迫りくる運命編①
その日も魔族の里は、大きく荒らされていた。魔王アブシエードの死後、平和だったはずの里は、大きく変貌していた……。魔族達は、あちこちで暴動を起こしており、里の外に出て人間を殺しに行こうとする者まで現れる始末であった。
魔王城内にある大きな治療室も患者や怪我人で溢れかえっていた。早く、この状況を何とかするには……やはり指導者の存在が不可欠であった。
――俺達、私達には……魔王が必要だ。絶対的な力を持った魔族の王が……。
だが、それが実現する日は、なかなか来ない。魔王城内では、上流の貴族階級である魔族達も二つに割れていた。
戦争肯定派の過激派と否定派の穏健派。両勢力は、拮抗状態にあり……このままでは、魔族の里は二つに分かれてしまう。そうなれば、これまで以上に大変な事になりかねないと誰もが心の中でうっすらと思い浮かべていたその頃、魔王城から大陸全土にかけて緊急放送が行われた。
魔王城から投影魔法の技術を応用して、巨大な魔法陣を大陸中の全土に展開し、その魔法陣を通して魔王城内での出来事や決定事項を伝える魔法。それは、まるでテレビの生中継のようで、撮影用の巨大魔法陣に映した映像を大陸の全土。つまり、クリストロフ王国側にも報道をする事ができる。この魔法は、魔王城に務める技術者達の努力の上で成り立つ凄まじい技術で、まさに人より魔力の量も質も圧倒的に上である魔族であるからこそ成せる魔法であった。
そんな魔王城からの緊急配信に里に住む魔族達と、そして……クリストロフ王国に住む人間達は、かじりつくように巨大な魔法陣に映る魔王城の様子を見ていた。
すると……。
「本日は、先代魔王アブシエード様のお誕生日。魔王城内では、この日を祝うべく……多くの貴族階級の魔族達がお集まりいたしました。パーティーは、盛大に祝われ……それと同時に、偉大なる先代魔王アブシエード様の葬式も同時に執り行われました……」
魔法陣から流れる映像では、そのようなアナウンスがなされた後に……映像はパーティーや葬式の様子を映して編集された映像から切り替わり、今度は魔王城の玉座の間が映し出された。そこには、魔王城に務める数々の側近達や先代魔王と関りのあった上流階級の魔族達が、玉座の前に立っており、彼らが何かを待っている様子だった。
すると、アナウンサーはこう告げる。
「……これより、新魔王の降臨の儀を執り行う予定です! 儀式は、まもなく行われます! ……あっ、どうやら準備が整ったようです! それでは、ここからは……魔王城から生中継で新魔王降臨を映していきたいと思います!」
アナウンサーが、喋り終わった直後に魔王城内にいる側近の1人が、大きな声で宣言する――!
「……大魔王閣下の御入来!」
高らかな吹楽器の音が魔王城内のあちこちに響き渡る――。魔王城内は、この楽器の音と共に一瞬だけ沈黙となった。
それは、さっきまでの魔族達の噂話や憶測がまるで、嘘であったかのように静かに……ラッパの音だけが響いていた……。
「……新しい魔王様は、穏健派の者がやるらしい?」
「いいや、過激派と聞いたぞ!」
「……先代魔王様には、子がいなかった故、誰がなるのやら……」
そんな話題も消え、魔族達が新しい魔王の登場に心をドキドキさせていると……。
彼らの目の前にある玉座へ……座りに行った者は――!
