第9話:今日まで、その手掛かりには一度も触れたことがなかったのだろうか。
「ここが俺の家だ」
誠司は3人を家の中に入れた。3人は旅行用バックを玄関に置く。
「あー疲れた。今日はどっか行く予定あるの?」
とみこは言いながら、自分のバックを枕代わりに寝そべっていた。
「いや、ないから、今日はもうゆっくりしていいぞ」
誠司は、自分の荷物を部屋の中に入れていた。真菜も寝そべっているみこをまたいで、部屋の中に入ろうとする。
誠司は、その真菜を制止した。
「ちょっと待ってて」
誠司は何か部屋の中を片付けているようだ。いや、実際は何かを隠しているようにも見えた。
英利羽はその様子を見ると、
「何かわたしたちに見られたらまずいエロ本でもあった?」
誠司は、手に持っているものを後ろに隠した。
「い、いや、ちょっと散らかっているから、3人が過ごせるように、そ、掃除しているだけだよ……」
「へぇ……それじゃあ、手に持っているもの見せなさい」
「人には一つや二つ秘密ってものがあるんだよ」
そういうと、誠司は部屋に通じる扉を閉め、真菜たちは誠司の様子が見えなくなった。
ガサゴソと誠司が何か動かしている音が聞こえる。
英利羽は隣にいる真菜に話しかけた。
「あとで、隠した誠司のエロ本を探しに行きましょうよ」
「私はそんなことに興味ないわ。やめておいた方がいいんじゃないの」
「これは誠司の弱みを握るチャンスよ。みこも探さな……って寝てるじゃない」
みこは玄関で寝そべったまま、寝息を立てていた。
英利羽がみこを起こそうとしていると、誠司が戻ってくる。
「さあ、どうぞ」
入ってみると部屋は1LDKの長細い家だった。キッチンはリビングの奥にあり、洗面所は入口近くにあった。
「俺の部屋はリビングの隣。3人はこのリビングに布団敷いて寝てね。俺の部屋には入っちゃダメだから」
「なんで、なんで?」
英利羽がしつこく誠司に問い詰めるが、誠司は適当に返事しながら、自分の部屋にこもった。
真菜がお風呂から上がると、英利羽はリビングのありとあらゆるところを探し回っていた。
「まだ、やっているの?」
「チャンスよ。こんな絶好のチャンスを逃してはもったいないわ」
かなり英利羽は音を立てているが、誠司は部屋から出てくる様子はなかった。
次の日、真菜が起きてみると、まだガザゴソ音が聞こえる。
英利羽は棚の奥に手を入れているようだった。
どうやら英利羽は朝早くから誠司の隠したものを探しているらしい。
「もうやめなさいよ……しょうもないんだから」
真菜はそんな英利羽の様子をあきれずには見ていられなかった。
誠司が部屋から出てきたが、英利羽は気づいていない。
誠司は、英利羽に近づいていく。
「何しているんだ……何か壊していないだろうな」
「べ、べつに……」
「英利羽は、誠司が昨日隠したものをずっと探しているの。私は止めたのよ」
「なんで、真菜言っちゃうのよ」
誠司は大きなため息をついた。真菜と同じくあきれているようだが、怒っている様子はない。
「俺は用事を済ませてこようと思うから、3人はこの家で少し待っていて」
英利羽は真菜に近づいてささやく。
「誠司が出ていったら、誠司の部屋でも探しましょうよ」
誠司は咳払いをした。どうやら英利羽の言ったことが聞こえていたらしい。
誠司はまた大きなため息をつくと、財布を取り出した。
みこがやっと目が覚めたようだ。誠司が真菜や英利羽にお小遣いを上げようとしているのを見ると、飛び起きて誠司のところまでくる。
「わっ、みこ起きてたのか……」
誠司は3人にそれぞれ1000円ずつ渡した。
「お金、渡しておく。俺と一緒に出発できるように準備して。カギは俺が閉めちゃうから」
誠司は、洗面所に入り、歯を磨き始めた。
英利羽は少し不服そうな顔をしながら、外に出る支度をし始める。
3人が支度を終えた頃、誠司が玄関のところに向かった。
「忘れ物ないかい?」
「たぶん、大丈夫」
「危ないところに行くんじゃないよ」
「みこたち、高校生よ」
誠司は、じっと見た後、少し考え込んでスマホをいじった。
「3人の居場所がわかるようにしておいたから。困ったことがあったら連絡して。まあ夕方の5:00ぐらいに玄関のところに集合ってことで」
4人はエレベーターに乗って、1階へ降りた。
3人はスマホの地図アプリを開いた。塩尻にいた頃は、塩尻周辺の地図しか表示されなかったが、東京に着くと東京周辺の地図がみられるようになっていた。
