表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

103/119

序章

 クリストロフ王国西部末端に位置する港。次々に迫りくる騎士達の大軍を相手に俺=エンジェル・アイと謎の男サンダンス・キッドは、戦闘を開始していた。


 金色の槍を手に持ち、振り回す俺は騎士達を着実に仕留めていた。だが、敵の数は予想以上に多く、苦戦を強いられた。


「……くそっ! コイツら……力は大した事ないのに……数が多すぎる!」


 俺が、愚痴を零しながら敵を倒していっている横では、サンダンスが騎士達と戦っていた。彼は、魔法陣から弓と矢を取りだし、それを手に騎士達を1人1人射抜いていた。


「……おいおい! へばったか? 二代目槍の勇者は……体力には自信がないみてぇだな?」


 そんな軽口を叩いて来るサンダンスに俺は、少々呆れた様子で告げた。


「……うるさいな! アンタは!」


 俺が、そんな愚痴を零しているとサンダンスは、告げた。


「……まっ、別に良いけどな……」


 全く、何なんだ……? この人は……。話しをしているとムカついてくる時がある。だが、今はそんな事に時間を割いている場合ではなかった。


 とにかく敵を倒して、エッタさんと共に逃げなければ……。


 俺は、そう思いながら更に強い力を引き出そうと金色の槍に魔力を注ぎ込み、力をどんどん解放させていく……! 記憶を失くす前の自分が、どんな感じであったのかは分からない。けど、ここまで強力な力を一度に開放できる。それも記憶の心配もなしに可能である事に俺の心は、少しだけ高鳴っていた――!


「はあぁぁぁぁぁぁぁ!」


 だが、その時だった――。



 ――ドクッ!


 と、急に自分の心臓が跳ねたような感覚と共に急に視界が暗くなり、頭が疼いたのを感じた。戦いの最中、俺はその強烈な痛みに耐えきれず、頭を抑える。俺の攻撃が中断したのを見てサンダンスは、心配そうに告げるのだった――!



「……おい! どうした! 何があった!」


「わっ……」


 分からない。……それが、正直な答えだ。どうして、いきなりこんなに頭が痛むのか? それに……この感覚。この世界の全てが真っ暗に霞んで見えてしまう。心臓の鼓動も高鳴っている一方だ。


「……ぐっ!」


「アイくん!」


 遠くからエッタさんの心配する声も聞こえてくる。でも、俺には……彼女の声に答えてやれるような声も出せない……。


 どうして? と、葛藤の中で俺が見たものは、自分の左腕がどす黒く染まり、次第に変貌していく姿だった……。


 ――なんだ? この……尖った爪といい……不気味な化け物のような見た目は……自分の体が、徐々に犯されていくような感覚……。


 すると、そんな俺の横で戦っていたサンダンスが、告げた――。


「……やはり、始まったか……」


 ――やはり……? この男、何か知ってるのか?


 それを尋ねようにも声が出なかった。次第に体まで重くなってきて、俺はもう……かなり苦しくなっていた。


 すると、サンダンスが俺に言ってきた。


「……力を止めろ! それ以上、勇者の力を使おうとするな!」


「っ……?」


 どういう事なのか、分からないが……ひとまず俺は、勇者の力を使用する事を一度辞めた。槍に込めていた魔力も超パワーも全て解除して、俺は普通の槍の状態に戻した。


 すると、途端に俺の体調は戻って来たのだ。先程まで辛かった頭痛も軽減されていき、心臓の鼓動も平常通りに。……更に暗くなっていた視界も元に戻った。


「……止まった?」


 声も出せる位には、落ち着いた瞬間に、サンダンスが俺とエッタに告げた。


「……ここは、引くぞ!」


 彼は、俺の事を片手で肩の辺りまで担ぎ上げて、エッタが隠れている所まで走って行くと、そのままポケットの中から煙玉を取り出して、それを地面に叩きつけた。途端に辺り一面に白い煙が舞い込み、その隙に俺達は、敵から逃げる事に成功したのであった……。



                      *


「ここまで来ればもう安心だ!」


 サンダンスが、そう告げてきて、担いでいた俺の事を下ろし始める。俺は、あまりに勢いよく下ろされたせいで、結構激しめに地面に尻餅をついてしまい、その痛みに耐えていた。


 そして、少ししてから俺は、サンダンスに告げた。


「……さっきのあれは、何なんだ? 俺は……どうしてあの時……」


 だが、サンダンスは自分達の回りに敵がいないか、周囲を見渡しながら感情の籠っていない声で告げるだけであった。


「……さぁな。俺にも分からん」



「”さぁな”じゃないだろ! アンタ、本当は何か知っているんだろ? あの時、やはり……とか何とか抜かしといて!」


 俺は、怒りをサンダンスにぶつけた。奴の服の襟元を掴んで、問い詰める。


 そんな俺の荒れた様子にエッタさんが、心配そうに声をかけながら、俺の腕を掴んで必死に止めようとしてくれている。ここで、争って欲しくないのだろう。だが、今はそう言う訳にはいかない。


 俺は、エッタに止められながらもサンダンスの事を睨みつけた。すると……次第にサンダンスは、低い声で言うのだった……。


「……知りたいのか? 後悔してもしらねぇぞ……」


「教えろよ! アンタの知っている事全て……アンタ、先代の槍の勇者なんだろ? 俺の力の事だって、何でも分かるに決まっているよな?」


 やがて……サンダンスは、俺から視線を逸らしたまま語り始めるのだった。


「……お前や俺が持っていたその……槍の勇者の力は、他の勇者に比べて凄まじい力を発揮できるというメリットとは、別に……大きすぎる代償を背負う事になっている。それこそが、記憶と……そして、魔獣化だ」


