第17話:現実
部屋の中は、静寂が支配をしていた。
俺は、昔話を終えると、知らずに溜まっていた何かが体の中から抜けたような心地だった。
誰も声を上げるどころか微動だにしない。
部屋の中には重い空気が充満していた。
空っぽになった俺をその重い空気が今にも押しつぶそうとしているかのようだ。
その時、スマホの鳴る音が部屋の中に響いた。
音とともに俺の足を小刻みな振動が伝わる。
俺はスマホをポケットから取り出すと、電話に出た。
電話はこの病院によく来るMRの奥沢さんからだった。
先日説明された薬に関しての追加資料を届けたいということだった。
俺は詳しい話をするために、3人を横目に自室に入っていった。
どのくらい電話で話していただろうか。奥沢さんには悪いが、あまり電話の内容が頭に入ってこなかった。
ドアの向こうは相変わらず静かだった。
俺は真菜が覚醒する以前、ここで一人過ごしていた日々を思い出した。
どうなるのだろうか。また一人になるのだろうか。一人は慣れている。
寂しいと感じることもあるが、だからといって一人が嫌いなわけではない。
ただ、4人で過ごしてきた日々を思い返すと、どこかこの日常を手放したくないと思うのだった。
ああ、もしこの3人と別の出会い方をしていたら、何か違ったのだろうか。
こんな終わり方をせずとも、4人で暮らせることもできたのだろうか。
電話が終わる。ほとんど内容を聞かずに空返事で対応してしまった。
中央の部屋に通ずるドアを開けるのが怖い。
いっそのこと今日は自室にこのまま籠ってしまおうか。
「誠司……」
ドアの向こうから声が聞こえる。みこの声だ。
俺はドアノブを回した。
真菜は依然としてうつむいたままだった。
英利羽もテーブルの前で立ったままだった。
みこはこっちを見ていた。
「つまり……みこたちは元の世界に帰ることはできないってわけ?」
声量は大きくはないが、力のこもった声でみこは聞いた。
「ああ……そういうことに……なるな……」
「みこたちがいた元の世界は存在しないってことであってる?」
「そう……」
俺はみこの方を直視できなかった。目を合わせるのが怖かった。
「……ねえ、みこたちに悪いと思っているなら、みこの目を見て返事しなさい」
「いや、まあ……」
分からない。分からないが、徐々に俺は虎の目の前にいるネズミのような気分になっていった。
「誠司!」
「はい!…………はい……」
「そもそも悪いと思っているのなら、なぜみこたちを生み出そうとしたの?今だって、ただ怖がっているだけじゃない」
「だって、だって……」
俺は小さい子供のようなことしか言えなかった。ああ、そうか。俺は特に理由もなく、3人を生み出してしまったのか。
「人間を勝手に生み出すなんて、人造人間なんて、やっちゃいけないことだってわかっていたんでしょ?ねえ?研究室の教授先生にわざわざ面倒見てもらったっていうのに、また恩を仇で返しているのわからないの?」
「はい……」
「ねえ、な……」
その時、みこの後ろの空間が急にゆがみ始めた。
ゆがんだ空間から青白い肌をした人たちが現れる。みこは気づいてない様子だ。
そいつらはみこの口に手を伸ばす。
「だいたいね……」
「みこ!」
俺は、みこの方へ駆け出す。
体がいうことを聞かない。俺の右足は、いつもよりゆっくり一歩を踏み出したように感じた。
左足は重く、まるで泥のなかで泳いでいるかのように、抵抗を感じる。
俺の左足が地面に着くより先に、俺の左腕を誰かにつかまれた。
俺は思わず転びそうになる。
みこは口を手でふさがれたかと思うと、ぐったりとした。
真菜はテーブルの上に倒れている。その後ろにはやつらが立っていた。
英利羽は床の上に転がっていた。
俺は体を思いっきり回転させ、俺を捕えているやつを振りほどこうとする。
しかし、捕えているやつの顔を拝むこともできずに俺は、暗闇の中へと落ちていった。
極秘調査報告書 17
2057年ノーベル医学生理学賞
人間の性格の遺伝的要因と環境的要因の体系的な解明の功績をもって、ノーベル医学生理学賞をアンドレア・デ・カルーゾ教授とサラ・ド・エリオット教授、クロティルド・ディ・マルタン教授に授与した。人格心理学者のアンドレア氏が、性格形成という観点からアンドレア性格分析法を確立し、脳科学者のサラ氏や精神医学者のクロティルド氏によって、アンドレア性格分析法に基づき、性格形成における先天的影響と後天的影響を生物学的基盤によって解明した。これによって、脳疾患や精神疾患の治療が飛躍的に進歩し、また教育学にも新たな分野を生むなど多大な功績を残した。
(ツーヨルゥ協定世界調整機構ミスリム山脈収容所所蔵)




