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制約の言語回路  作者: 府雨
慶宮市重山大学篇
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二百十九章《好きな人》

「制約の言語回路」二百十九章《好きな人》


「ちょっと呑んでくる」


 父がホテルのバーに行って、妃君がシャワーを浴びる。姫離もそこでシャワーを浴びて、化粧を落とした。下着の上にバスローブを羽織って。


「彼氏はできた?」


「いや。でも気になる人はいる」


「とてもいいことね」


「お姉ちゃんは?」


「私はあまり人気がないの」


「お姉ちゃんのお眼鏡に適う人はいないってことか」


 妃君はくすくすと笑った。


「広い部屋ね」


 窓から見下ろす川の輪郭は、まるで滑走路みたいだと妃君は思った。


 妃君は姫離より五センチは背が高く、体の起伏は姫離よりいくぶんか乏しい。美しさと控えめな陰気さが同居していて、どこか青磁のよう。肌の色もどこかひんやりとしていて、姫離より白い。


 守りたいと思う男はいるだろうが、あまりに美しいから守りきれない。そういうことばかりを経験していた。


 男に寄り添う意識はあっても、どこかすぎた宝玉のようで男の手に余る。


 妬まれることも多く、女には邪険にされることもしばしば。


 冷英大学では華やかな学生生活を過ごしたが、落ち着くとどこか自分でも身を持て余すようなところがあり、愛情を注いでいた姫離が離れ、手応えのない生活を送らざるを得なかった。


 加えて妃君は両親から「不出来な長女」という不名誉な評価を賜っていた。姫離が府月に行ったことで、その評価は強まり、それが妃君を陰気にさせていた。


 本当は華やかに着飾り、晩会の中心に咲くはずだった。でもそんなことを本人は想像すらしていなかった。


「姫離のチャイナドレス、素敵だった」


「お姉ちゃんも買ったら?」


「佳倉で着る機会なんかないじゃない」


「私は、今日のためにあれを買った」


「お父さん。絹のシャツ、あれはどこか大陸風だった。姫離に合わせたのかな」


「たまに着てるの見たことがある。漢服とも違うけど」


「そうね」


「たまたまな気もしてきた」


「そうかも」


 おしゃべりをしているうちに妃君はまどろんできた。


「姫離は、」


「一部屋単位で払ってるから、私も泊まっていく」


「そう。嬉しい」


 妃君はあくびをすると、布団に入って目をつぶった。一言「姫離がいなくて寂しかった」と漏らした。


 返事をしようと姫離が声を出そうとして、妃君の寝入った呼吸が聞こえて、小さく「私も」と姫離は言った。


 姉のベッドに潜り込み、首筋に鼻をつけて姉の匂いを嗅いだ。華やかで、色のある香気に姉の美しさの一端を垣間見る。


 父がシャワーを浴びる音がしたが、まどろみは推し戻せず、一人茶を淹れて飲んでいるのを感じて、付き合いたいと心から思った。


***


 早く起きた姉妹は髪を整えた。姫離の長い髪を櫛で漉くのは姉の仕事だった。


 朝食付きのプランだったから、姫離は昨日のチャイナドレスを着て、着替えた二人を朝食会場に連れていった。


 父の服装はやはりどこか漢服然としていて、訝しい感じではあったが、妃君の服装はフォーマルなサテンのワンピース。


 慶宮市への島国からの旅行者は少し珍しく人目を引いた。


「お父さん、もしよければ姫離と同じように一着、私もチャイナドレスを買えたらと思うのだけど」


「構わない。百貨店に行けばいい。私はこの辺りを散歩している。昼になったら一度部屋に戻り、それから一緒に重山大学に行こう」


 姫離はうなずいた。


 姉の腕を取って、姫離は一度行ったことのある百貨店に向かった。


「オーダーメイドもできるけど、せっかくならここで着たいよね」


「そうね。西都で和服もどきを着ている外国人みたいな気分を味わってみたい」


「お姉ちゃん、言い方」


「何色がいいかな、姫離のそのライチみたいな白と赤、とてもいいけれど」


「龍袍みたいな青がいいと思う」


「それは、皇帝に失礼じゃない?」


「お姉ちゃんは妃になってもおかしくないくらい高貴だよ」


「気のせい気のせい。雰囲気だけよ」


 姫離の父が部屋で待ち合わせと言ったのは、百貨店でたんまり買い物をした二人の荷物を持ったまま歩きたくないという切実な思いからだった。


 坂や階段が多い慶宮市は、重い荷物を持っては動けない。


「昼食はどうするの?」


 姉が聞いた。


「食堂でどうかなって」


 姫離が答える。


「お父さんはいいの?」


「むしろそのつもりだった」


 父はクラッチバッグを持って姉妹を急かした。


 妃君は服装に合わせて化粧を整え、買った髪飾りをつけた。姫離は姉に髪を結ってもらい、自分ではできないヘアアレンジで外に出た。


 タクシーを使って大学正門まで。


「どっから来たんだ。海城市か?」


「私は重山の大学生。姉と父は島国から」


「それにしては旗袍の似合い様だな」


「姉は美人だから」


「確かにそうみたいだな。あんたはてことは留学生か? たまげたなぁ、すげえ大陸語が上手いじゃねえか。俺より」


「今は島国の高校も大陸語を教える時代。ここでだって島国の言葉が上手い人を何人も見かけた」


「まあ、大学だからな」


 タクシーに決済アプリで支払う。少し多めの金額を見せて、目配せした。運転手はガハハと笑って、礼を言う。「楽しんでくれ」


「本当に、大陸にいるのね。妹がこんなに流暢に大陸語を話すなんて、少し驚く」


「お姉ちゃんたちが何不自由なく英語を話せるのと一緒」


「英語と大陸語は違うんじゃない? ねえ、手を振っている人がいるけど」


 妃君は明月を指した。姫離の顔のこわばりとぎこちない笑みは妃君でなければ見逃したかもしれない。


「好きな人?」


 父に聞こえないように姫離の耳に声を当てる。姫離ははにかんでうなずいた。

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