37 パトリックの弟
部屋に入ってきたのは15~16歳くらいの色白の少年だった。
白髪でくせ毛。アンニュイな雰囲気のマッシュヘア。私と同じくらいの身長だろうか?
袖口に装飾の入った白い服を着ている。
パトリックが椅子から立ち上がり、声をかける。
「すまんな、忙しいところを呼び出して」
「いえ、ちょうど区切りがついたところでしたので。……ええと、兄様、ご紹介頂いても?」
「ああ」
パトリックがこちらを向く。
「紹介する。こいつは移設先となる農業研究所の所長。今代の天才魔導士。そして、俺の弟だ」
「天才は言い過ぎだと思うんだけどなぁ……」
少しおっとりとしたような雰囲気がある少年は、控えめな態度で言った。
「はじめまして。僕はクラウド・ジャンクションと申します。ジャンクション辺境伯家の次男ですが、魔導士爵でもあります。お見知りおきを」
クラウドが胸に手を当ててぺこりとお辞儀する。
こちらも慌てて椅子から立ち上がり、自己紹介をする。
「はじめまして、御園春香と申します。ハルカが名前です。ええと、マンションの所有者です。これから色々とお世話になります」
「ああ、貴方が。なるほど、話は兄様から聞いておりますよ。お会いできて光栄です」
中学生くらいの少年にしか見えないが、落ち着いていてしっかりしている。
この年で研究所の所長で、爵位持ち、可愛い系のイケメン。うーん、優良物件だ。
「ハルカ嬢、マンションに駐在するフットワークが軽い知恵者が欲しいと言っていただろう? クラウドが常駐することとなった」
「ああ、なるほどそれで。異国からの流れてきた身でご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします」
こちらもワンピースのすそをつまみ、ぺこりとお辞儀する。
何か違和感を感じ取ったのか、ポケットの中のロウとレイがなんだかソワソワしている。
どうしたんだろう。
「クラウド、移設が明日の夜になった」
「え?」
「すまんが、ハルカ殿を移設先に案内して差し上げろ」
「そう…ですか。わかりました」
クラウドが「片付け、間に合うかな……」と小さくつぶやいた声が聞こえた。
そうか。引っ越しの準備もあるよね。なんだか申し訳ない。
「ええと、ハルカさん、でよろしいでしょうか?」
「はい」
「研究所の場所、ご案内しますね。馬車を手配しますので、少しお待ちください」
「よろしくお願いします」
クラウドが部屋を出てパタパタと外出の準備をしに行った。
「弟さん、若いのに農業研究所の所長ってすごいですね」
「ああ、自慢の弟だ。あいつはまだ16だが、水魔法の腕は確かだし、植物研究なら間違いなく力になれるだろう。少し性格に難はあるがな」
「頼もしいですね」
少しするとクラウドが戻ってきた。フード付きのローブを着ている。
「お待たせしました。参りましょう」
「はい、よろしくお願いします」
「クラウド、何か問題があったらすぐに連絡を寄こせ」
「ええ、もちろん」
パトリックと小部屋で別れ、玄関ホールへと向かう。
正門玄関前には二頭立て御者付きの立派な馬車が用意されていた。
執事に促され、馬車に乗り込む。座席が柔らかい革張りだ。なんとなく甘い香りがする。
クラウドが私と向かい合う形で同席すると、御者に馬を出すように合図を出した。
ガラガラと音を立てて車体が揺れる。
先ほど見た地図によると、農業研究所はジャンクション家の後方、市街地から直線で8kmほど先にある。
馬車が街道に出たところで、クラウドが尋ねた。
「……ハルカさん、いくつか伺ってもよろしいでしょうか?」
「ええ、どうぞ」
「単刀直入に伺いますが、貴方は女神ダフネ様の使途なのですか?」
クラウドが真剣な表情で私を見つめる。私は神の使途ではない。
しかし、異世界から来ました、と言っても信じて貰えるか怪しい。
「ええと、ちがいます。巻き込まれた一般人です」
「ふむ……しかし聖なる塔の所有者なのですよね?」
「塔というか、タワーマンションなので集合住宅ですが、そうですね。精霊もいっぱい住んでますよ」
「精霊の住処……ですか」
そう言って私のワンピースのポケットをちらりと見つめる。
「実に興味深い……」
ロウとレイに興味があるのだろうか?
