かったが、俺はすぐに視線を逸らした。そんな俺の態度にエカテリーナさんは頬を膨らませて説明を続けた。
「……エンジェルさんが、逃亡した事を知ったお父様は、彼が生きていた事を知ります。そして、エンジェルさんを探し出すために彼を指名手配にしたのです。そして……その間にお父様は、この世界で4人の巫女の候補となりそうな女を探し出すべく、一部の貴族達に頼んだのです。計画は、長い間行われましたわ。……今では、被害もかなり減りましたが……王都に住む女性の誘拐事件。……誘拐された女性達が、次々と奴隷にされていた事件なのですわ」
「……なんだと!?」
俺は、その事件を知っている。いや、忘れるはずもない。……あれは、マリアと初めて出会ったあの時、俺は……。
「どうしました? サム・コーヤ……」
「知ってるんだ。その事件を……。マリアは、シャイモンに誘拐されて、奴隷にされた事があった。俺は、その時……アイツを助けるために屋敷に潜り込んで……」
すると、急にエカテリーナさんの目が細くなり、鋭さを増した。彼女は、告げた。
「……その時、シャイモンの配下の魔法使い達の格好を覚えておりますか?」
「赤い三角頭巾を被っていた。……そう言えば、あの頭巾を被った者達、ガルレリウスと戦った時にも……」
「はい。……その者達は、国王直属の部下達で構成された特殊な騎士隊でございますわ。全員が、赤い頭巾で顔を隠している事が特徴です……」
「と言う事は……」
「はい……。おそらく、シャイモンがその……マリアさんを攫ったのは、彼女が女神復活のために必要な巫女候補であったから……であると思われますわ。事実、マリアさんは……ガルレリウスお兄様に連れて行かれて、王都にいるのであれば……彼女は、神話の時代に生きた4人の巫女の生まれ変わりの1人である事は、間違いないでしょう……」
「そう言う……事なのか」
怒りが、抑えられなかった。大切な人が、変な計画に利用されようとしている。それが、許せなかった。俺は、拳を握りしめる。……そして、地面に強く拳を打ち付けた。
すると、そんな俺にエカテリーナさんは告げた。
「……しかし、これでマリアさんが攫われた事にも理由ができましたわね。おそらく、マリアさんは無事ですわ。なんせ、お父様の元にはマリアさん以外に4人の巫女が、誰一人手に入っていないのですもの」
「……どうしてそれが分かる?」
次の瞬間、エカテリーナさんの口から告げられた衝撃的な事実に俺達は、驚いた。
「……4人の巫女の生まれ変わり。その1人は、わたくしですわ。……そして、3人目は……エッタさん。貴方です」
「え……?」
その言葉には、俺達だけではなく、スターバムも驚いた様子だった。エカテリーナさんの言葉に驚いていると、スターバムが少し慌てた様子で告げた。
「……どういう事ですか!? 貴方が……巫女の生まれかわりだなんて……そんな話、聞いた事もない!」
「無理もありません。今までずっと黙っていた事ですわ。しかし、事実です……。4人の巫女の生まれかわりとなった者は、治癒の魔法を持ちます。それも強力な治癒の力を……。サム・コーヤ、貴方の仲間のマリアさんもそうだったでしょう?」
「おっ……おう」
エカテリーナさんにそう言われて、俺はただ頷くしかなかった。だが、その間にもエカテリーナさんは、続けて言ったのだ。
「……わたくしもそうです。……そして、お父様に狙われていたエッタさん、貴方も……」
エッタは、告げた。
「……はい。私も……幼い頃から治癒の魔法を……持っています」
「やはり……。お父様の候補者リストの通りですわね」
「候補者リスト?」
俺が尋ねると、エカテリーナさんは一枚の紙を俺達に見せてきた。そこには、この世界の文字で人名? のようなものが書かれていた。エカテリーナさんは、その紙を見せながら告げた。
「……そこに書かれた人の名前は、お父様が書いたものです。お父様は、配下の騎士達を使って、治癒の魔法を持つ者を探していたみたいです。ここに書かれている人の名前は、お父様が……巫女の候補者として選んだ4人。……1人は、わたくし。もう1人は、”マリア”と書かれていますわ。そして、”エッタさん”。貴方です」
「待ってくれ! だとしたら、あと一人は……」
「はい。最後の1人については、よく分かっていません。このリストにも名前がない。……もしかすると、最後の1人は……未だに見つかっていないのかもしれませんわ。だから、4人の巫女は誰も揃っていない。つまり、マリアさんは……無事と言う事ですわ。サム・コーヤ」
「マリア……」
一筋の希望が見えてきた。マリアは、無事。そして、国王の狙っている切札をこちらは、持っている。地理的には、遠くに来てしまったが……まだまだここから巻き返せるかもしれない。そう思った。
すると、今度はシーフェが手錠を眺めながら告げてきた。
「……問題は、ここからどうやって出るかよ。おそらく、警備は超厳重。……これを突破するのは、いくらアタシの潜伏魔法でも……」
と、その時……ここまでの話を少し離れた場所で聞いていた魔王アブシエードが、クスクスと笑いながら告げてきた。
「……何が、おかしい!?」
シーフェが、アブシエードを睨みつけると、魔王は目に溜まった涙を拭き取りながら、軽く「すまない」と謝り、告げてきた。
「……いやぁ、しかし……それについて……手配は、もう済んでいるんだろ? エカテリーナ……」
「はい。既に計画通りに行っていれば……クリーフが……」
「クリーフ……」
シーフェが、何かに気付いた顔をする。俺やスターバム、ルリィやサレサには、何がなんだか全く分からなかった。スターバムが、俺達を代表して代弁してくれた。
「……姫様、一体何を……」
すると、エカテリーナさんは、不敵な笑みを浮かべて告げてきた。
「……わたくしが、何も手を打たずに……ただひたすら西を目指していたと、貴方はお思いですか? スターバム。……こういう時の為にこそ、彼らの力が必要なのです」
「彼らとは……?」
スターバムの言葉にエカテリーナさんは、告げた。
「……戦乱反逆連合。通称――”レジスタンス” ですわ」
――To be Continued.