第18話:形而上のアポトーシス
俺はいつも通り3階に向かった。
エレベーターのドアが開く。受付に入ると、チューターの人が俺に気が付いたようだった。
「松本くん!おめでとう!」
講師室から神野先生が足早に歩いてくる。
神野先生は俺に手を伸ばした。俺はその手を取る。
「よくやった!松本くんなら合格できるって信じてたよ」
俺は神野先生と固い握手を交わした。
先生と入試問題について少し話した後、合格速報用の写真を先生と撮ることとなった。
後日、神野先生と食事に行く約束をしたのだった。
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俺はレストランに入る。少し待ち合わせに遅れてしまったようで、先に神野先生は入っているようだった。
案内係に導かれ、レストランの中を移動していく。
神野先生の席に着いたとき、その横に見知らぬ青年が座っていることに気が付いた。
誰であろうか。もしかしたら、もう一人今年合格した人を連れてきているのかもしれない。
俺はとりあえず向かいの席に座った。
「すいません、遅れてしまって……」
「いいよ、いいよ。今入ったところだから」
俺はとりあえず目の前の水を飲んだ。少し急いだからか、のどが渇いている。
水を置くと、お手拭きで手を拭いた。
「早速だけどね、実は紹介したい人がいてね」
「紹介したい人?」
俺は先生の隣の青年の方を向いた。
「そうそう。俺の息子の邦宏だ。松本くんと同じ響明大学医学部の4年生……。次5年生か」
「そう、5年生」
「もしなにか困ったことがあるなら、邦宏をぜひ頼ってやってくれ」
「よろしくお願いします……」
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俺はかなり昔の夢を見ていたようだ。ああ、昨日は何をしたのか思い出せない。
背中が痛い。ベッドのスプリングが壊れてしまったのだろうか。
まぶしい光に包まれていることに気が付いた。病院の中で寝てしまったのだろうか。
……それなら、ヤバい。うたた寝して、準備を何もしてないようではまずい。
多田さんとか気付いて起こしに来てくれなかったのだろうか。
――――――ガタガタ、ガタガタ
誰かが忙しく歩き回っているようだった。そんな忙しいなら、起こしてくれればいいじゃないか。
――――――ガチャンッ
俺を結局起こさず行ってしまったのだろうか。なぜだ、まだ寝ててもいい時間なのか……。
少しずつ俺の頭が冴えてきたのだった。
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『また恩を仇で返しているのわからないの?』
『みこ!』
俺は駆け出すが、みこには手が届かない。みこに青白い魔の手が伸びて、俺から離れていった。
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ああ、思い出した。俺は捕まったんだ。
ここは白い天井というより、白い円筒形の部屋に入れられているようだった。
俺たちをつかまえた青白い人が一人近くにいた。
気づかれないように、周りを見渡す。
俺の横には、真菜、みこ、英利羽の3人が転がっていた。
まだ血の気はあるようだった。まだ助かる見込みはあるかもしれない。
どうやら、この部屋には青白い人は一人しかいないようだった。
円筒形の部屋の端には一つの扉が付いているようだった。よし、あそこから逃げ出せそうだ。
近くにいる青白い人は、俺たち4人のそばに立っているだけのようだ。
つまり見張りだろう。
すると、部屋のドアが開く音がする。俺は慌てて目をつぶった。
ドアからこちらの方へ歩いてくる。どこかに連れていかれるのだろうか。
「No.464。異常はないな」
「はい、ありません」
「周囲の状況確認と出発連絡を済ませてきた。今から俺たちはこの機体の点検とゲートの設定を行う。異常があったらすぐに知らせろ」
「No.464、わかりました」
ドアの方へ歩いていく足音が聞こえていく。
――――――ガッチャンッ
ドアが閉まるような音がする。俺はもう一度目を開けてみた。監視役の青白い人はまだいるらしい。
この監視役はどうやら、No.464と呼ばれているらしいことがわかった。
今いる場所は機体と言っていた。どこか別の国にでも行くのだろうか。
見たところ、俺の知っているジェット機とはまるで違う形をしている。
ただもしかしたら、ジェット機の座席やその他機器を外せばこんな形をしているのかもしれない。
ゲートの設定や点検に向かっている人は複数人いるような口ぶりだった。
そしておそらく出入口はあの一つだけなのだろう。
