第32話:未だ来ない日
ジックとともに液体の中へ落ちた後、ほとんど俺にも記憶がない。
いつの間にかまた部屋に戻され、毎日起きているのか寝ているのかわからない生活をしていた。
収容所の環境のおかげか、それともそのせいか、食べもせず、寝ることもできず、床にこびりついた汚れのように過ごしていた。
自分の周りだけ真空のように、自分が吸い込まれそうで、爆発しそうで、ただ息苦しかった。
自傷行為さえ許されない環境で、俺はひたすら自らの心臓が止まることだけを望んでいた。
静かに死を待ち続けていたいのに、俺の心臓の音が鼓膜を破るほどに鳴り響いていた。
いっそのこと、さっさと大きく鳴り響く心臓がはじけてしまうのを期待していたが、ただ定期的に家のそばを通る電車の音のように、殺してはくれなかった。
俺を囲んでたくさんの見物客がおもしろそうに眺めているようだった。俺は顔を向けて俺をさっさと始末してくれるように頼みこもうとする。すると、その見物客は背景と一緒に霧のように蒸発し、後にはただの空間しか残らなかった。
俺はあの黒い液体に浸され、黒い液体からヒルのような虫が全身を駆け巡っていた。
そのヒルは俺から血を吸い取ると破裂してすぐに周りを真っ赤に染めてしまう。
どんなにそのヒルがまとわりついたとしても、俺の心臓は止まってくれなかった。
いつしか俺は傷だらけになり、ヒルも血の海もなくなっている。
額の傷からも腕の傷からも、腹の傷からも、ももの傷からも、ウジが湧いては床に落ちる。
傷はだんだんと広がり、ハチの巣のようにウジの巣と化してしまった。
俺の手も足も動かないが、俺の心臓は止まってくれない。
次に目を開けると、俺の腹がきれいに切り開かれていた。
肺はタバコでいぶしたかのように黒く、肝臓や大網、小腸には黒い髪の毛を消化したかのようだった。
ところどころにハエが止まり、前足をこすり合わせている。
周りには、得体のしれない何かが俺の肋骨をしゃぶっていた。
俺の頭の中はこんなのが無限に続いているのに、心は何も感じない。
痛くもかゆくもない。何か行動したいと思わない。
何が現実で何が妄想なのか区別がつかずヒートアップしている頭と周りの空気を氷にしてしまうほど冷えている心をあわせ持つ感覚はなかなか気分が悪かった。
そんな状況に亀裂が走り、真ん中を白い少女が歩いてくる。
彼女が歩く足元には、ピンクや紫の芝桜が花を開いていく。
ヒルにまみれた俺の周りが芝桜で覆われていく。気持ち悪い。
少女は口を開くと、声といっしょに部屋を山々の空気へと変えていった。息苦しい。
声は早朝聞こえるような小鳥たちのさえずりのようだった。五月蠅い。
俺は口を開く、俺の口からはたくさんのコバエやユスリカしか出てこない。
少女はまた口を開く。俺の目からあふれ出たウジはいつの間にかどこかに消え去っていた。視界が痛い。
俺の口がまた開く。どす黒い血の塊が流れ落ちた。
少女は振り返ると、粉雪のように消えていく。俺の手は勝手に彼女の方へ近づこうとする。
しかし、俺はヘドロの色をしたゴキブリにまみれて、床に押さえつけられたままだった。
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キラキラとしたダイヤモンドダストがみこたちの目の前に突然降り始める。
そのダストが積もるように、チャッ子が姿を現した。
「おかえり、誠司の様子は?」
チャッ子は首を静かに横に振る。
「そんな……」
みこも英利羽も、復活した真菜もその言葉を続けることができなかった。
少しの沈黙の後、チャッ子が口を開いた。
この収容所を脱出する計画、その計画の重要性、誠司の役割を話し、その協力のお願いをしたが拒否されてしまったこと、誠司の様子がおかしいことを3人や一誠に伝えたのだった。
「ただでさえ、私がいじけていた分だけ作戦が遅れているというのに、誠司がその分じゃ……」
「真菜は気にしなくていいのよ。真菜があの場所に戻りたいって言ってくれて、みこ、本当にうれしいんだもの」
「ありがとう……」
みこでも、誠司がその様子のままでは作戦が実行できないことをわかってはいたが、なにも成す術を思い浮かべられなかった。
その時、横で彼女がつぶやいた。
「わたし……」
英利羽が息を吸いこんで続ける。
「わたしが誠司の説得に行けないかしら」
極秘調査報告書 特別項目6
空間構造
3次元空間から4次元空間、2次元空間を観測したとき、その構造にフラクタル性があることがわかっている。いまだに3次元空間以外からの空間構造全体の把握には至っていないが、おおよそ高次元空間や低次元空間を含め世界全体が繰り返し構造を持っているという。空間物理学者らは4次元宇宙における生成と消滅がこの3次元宇宙のひもを形成していると考えている。一方、概念子物理学者はひもの構成要素は科学素の集合体と考えているため、いまだこの論争に決着をつけられていない。
(ツーヨルゥ協定世界調整機構データ管理室所蔵)