それは、この生中継を見ていた誰しもが全く予想もしていなかった事態であった。玉座に向かい、座りに行ったその者は……肌が白く、スラッとした高身長。そして、エメラルド色の瞳が特徴的な男で、その姿は……。
「人間……?」
貴族の1人が、そう呟いていた。1人の発言から上流階級の魔族達は、一気にどよめき始める。会場が、再びざわめき始めたのと同時に……大陸の他の場所では、生中継を見ていた人間、魔族達も何事かと喋り始める者も現れた――。
そして、ご入来の音楽も終わった頃、その者は玉座に着き、足を組んで一言、目の前にいる魔族達と巨大魔法陣に映し出された自分自身を見つめて、告げるのだった――。
「……我こそが、先代アブシエードに継ぐ……第三代大魔王――”エンジェル・アイ”である」
その挨拶、そして彼のその見た目に魔族達は、大混乱した。
「……ふざけるな! 次の大魔王がお前だと! 明らかに人間じゃないか! 臭いを隠しているから人間だとバレないと思ったのか!」
「アブシエード様を返せ! きっと、この者が殺したに違いないぜ!」
「やっちまえ!」
過激派の魔族達が、玉座に座るエンジェル達を引きずり降ろそうとするが、しかし――エンジェルは、金色の槍を召喚し、その矛先を魔族達に向けて告げた。
「……黙れ! 愚民ども。……貴様らは、魔族でありながら……この大魔王就任について全く理解していない」
「なっ、なんだとぉ!」
「人間のくせに……俺達の世界の何を知ってるって言うんだ!」
魔族達の批判も上がる中、大魔王エンジェル・アイは、告げた。
「……知っているさ。先代魔王アブシエードは、自分の父である先々代の魔王を殺し、実力でこの地位を獲得した。ならば、その先代魔王を殺した俺が、次の魔王になる事は、必然の出来事でもある! 魔王とは、力ある者がなる存在! 俺は、エンジェル・アイ……。こことは違う別の世界からやって来た人間だ! しかし、俺はこの世界の人間ではない。故に……貴様らの憎む人間とも違う。……俺は、人が憎い! お前達魔族がそうであったように……俺も、人間達に虐げられ、幾度と悲劇を経験してきた! 俺の深い悲しみは、お前達魔族と同じだ! アブシエードと因縁の決着を果たした俺は、そこで決意した! 俺が、次なる魔王となり……人間達を……いいや! クリストロフ王国そのものを……この手で、滅ぼすと! あの憎き国王の首を……この俺が取って来てやろう! ……協力してくれるか?」
エンジェルの演説は、他の貴族達を聞き入らせてしまうほどに熱が籠っていた。それは、同じく中継を見ていた人間達にも伝わって来るほどの凄まじい殺意と熱意であった。
そして、彼のその気持ちは……当然、一番近くで演説を聞いていた魔族達にも届き……。
「……大魔王エンジェル様、万歳!」
1人の魔族が、それを口にしたのを皮切りに、少しずつ会場内はエンジェルを迎える者の声でいっぱいになった――。
気づくと、魔王城にいた魔族達は、盛大に大魔王エンジェル・アイの降臨を迎えていたのであった。
「これは、大変な事になりました! 新魔王は、まさかの人間です! しかも、人間を憎む異世界からやって来た勇者! 確かに……先代の魔王もそうであったように魔王になる資格は、前の魔王を力で倒す事。……しかし、これはあまりに前代未聞! そもそも、先代魔王アブシエード様の死因は、爆発事故とされていますが……これについては、どうお考えなのでしょう! 早速、降臨の儀を終えた新魔王エンジェル様に聞いてみたいと思います!」
アナウンサ―の質問に魔法陣に映ったエンジェルは、答えた……。
「……あれは、人間側の発表した大きな嘘だ。……あの時、俺は人界領に交渉をしに来ていたアブシエードとたまたま出会い、そこで決闘を申し込んだ。あの時の俺は、魔王を倒せば全てが平和になると思っていたからな。しかし、違った! アブシエードは、俺に言った。真の敵は、人間であると……本当に恨むべきは、人間であると! だから俺は、アブシエードの意志を継いで、次なる魔王となった……。俺を認めないと言うのなら……いつでも相手になってやろう! 歓迎するぞ! 全てねじ伏せて見せるがな!」
エンジェルに対するインタビューは、その後も行われ、中継は2時間にわたる長丁場となった。
そして、全てを終えたエンジェルが、控室に戻ると、そこには――。
「……お疲れ様。アイくん……」
彼の事を後ろでずっと待っていたエッタと、そして……サンダンスの姿があった。2人の前に立つと、エンジェルは緊張から解放された様子で、告げた。
「……ありがとうエッタ」
「凄かったね。……アイくん、凄く大変そうだったね。……大丈夫だった?」
「あぁ……。これくらいなんて事はないさ。それもこれも……ここまでの”嘘の”シナリオを全て考えてくれたアンタのおかげかもな?」
エンジェルは、そう言うとサンダンスの方を向く。すると、サンダンスも彼に微笑みかけて告げた。
「……まぁな。考える方も結構苦労したんだ……うまく行ってくれなきゃ困るってもんだぜ。アブシエードを倒したとか……ちょっと嘘にしては、やり過ぎちまったかな? とは、思うがな……」
「けど、これで……エッタと平和に暮らしていくための条件を1つ勝ち取る事ができた」
エンジェルは、そう言いながら部屋に飾ってあったダーツの弾を手に握り、それを撃った。――弾は、見事真ん中に命中し、それと同時に彼は告げた。
「後やるべき事は、魔族達に俺を認めさせる事。……そして、クリストロフを滅ぼす……!」
エンジェルの強い覚悟を隣で見ていたエッタは、彼の事を心配そうに見つめていた。彼女は、内心……怯えていた。それは、魔王となった彼が怖かったからというのもあったが、もう1つ……記憶もそうだが、少しずつ……近づいていたはずの2人の距離が、またしても離れて行ってしまいそうだったからだった……。
――かくして、大魔王エンジェルが降臨したのである。
――To be Continued.