ここは、うまく暴れて4人で早急に逃げ出すほうがよいのだろうか。
それとも、今いる状況のより詳細な情報の収集を行うほうが先だろうか。
俺の手は、背中の方で手錠のようなもので動かないようにしているようだった。
他の3人は、あれから血の気が引いている様子はない。
おそらく気を失っているだけだ。それなら、時間をかけてでも確実な方法の方がいいのではないか。
たとえ、この機体が離陸してしまったとしても、3人の意識が回復さえしてくれれば、空から飛び降りるという手段もなくはない。
逆に今、ここを強行突破したところで3人を抱えて逃げるのは不可能だろう。
今度はNo.464の装備を確認することにした。
服はよくわからないツルっとしたものだった。ポケットは見当たらない。
それにその服の下に拳銃らしきものを持っている様子もなかった。
外のやつはどうか知らないが、監視役にしてはかなり軽装備なことに気が付く。
もし、No.464だけで離陸するなら、なんとかなりそうだ。
じっとNo.464のことを観察していると、そいつに俺のことを気がつかれたようだ。
まずい。意識をまた失わせるかもしれない。
考えろ、俺、考えるんだ。何かいい手段はないか。
そうだ、なにか情報収集をこいつから聞き出せないだろうか。
「すいません、ここはどこですか?」
バカ、俺のバカ。ここはどこですかって聞いて答える監視役がどこにいるんだ。
俺は恐る恐るそいつの方の顔色をうかがう。
青白い顔をしているせいか、あまり表情を推測できそうにない。
俺のことをじっと見たかと思うと、すぐに目を逸らした。
やっぱり、何も話してくれないようだ。
しかし、もう一度俺の方をNo.464は見ているようだった。
「そ、そうですね。ここは護送船内です」
答えてくれた!これは口が軽い監視役かもしれない。行けるぞ、行ける。
「護送船?俺たちはどこに向かうんですか?」
「収容所の方へ向かうことになっています。もう少しで出発です」
「収容所?それは海外ですか?どこの国のですか?」
「海外?いや、向かうのは時座標150639の太陽系第6惑星の第6衛星タイタンです」
一瞬、俺の周りだけ時が止まったように感じた。どういうことだろうか。冗談だろうか。
悪い冗談に違いない。第6惑星と言えば……水金地火木土……の土星、その衛星タイタンなんて、どうやって向かうんだ。
まだ木星にだって有人飛行は達成されていないというのに……。
火星の基地局からでも、木星に向かうためには、一回小惑星帯のどっかに基地局を設置しないと難しいとニュースでやっていたと思う。
それを一般人の俺たちがなぜ行けるんだ?
さらにその前になんか言っていたジザヒョウってなんだ……。
俺の頭は予想をはるかに超えた次元の話をされてパンク寸前だった。
「タイタンへはどうやって行くのですか?」
「ゲートを超えたらすぐですよ。おそらく1時間はかかりません」
謎だ。もう訳が分からない。どこかの国の軍か、はたまたどこかの『闇の組織』なんかが、秘密裏にそんな宇宙飛行技術を開発していたのだろうか。もう俺はよくわからない。
「1時間後には、タイタンにいるんですね……」
よくわかっていない俺に情報収集もできるのだろうか。
「たしかにそうですね。厳密には違いますが……」
「え?」
「厳密には時座標のズレが発生しているので……」
「ジザヒョウ?」
「到着するのは、だいたい32世紀ごろと言えばうまく伝わりますか?」
「ん?」
32世紀だと?なにを言っている。宇宙人にでもつかまえられたのだろうか。
きっとそうに違いない。こいつらはタイタン人なんだろう。
「君たちは……別の星の人たちなんですか?」
「別の星……。そうとも言えますね。まあ、地球文明の末端にいますけどね」
「地球文明?ということは、まさか人類を育てた監視者がどうのこうの……」
「すいません。分かりにくい表現でした。単純にあなた方、ホモ・サピエンスが作り出したロボットです」
ロボット?ロボットが青白い顔か。ああそれで32世紀か。全く分からないが、何となく腑に落ちた気がする。なにも理解できていないが。
「我々は、TAWAO Mithrim所属の調査・護送用ロボットです」
「タワオ ミスリル?あの、伝説の金属の?」
「ミスリムです。Tsu-yoru Agreement World Adjustment Organization Mithrim Montes Prison、つまり……ツーヨルゥ協定世界調整機構ミスリム山脈収容所という収容所にあなた方をお届けします」
ああ、さらにワケがわからなくなってきた。TAWAOなんて聞いたことないぞ。マレーシアの都市かよ。実は、飛行機でマレーシアに連れていかれるのをジョークで言っているんじゃないだろうな