「まずどうする?どこに行く?」
みこが地図を見ながら、2人に聞く。
真菜は地図をスクロールしていると、あることに気が付いた。
「ねえ、地震のせいなのかもしれないけど、私が知っている東京と少し違うわ」
「たしかに、みこの知っている東京と少しだけだけど違う」
「あっ。青苧駅がない。……それに、青苧線だってないわ」
「ほんとだ。みこの使っている首都線もないし、鬼子母神駅もない」
英利羽は小学6年生に東京を離れ、東京の地理には詳しくなかったせいか、青苧駅や鬼子母神駅は聞いたことがなかった。
「電車を使うことも少なかったから、あんまりわたしは覚えてないわ。ただ、なにか手がかりがあるかもしれないし、まずは真菜の家の近くまで行ってみるのはどう?」
「でも青苧駅はないわよ」
「地図を見て、そこに近い駅とかバス停とかない?」
「……この日比谷線っていうのが、かなり似ていると思う。だいたいこの広尾駅付近だと思うわ」
「じゃあ、行ってみましょうよ」
3人はまず、広尾駅に向かうことにした。
英利羽は、地図をじっと見ている。
みこの話によると、みこがよく使っていた首都線はなく、そこには副都心線が走っている。また真菜も使っていた青苧線がなく、代わりに日比谷線が通っている。
2人の話によると、そのほかの路線に大きな変化はないようだった。
3人は日比谷線に揺られていた。
日比谷線は、銀色の車体に灰色のラインがひかれている。車内は明るく、ドアの真上には3つの電光掲示板があり、次の駅を示していた。
真菜やみこが知っている車体とは違うらしい。
広尾駅に着くと、真菜は地図を確認する。どうやら1番出口が近いようだ。
階段を上り、1番出口から外に出ると、目の前には交差点があった。周りに立っているビルは異なるものも多いが、青苧駅からみた風景に一致するものがあった。
どうやら区画が変更された様子はないらしい。
出口を出ると、そこには木がうっそうと生い茂っている場所が見えた。
「ここは、部活でも来たことがある大きな公園があるはず……」
3人は、大きな森を囲んでいる塀伝いに進んでいくことにした。
少し進んでいくと、その塀が途切れた。ここは公園の入り口らしい。
公園の中に進んでいった。目の前には大きな池が待ち構えている。
真菜は珍しく興奮している様子だった。
「そう、ここよ。みこも部活で来たわよね」
「この奥の図書館をよく使っていたわ」
とにかくまずはその図書館の中を目指すことにした。
池を左手に見ながら奥へと進んでいく。
8月の照り付けるような太陽が公園の木々のおかげで緩和されていた。
池の上を通り抜ける風が心地よく顔を吹き抜けていった。
池の裏手に来ると、木でできた階段が続いている。
たとえ緑のおかげで涼しくはなっているものの、やはり汗ばむことには変わりはない。
階段を上りきると、そこには遊具が置かれていた。
お盆ということもあってか、たくさんの小さな子どもたちが遊んでいる。
子どもたちが元気に遊ぶ声の響く広場を渡り、さらに森の奥へ進んでいった。
目の前に大きな白い建物が見えてくる。やっと着いたらしい。
3人は図書館の中に入ると、自販機で飲み物を買った。
この暑さと汗によって、すぐにのどが渇いてしまう。
「ここは、私の知っている図書館で間違いないわね」
真菜は図書館の中に入っていった。
みこや英利羽も真菜に続いた。
英利羽は図書館の中を見まわすと、真菜に話しかけた。
「少しわたしは調べてみたいものがあるんだけど、ここで少し時間を使わないかしら」
「私も久しぶりにいろいろ見てみたいわ」
英利羽は真菜とみこと別れると、1階の新聞コーナーに向かった。
新聞は昔とさほど変わっていないらしい。灰色の再生紙でできた大きな新聞がつるされてある。
英利羽は新聞を一つとってみる。
2037年8月12日の朝刊だ。一面には、MR. Yushima Amusement Parkが新しくオープンし、賑わいを見せているという記事が載っている。
どうやら、世界各国の著名人や歴史上の人物、アニメキャラクターなどと会話が楽しめるらしい。
ページをめくってみると、政治や経済、スポーツ、エンタメなど様々なことが書かれている。
目立つのは、多くの記事にGAIの文字が書かれていることだ。
GAIとは、汎用AIというものらしい。
一面に載っていたテーマパークもドイツ生まれの世界初のGAI、エウダイモニアが搭載されているということだった。
