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「ちょっとお喋りしようよ」
彼女からまさかお誘いがあるとは思わなかった。僕は彼女の誘いに乗った。
誰もいなくなった放課後の教室で僕と波崎が会話しているなんて一体誰が想像するだろうか。
ついさっきまでなんの接点もなかったのに……。
不思議な感覚に浸りながら僕は波崎との会話を楽しんだ。
「宮野くん、門限ある?」
「ないよ。……流石に曜日をまたぐなら母に連絡しないといけないけど」
「夜中になっても帰ってこなかったら親御さんが心配するからね」
まるで他人事。
彼女のどこか関心のない返答に違和感を抱いた。けど、迂闊に彼女の親のことを聞けなかった。
親が殺人犯っていう噂を信じているわけじゃない。ただ、そんな噂が流れているからこそ中途半端に質問出来ない。
「知りたい?」
彼女が僕の心を読み取ったかのようにじっと僕を見つめた。
その見透かしたような瞳に吸い込まれそうになった。彼女の前で嘘をついても意味がない、そんな気がした。
「話したくないなら別にどっちでもいいよ」
興味はあるけど、その好奇心だけで彼女の心を傷つけたくなかった。
綺麗で大人びているけれど、僕と同い年の少女だ。
無理に聞いて、彼女に嫌な思いをしてほしいわけじゃない。ただ、今は普通の会話をしていたいと思った。
「へぇ、聞かないんだ。意外……、高校生ってこういう話大好きだと思ってた」
「君も高校生だろ」
「そうなんだけど、時々自分が高校生だってこと忘れちゃんだ。……私、早く大人になりたいんだよね」
大人にならなければならない環境なのだろう。
無理して大人になる必要はないって言いたいけれど、そんな簡単に言えない。無理しなければならない時もある。
僕にはその瞬間はまだ分からないけど、彼女はいつもその瞬間に直面しているのかもしれない。
「大人は高校生に戻りたいってよく言ってるけどね」
「たしかに」
彼女は僕の言葉に軽く笑った。さっきまで重たかった空気が僅かに和らいだ。
「そういえば、なんで教室に残ってたの?」
「誰もいなくなった教室が好きだから。私のことをとやかく言うクラスメイトが誰一人いなくて、全員この世からいなくなったのかなって思えるから。その感覚のおかげで私の心は安定してるの」
「波崎さんってやばい人?」
少しも冗談っぽく話さない彼女に思わずそう聞いてしまった。
僕の勘がこの人は危ない人だと言っていた。それでも彼女が気になってしょうがなかった。
「普通だよ。というより、君の前だとただの女子高生になれる」
「変な女子高生だよ」
「え~~、そんなことないよ~~」
彼女は少し口を尖らせる。
そんな一面があるのだと、彼女のことを少し知れた気持ちになる。
僕は波崎美代という人物のことをもっと知りたいと思った。それと同時に、もうこれ以上彼女を探ってはいけないと本能が言っていた。
……彼女に踏み込まない方が良い。
「宮野くん」
「はい」
「親じゃなくて私が殺人犯なの」
その声は誰もいない静寂な空間によく響いた。
今でもその透き通った声を鮮明に思い出すことができる。