45 移設の完了
暗闇の中、マンションのエントランスロビーに飛び込んできたクラウドが息を巻いて、早口にいろいろと言い始めた。
「ハルカさん! 大丈夫ですか!?」
「あ、クラウドさん。こんばんは」
「こんばんは!大丈夫そうですね!これすごいですね!見ました!?建物が、こう、スーッと移動してきて、あ、僕暗視の魔法使えるので見えたんですが!こう、スーッて綺麗に移動してきて、浮いてて!で、こう一旦そこで止まって、地面にこう溶け込むように静かにぐさーって刺さって!!」
何やら興奮状態にあるらしく、ありのまま今起こったことを話しているようだ。
「ちょっと落ち着きましょうか。お茶どうぞ」
「ありがとうございます!頂きます!グイッ!!ゴクゴクゴク!!!」
一気飲みした。熱くないのかな。
「ふぅ、いやもう、刺さるときの地面凄かったですよ!こう、地の微精霊が土をかき分けて…わ~~ッ!!って浮いて!!」
「あ、そうなんですね。私は中に居たので見えてませんが……」
「見てなかったんですか!?いやぁもうほんと凄かったですよ!あ!でも中に居たらどうなったのかも気になります!!どうでした!?」
クラウドが目を輝かせながら食い気味に聞いてきた。
「いや、どうと言われても……。強いて言えば少し揺れました」
「そうですか!揺れましたか!!どれくらい揺れました!?どう揺れました!?中からどう見えてました!!?」
「ハイハイ、ストップストップ」
「あ、パトリックさん」
パトリックも入ってきたようで、クラウドを止めてくれた。
「クラウド、父上への報告は済んだのか?」
「あ、まだです。兄さま」
「さっさと行ってこい」
「……はい」
興奮冷めやらぬ様子のまま、クラウドはぱたぱたと足早に退出していった。
パトリックが「はぁ」とため息をつく。
「すまんな、精霊オタクが見境なくて」
「いえ、大丈夫です」
パトリックがエントランスロビーのソファーに座った。お茶を出す。
「外の様子はどうでした?」
「さんざんな目に遭った。魔獣が出た」
「え?」
お茶を啜りながらパトリックが続ける。
「お前さんが設置した地雷、もとい、魔石のすぐそばで六ツ足の犬型の魔獣が暴れていた」
「うわぁ」
「魔獣との小競り合いは、父と一緒に森に行った時以来だから、……5~6年ぶりか。
この辺りは久しく一角羊が群れていたから、あまり近づかないと思っていたんだがな……」
「なんかすみません……」
「いや、ハルカ殿の気にすることではない。おそらく怨嗟と呼ばれるものの影響だろう」
そういえば女神様が怨嗟がどうのこうの言ってたっけ。
「魔獣自体は大したことはなかったのだが、なにぶん、とんでもない威力の爆発物が近くにあったからな。かなり肝を冷やした」
「マジでゴメンナサイ」
「ハッハッハ」
パトリックが愉快そうに笑った。
加護の力で30万パワーがぶち込まれたマジックカードだ。
30万パワーあったら街一つ消し飛ぶって前にロウが言っていた気がする。
パトリックには爆発物としか伝わっていないだろうから、知っていたら誰も近寄ろうとしないだろう。
こちらとしては笑い事ではない。
「皆さんお揃いですかね?」
「あ、ユーイさん。お疲れ様です。遅くまでありがとうございます」
一仕事終えたらしきユーイが報告にきた。
「いえ、今回はだいぶ楽でした。ハルカさんの魔力のおかげです。何事もなくてよかったです」
「ははは……ありがとうございます」
「こちらは回収しておきました。中身はほとんど空っぽです」
土壌強化の役割を終えた風のマジックカードが手渡された。地面から回収してきてくれたようだ。
真っ黒だった魔石は本来の薄い緑色に戻っており、すっかり魔力は抜けたようだった。ほっとした。
「よかった~。大きすぎる魔力っていうのも扱いに困りますね」
「ええ。流石、女神様の愛し子ですね」
「あはは、よしてくださいよ」
てっきり茶化されたと思ったのだが、ふとパトリックを見ると目を丸くして言葉を失っていた。
どうやら特殊な存在のような気配がするが、聞かなかったことにしよう。
こまごまとした報告を受け、建物の内外に異常がないことを確認すると、時刻は22時近くになろうとしていた。
「今日はもう遅いので、解散しましょうか。遅くまでありがとうございました」
「この後の段取りとして、研究所のやつらへの建物についての説明やらお披露目やらあるが、また別途、だな……。明日からクラウドのこと、よろしく頼む」
そういえば明日からクラウド君が来て、住み込みの案内人になるんだっけ。
このマンションも、明日からもう少し賑やかになるのかな?
パトリックさんの馬車を見送り、解散して自室に戻る。
自室のバルコニーから外を見下ろして街の場所を確認すると、景色が一変していた。当たり前だ。
何もない草原に囲まれて真っ暗だった景色が一変し、直下には森と湖が見え、虫の声が聞こえる。
少し離れた場所であたたかなオレンジ色の光が外を彩っている。
心地良い月と街の明かりに照らされ、全体が一望できる。
まるで都市の郊外の時計台にでも住んでいるような気持ちになった。
一仕事終えたせいか、
明日から来るクラウドのベッドを発注することをすっかり忘れたまま、
私は街明かりの安心感に包まれて安らかに眠りについたのだった。




