12 招かれざるお客様
今にも泣きだしそうなメティス様をなだめる。
読めない文字があることがよっぽど悔しいらしい。さすが本の女神様。
「ええと、文字を教えてもいいですよ」
「ほんと?」
「ええ。その代わり、私にもこの国の文字の書き方を教えて頂けませんか?」
コミュニケーションスキルが常時発動しているのか、今のところ会話に不自由はないし、文字も読める。しかし、おそらく書けない気がする。部屋で冷蔵庫にメモを仕込んだ時は日本語で書いた。短時間で解読した冷蔵庫担当の精霊は本当にすごい。
「わかった。約束。いつする?」
「いつがいいでしょうね。明日はあいていますか?」
涙目からぱぁっと笑顔になる。見た目は本当に幼女のようだ。ほっと胸をなでおろす。
今日は部屋の外をいろいろと見て回りたいので、明日文字を教えると約束を取り付けた。
目的の本がなさそうなので、待っていてくれたユーイに声をかけ、図書室を後にする。
「他に気になる場所はございますか?」
「えっと、トレーニングルームとかも気になってます。よかったら、全ての共用施設を案内してもらってもいいですか?」
「構いませんよ」
ユーイがにこにこと快く答える。
「ただ、残りの施設見学は後日のほうがいいかもしれませんね。少々困った事態になってしまったようです。」
「え?」
何かに気づいたようにユーイが視線をエントランスに向ける。
静かだった1階の自動ドアのあたりからバキッ!!という嫌な音が聞こえた。
ざわざわと騒音が聞こえてくる。
「どうやら障壁に少しばかり穴が開いてしまったようです。大変申し訳ございませんが、本日はお部屋にお戻り頂いてもよろしいでしょうか? また後日、改めてご案内させてください」
そう言うや否や、ユーイはネクタイを少し緩めて1階のエントランスに向かった。
部屋に戻るように言われたが、エレベータが使えないのですぐに戻ることはできそうにない。しかも、階段を使うと下からは丸見えである。ちょっと心配だ。
図書室横のコンシェルジュカウンターに身を隠し、しばらくエントランスの様子を伺うことにした。
階下からユーイの低い声が響いてくる。
「いらっしゃいませ、お客様方。大変賑やかなご様子ですが、どなたかアポイントメントはございますでしょうか?」
表情は見えないが、ユーイは非常に怒っているようだ。
丁寧な言葉づかいだが、意訳するなら「うるさいからさっさと帰れ」である。
「出たな魔人め!我はファンファレア帝国第二騎士団所属、パトリック・ジャンクションである!!」
パトリック・ジャンクションと名乗った若い青年が一歩前に出る。
茶髪のツーブロックヘア、甲冑と鎖帷子を合わせたような装備で、騎士団の紋様が描かれたマントを羽織っている。
さっき部屋を出る時に炎の魔法をぶつけていた人と同じマントだ。
パトリックが手に持ったロングソードの剣先をユーイに向けた。かなり敵対的な行動だ。
ユーイが答えた。
「私は神々に仕える数多の小さき者達の一つに過ぎませんよ。それで、アポイントメントはございますでしょうか?」
「あぽい…?なんだそれは!そんなものはない!!」
「さようでございますか。申し訳ございませんが、当マンションは高貴な方々の住まう場所でございます。お約束のない方をお通しするわけにはまいりません」
「フハハハ!誰に向かって物を言っているのだ!!私はジャンクション家の次期当主であるぞ!!身分をわきまえよ!!!」
どうやら近隣貴族が襲来したようだ。ひっこめ有料道路。
真横から「どちらさま?」と小さな声で耳打ちされた。いつの間にかメティス様が隣に来ていた。
近隣貴族の襲来を伝えると、面白そうだから一緒に見学するとのこと。
どうやらなかなかに珍事らしい。まさしく高みの見物である。有料道路が叫ぶ。
「どのようにして建てたかは知らんが、このような建造物、誰に許しを得たというのだ!!この付近は一角羊の保護区となっていることを知らんのか!? 建築申請を受けた覚えもないし、そなたの顔を見たこともない!そちらこそ建築許可を得ていないだろう!!」
おや? なんだか雲行きが怪しいぞ?
「まぁ、必要ございませんのでね」
「そんなわけあるか! 責任者を出せ! そして申請を出して固定資産税を払え!! 日照権を侵害された牧草農家に慰謝料を払え!!」
貴族の言い分にも一理あるように聞こえる。メティス様はクスクスと笑っている。
……ええと、責任者って、たぶんダフネ様だよね。顕現させるの無理じゃね?
あ、でも貰ったのは私だから、所有者は私か。ん? そうすると、責任者って私???
冷汗が流れる。どうしよう。
この国のお金を持っていない。それどころか日本国通貨でもほとんど持っていない。
出て行って説得したほうがいいのかなぁ……。
色々と考えていると、ウィーン、ガタン、という音とともに、エントランス横のエレベータの扉が開いた。中からは何人かのゴーレムが出てくる。そういえばマンションの警備員でしたね。
「………………テキ……シンニュウシャ……ハイジョ…………」
ああ、喋れたんですね。よかった。見た目は怖いが、味方だと分かると大層頼もしい。
「くそ! 化け物め!! やはりここはダンジョンか!!!」
有料道路が悪態をつく。
悔しいが、ダンジョンであることを否定できない。構造的にはシンプルだし迷う要素はないのだけれど。
モヤモヤと考えていると、貴族が「先手必勝!」と言って何やら詠唱を始めた。
……これちょっとまずいのでは?
☆評価とブックマークの応援ありがとうございます!
次回はパトリックとユーイのバトル回です。