そういえば、こいつらなんでお互い話しているんだろうか。
普通に遠隔で通信しあえばいいじゃないか。本当にTAWAOなんていう機関があるんだろうか。
無表情だから読み取れないだけで、こいつただの中二病だったりしないよな。
「俺と話していてまずくないの?」
思わず、俺は聞いてしまった。本当に中二病をこじらせたやつの話を聞いていても仕方がない。
「本当は報告しなければまずいんですけどね」
俺はこの時、なぜかこいつは悪い奴ではないことを確信した。
なぜかは分からない。しかし、無表情で無機質な声の中に、苦笑いする憎めない笑みが見えたような気がした。
「君はNo.464って言われているよね?」
「はい。個体番号として464が与えられています」
「呼びづらいな……。うーん……シロ氏なんていうのはどうだ?そのままだけれども」
俺は何をやっているんだろうか。監視役の相手に名前を付けたところでどうするつもりなのか。
「シロ氏。光栄です」
「そんな喜んでくれるなんて嬉しいよ」
―――――――バンッ
突然、奥のドアが開いた。俺は、シロ氏から目線を外し、目を閉じる。
「おい、No.464!囚人を黙らせておくように言っただろ!」
さっきのやつだろうか。こいつもロボットなのだろうか。ただ声は大きく怒鳴っているように聞こえる。
「すいません……」
「この口がもう一度でも囚人との会話に使うようだったら、お前のデータすぐにでも消してやるからな」
「はい……」
シロ氏の上官だろうか。シロ氏よりも人間らしい。
たとえ、この上官が人間だとしても、俺はロボットのシロ氏の方に味方してやりたいと思うのだった。
ドアからほかのやつらも入ってきたらしい。
なにやら、クスクス笑っているようだった。
不愉快だ。たとえ無機質なロボットだとしても、他人をあざ笑う人間の同僚は本当にたちが悪い。
やつらが船内でいろいろ動き始めた頃、俺は薄く目を開けてみた。
船内には全員で6人って言ったところだろうか。
全員シロ氏と同じ顔、服装をしている。ということは、ほかのやつらも人間ではなく、感情を持ったロボットなのだろうか。
急にやつら全員壁に寄りかかる。よく見ると、首から何かケーブルが伸びているようだった。
さっきの上官らしきロボットが、白いボタンのようなものを押した。
すると、俺の体の中が煮えくり返るほど熱くなった。
体の中で沸騰しているようだ。体の表面がじりじりと焼けるような痛みだ。
全身がバラバラになって蒸発していくように感じる。
叫ぼうにも、もうのどなんてものはないような気がした。
自分のすべてが空間に離散していく。
意識だけが体から離れて、ゆがんだ空間の中に吸い込まれるような気がした。
次の瞬間何もない空間に自分が浮いているように感じた。
自分の魂だけが、暑さも寒さも痛さもなんにもない空間をさまよっている。
次に暗い世界に吸い込まれる。緑色の光が周りを飛び交っていた。
おそらく情報のような気がする。なにかわからない。しかし俺の直感がそう示していた。
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暗い世界でどれぐらいの時を過ごしただろうか。
3人は無事なのだろうか。他のロボットたちはいるのだろうか。この感覚は何なのか。
またゆがんだ空間に吸い込まれるような感覚がする。
その先には先ほどの無の空間が待っていた。何にも感じない。魂だけが浮かんでいる世界。
その中に竜巻のような渦が見える。
ゆっくりと漂う魂はやがてそこに向かって徐々に引き寄せられていく。
グルグルと回転しながら、渦の中に落ちていく。
ゆっくりと落ちていったと感じた瞬間、魂がゴムのように引き延ばされた感触がした。
針穴のように細い管をゾウが無理やり通り抜けようとするかのように息苦しい。
管を通り抜けたと思った瞬間、縦からも横からも圧縮されていた。
暗く冷たい深海で、全身が押しつぶされそうになっていた。
それに寒い。フリーズドライの食品はこんな気分なのか。
はっと気が付くと、そこは元の船内だった。
極秘調査報告書 18
転送ゲート
2039年探査機ライフで発見された時空間転送ゲート。発見された当初、ミスリム山脈の岩石の一部だと思われていた。再度調査された結果、謎の物質でできたゲートの形をしたものだと判明する。この物質は破壊困難で、長年研究が進んでいなかった。30世紀プロジェクトにゲートの解明が挙げられたことにより、一気に研究が進んだ。現在でも、転送原理や誕生理由など未解明のままだが、操作盤を取り付けるなど、時空間転送を行うことは可能になった。
(ツーヨルゥ協定世界調整機構ミスリム山脈収容所所蔵)