このエウダイモニアは、世界各国で使用され始めているらしく、開発者のトーマス・デ・ロッシュ博士の新研究についての記事が書かれていた。
エウダイモニアというAIはそのトーマス博士の脳をそのままコピーして作られたものだという。
今後の課題として、個人の脳に依存せずに作成できるGAIの開発を目指すと書かれていた。
この新聞には英利羽が求めているような誠司に関する情報はないらしい。
英利羽は他の新聞も読んでみるが、特にこれといって3人に有益な情報は獲得できなかった。
英利羽は検索コーナーへ向かった。一つ一つが小さな囲いになっている。その中には大きなディスプレイが存在し、音声で操作するようになっていた。
英利羽は『湊誠司』と検索してみるものの、検索結果は0件だった。
検索コーナーから出た英利羽はとりあえず、新着図書でも見てみることにした。
受賞した小説、話題になった実用書、人気の絵本など様々な本が、新しく所蔵されたらしい。
新着図書を眺めていると、真菜とみこが階段で1階に下りてきた。
どうやら2人も見たいものを見終わったらしい。
特にこれといった収穫がないまま、図書館を離れることになりそうだ。
英利羽は1階しか見ていないので、他のフロアの地図を探しに行こうとしたとき、目の端に何か見慣れたものが映った気がした。
英利羽は一瞬体が固まった。その方向へ視線を動かしてみる。そこは、展示コーナーだった。
展示コーナーは少し遠く、雑誌がいろいろ置かれていることしかわからなかった。
現在の展示は懐かしの人気アニメ特集らしい。
その一つの雑誌に、4人の少女が描かれていた。
英利羽はゆっくりとコーナーに近づいていく。
すると、英利羽はいきなり腕をつかまれた。振り返ってみるとみこがいた。
「なにぼーっと立ってるのよ?ほら、行くわよ」
「いや、でも、気になるものがあって……」
「そんなの東京じゃなくても見られるわ。早く行きましょ!」
真菜とみこに連れられ、英利羽は仕方なくゲートを出ていった。
英利羽はもう一度後ろを向いた。しかし、検索コーナーの衝立が邪魔でもう見えなくなっていた。
3人は真菜とみこの思い出の図書館を後にするのだった。
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神野邦宏は、校舎から教科書を抱えながら早足で出てくる誠司を見つける。
邦宏は誠司の方へ走っていった。
「おーい、せいにゃんじゃないか。最近どうしたんだよ」
「いや、今急いでいるから……」
誠司は邦宏の方を見ずにせかせかと歩いていく。
「俺の父さんも最近連絡くれなくて寂しがってたぞ」
「いや、最近時間ないから……」
邦宏は誠司の歩く速さに追いつけない。少しずつ二人に距離が生まれていった。
「最近さ、俺、発大脳物質生成プロジェクト、名付けてMAGICプロジェクトに参加しててさ……」
すると、いきなり誠司が歩みを止め、邦宏の方へ振り返る。
「い、今、俺、分子遺伝学のテストが終わったばかりなんですよ。大問読み間違えて、それで、長々書いた記述が間違えているかもしれないです。もし、た、単位を落としたら……一つも落とさなかったのに……」
「せいにゃん大丈夫だって、一つくらい単位落としたって……」
「俺、聞いているんですよ。くにぴょんが去年のOSCEもCBTも両方首席で通ったって。それに最近も大学全体の大プロジェクトで活躍しているっていう噂……。い、今はいっぱい、いっぱいなので、後にしてくれませんか……」
誠司は自転車のかごに教科書をもろみで入れると、走り去っていく。
邦宏はその場で立ち尽くした。
「わかったよ、せいにゃん……」
邦宏は、走り去る誠司には聞こえないような小さな声を発することしかできなかった。
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極秘調査報告書 9
OSCE、CBT
2005年度から開始された全国の医療系の学生に課される試験。CBTは知識や問題解決能力を問うために行われる学力試験。一方、OSCEは診療における態度や技能を問うために行われる実技試験。通常、4年生で実施される。これらを合わせて、共用試験と呼ばれている。この共用試験に不合格の場合、5年生から実施される臨床実習に参加できなくなり、留年が確定する。
(ツーヨルゥ協定世界調整機構ミスリム山脈収容所所蔵)