「え……?」


 聞き慣れない言葉だった。魔獣化? 記憶については、俺も良く知っている。現に、ついこの間まで俺は、苦しめられていたとエッタさんから何度も聞かされていたからだ。


 サンダンスは、続けた。


「……1つ目のリスク、記憶についてだが……これはお前も多少経験があるだろう。お前が勇者の力を使えば使う程に……”周りがお前の事をどんどん忘れていくんだ。”そして、次第に誰からも覚えて貰えなくなり、最終的に孤立する……。そして、2つ目のリスクの魔獣化は……さっきお前が見たヴィジョンそのものさ。お前は、この先……力を使えば使う程に……自分の体が魔獣と化していく。最後には、心までな。全てが完全な魔獣へと変貌を遂げた時、お前は下手をすれば自我を失う事になるだろう……」


「ちょっ! ちょっと待ってくれ! そんな事、俺は知らないぞ! だいたい、記憶のリスクは、周りじゃなくて自分の記憶が消えていくはずだ! 現に俺は、ついこの間全ての記憶を失くしている!」


「おそらく、この世界に転移してきた時の転移魔法陣が、不完全だった影響だろうな。そのせいで、お前はこれまで不完全な状態で勇者の力を行使していた。故にそのデメリットも不完全であった」


「は……?」


「しかし、時を重ねて勇者の力としても完全なものへと変貌を遂げた今のお前には、完全なる力を扱う事ができ、そしてそのデメリットも完全なものになったというわけだ」


 俺は、サンダンスの言葉を聞いた途端に……手の力を失くした。俺の後ろでは、エッタも放心状態となっている……。サンダンスの襟から手を離し、俺は……。


「……なんだよ。それ……。なんだよ。……これから、楽しい生活を送れると思っていたのに……」


 後ろで、エッタさんが泣いている……。その涙に俺の我慢ももう限界に達していた。俺は、目の前にいるこの男の事を激しく睨みつける。再び、その襟を掴み上げる――!


「アンタが……アンタがあの時、俺に勇者の力を使わせなければこんな事にならなかったんだ! どうして先に言ってくれなかったんだ! どうして! どうしてなんだッ!」


 その問いかけにサンダンスは、力を失くした声で告げる……。


「……あの時は、あぁするしかなかった。あの船の中で助かる方法は……お前の力を再び覚醒させる事以外になかった……。許してくれ……」


「謝って……許される事じゃ……ない!」


 とうとう、我慢の限界になった俺は、すぐさま魔法陣を展開し、金色の槍を手に握ると、そのまま奴の心臓を突き刺そうとした。サンダンスは、これに対して何も反抗はしない。……後は、俺がコイツを殺せばそれで……。



「ダメェ!」


 だが、その寸前に俺を止めたのは、またしてもエッタだった……。彼女の方を振り返って見るとエッタは、強い力で俺の服の袖を掴んでいた。そして、告げた。



「辞めてよ。アイくん……。そんな事したら……今すぐに魔獣になっちゃうよ……。私は、誰かを殺してしまうようなアイくんは、見たくない……。優しい貴方でいて欲しい……。焼き芋が大好きな……優しい貴方で……」


「エッタ……」


 その言葉に、俺は槍を下げて襟からも手を離した。俺は、地面に膝をついて、掌もついた……。そして、泥のついた汚れた手で、自分の髪の毛をグチャグチャに搔きむしった……。



「う……ぐっ……うぅ、んぐぅ……」


 声にならない叫びを上げながら俺は、涙を流した。そんな俺の様子を後ろからエッタさんが見ている。彼女も俺と同じ気持ちだ。俺達は、一緒に涙を流している。



 すると、そんな時にサンダンスが、俺に告げた。


「……お前の体は、このまま力を使い続ければ……遅かれ早かれ魔獣と化す。魔獣は、魔族とはまた違った存在だ。魔族と同じ濃い性質の魔力を持ってはいるが、奴らとは違い、理性はない。ただ、殺戮を繰り返す獰猛なモンスターだ。俺は、大昔に自分がそうならないように……自分の体が魔獣化する前に湖の精霊から涙を貰っていた。精霊の涙は、傷を癒すだけでなく呪いを解く力もある。俺達のデメリットも呪いのようなものだからな……。それで、何とか防ぐ事ができる。だが、その代わりに……俺達は、人でも魔族でもない半端者としてこの世界で一生を過ごす事になる。寿命なんて概念も消し飛ぶ。誰かに討伐されない限りはな……」


「俺は、どうすれば……良い? このまま魔獣と化して、いつの日かエッタからも忘れられてしまえば……俺は……俺は、もう……立ち直れる気がしない……」


 俺の本音だった。サンダンスは、そんな俺に告げるのだった。


「1つだけ良い方法がある。かなり賭けにはなるが……しかし、お前さんの嬢ちゃんを守りたいという願いと力を使いたくないという願いを両方叶えられるかもしれない……」


「……そんな事が、可能なのか? 教えてくれ……それは、一体……」


 すると、サンダンスは少し怖い顔で俺を見おろして告げた。


「……ただし、この方法を取れば、お前は……少なくとも二度と人間として生きていく事ができなくなる。それでも良いのか?」


 そんな問い……俺からすれば朝飯前だ――。


「……心は決まってる! 最初から……エッタを守れるなら俺は……!」


「よしっ。分かった……。ならば、来い……」


 そうして、俺とエッタは、サンダンスについて行く事にした……。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