「あの、精霊がお好きなんですか?」
「ええ。彼らにはいつも助けられています。僕、水の精霊と契約しているんです」
そういえば水魔法が得意なんだっけ。
この世界で魔法を使うには精霊契約が必要なので、水の精霊と契約して力を借りているのだろう。
「見ますか? 見ますよね?」
「え、あ、はい」
クラウドが腰に下げた袋から何やら白い粉末を手に取る。
馬車の中に漂っていた甘い香りが一層強くなった。この粉の香りだったらしい。
「リューイ、出ておいで。おやつだよ」
どこからともなく青い光がふわりと現れると、クラウドの手の中に収まる。水の微精霊のようだ。
リューイと呼ばれた水の微精霊は、白い粉をせっせと食べ始めている。
クラウドがその様子を恍惚とした表情で見つめる。
なんとなく、小動物に餌付けしているような雰囲気を感じる。
「ね、可愛いですよね」
「そうですね」
「ほら、見てください。食べ終わるとちょっと光るんですよ。たぶんお礼言ってるんじゃないかなって思うんです。可愛いですよねぇ!」
「え、ええ」
クラウドがテンション高めで目を輝かせながら言った。どうやら、かなりの精霊好きらしい。
『甘すぎるから水くれって言ってるな』
『甘すぎるから水が欲しいって言ってるわね』
ポケットの中でロウとレイが言った。
「あの、リューイさんにお水をあげてもいいでしょうか? ちょっと甘過ぎるみたいで」
「え?」
アイテムボックスからグラスに入った水を出してリューイにどうぞと差し出す。
チカチカと光った後、グラスの中に飛び込むと、すごい勢いで水が減っていく。
グラスが空になったところで中から出てくると、私の顔の前でくるくる回ると、軽く頬に触れた。
どうやらお礼のキスをされたようだ。
「どういたしまして」
私がお礼を言うと、リューイはクラウドの手の中に戻っていった。
クラウドが呆然と手の中を見つめている。どうしたんだろう。
「あの、ハルカさんは精霊と言葉を交わせるのですか……?」
「ええと、リューイさんの言葉は分かりませんが、契約した精霊となら話せます」
「……不躾なお願いで申し訳ないのですが、よければハルカさんの精霊を見せて頂けませんか?」
「……? いいですよ。ロウ、レイ。出ておいで」
ポケットを優しくトントンと触り、出てくるように促す。
『お、出ていいのか?』
『……私たちも、おやつ?』
「そうだね、私たちもおやつにしようか」
ロウが出てきて頭の上に乗り、レイがポケットから顔を出すような形で出る。
アイテムボックスから器に入ったブロッコリーのグラッセを取り出す。
「それは……?」
「ええと、ブロッコリーを甘く煮たやつです」
「ブロッコリー?」
これはロウとレイが食べやすいように小さく切ったブロッコリーを鍋で砂糖とバターと水で弱火でじっくりコトコト煮たものだ。
元々は食事の付け合わせ用に作っていたものだが、つまみ食いしたロウとレイにえらく感動されたので彼ら専用のおやつにした。ちなみに冷蔵庫内なら1週間くらい日持ちするが、取り出すとロウとレイにより一瞬で消滅する。
「こらこら、もう少しゆっくり食べなさい」
『無理』
『おいしい』
クラウドがまじまじと食事風景を見つめる。しばらく見つめた後、グラッセに手を伸ばす。
「……失礼」
「ちょっ」
『おい!俺のおやつ!』
ロウのブロッコリーがひと房持っていかれた。つまみ食いすんなし。
「これは……!なるほど……豊かな風味と甘味……」
クラウドがなにやらぶつぶつと長い味の解説をし始めたが、ただのグラッセである。
個人的には人参で作った方が美味しいと思う。ハンバーグに添えたい。
その後、作り方や他にどんなものを食べさせているかなど、目的地に到着するまで延々と質問攻めにあった。




