巫女姫と銀の
やりきった。感無量。演技のミスもなかったし、それどころかいつもより調子も良かった。お客さんの反応も良好。今回の舞台は成功といえるだろう。
お疲れ様、と少女は笑顔と共に、労いの言葉を仲間たちに掛けて回った。そしてふと思い出した。
(そういえば、あの人来てくれたかな)
汗を拭きつつ、少女は舞台袖から客席をこっそりと覗く。
舞台が終了したらすぐ出ていく人。人混みを敬遠してか、席を立たずに退出していく人々の列に視線を送る人。余韻に浸るかのようにぼうっとして未だ座っている人。
少女はまず出口に向かう人波に視線を走らせた。結構目立つ人だからすぐ見つかるはずだ。身長も高かったし、こっちの国では珍しい髪色をしているから。
当たりを付けた通り、探し人は程なくして見つかった。出入り口のすぐ傍の席。そこで彼はぼんやりと幕の下りた舞台を見つめていた。
心ここにあらず、という感じである。きっと自分たちの演劇に入り込み、浸ってくれたのだろう。少女は嬉しくなった。そして早速団長に断りを入れてから、いそいそと青年の元へ向かう。
彼は少女が近寄っても、気づかずに呆けていた。少女は含み笑いをして、彼の眼前で手の平をひらひらと降る。
「おーい、ねえ! ねえってば!」
「……ああ、君か」
「すっごい夢中になって見てくれたんだね」
「何だか夢から覚めたみたいだ」
「そんなに面白かった?」
「いや、そういう訳じゃない」
(えっ、何それ)
少女はがっくりと肩を落とした。お世辞も言わないんだ、この人。まあそういうの、嫌いじゃないけど。
「はっきり言うね」
「でもいいものを見せてもらったよ。本当にありがとう。すっきりしたよ」
青年が破顔する。
柔らかく目が細められ、塗れたように艶やかな睫毛が煌めいた。涙なのだろうか、それとも光の反射によるものなのだろうか。
どこか影のある人だと思っていたが、今の笑顔はまるで太陽みたい。
一瞬見惚れていた少女だったが、すぐに釈然としない気持ちに襲われ眉を寄せた。
あれ、でもこの反応にさっきの言葉。それって面白かったんじゃないの? と。
「じゃ、俺はもう行くよ」
会話が途切れたことで、青年はこのやりとりに区切りをつけることにしたらしい。彼が軽く手を上げ、踵を返そうとする。
しかし少女は逃すものかとばかりに青年の腕を掴み、首を傾げた。
「宿はどこに泊まるの?」
「まだ決めてないな」
「じゃ、あたしお勧めのホステル教えてあげる!」
「また? 親切だね」
「おにーさんかっこいいからね! じゃ、着替えてくるからちょっと待っててよ!」
親指を立てて茶目っ気たっぷりに笑って見せると、青年が朗らかに笑った。少女の胸は暖かくなった。
何だか少しの間に彼の雰囲気が変わったような気がする。明るくなった。でも、こっちの方が断然いい。
* * *
劇場を出ると、外はすっかり紅色に染まっていた。昼間よりやや気温も落ちて、少しひんやりとしている。少し強めの風が吹けば、そこは流石に冬。あまり雪の降らない地方だとしても、やはり寒いものである。
少女は大げさに身を縮めて、声を上げた。
「うう、流石にこの時間になるとやっぱりさむーい」
「そうだね」
寡黙な青年との会話は自分が頑張らねば続かない。しかし彼女は喋ることが大好きだったし、何より彼に好意を寄せている。だから会話を繋ぐことは苦じゃないのだ。
少女は彼の興味を引こうとして、まずは今回の舞台の話を持ち出した。
「実はね、今回の話って本当にあった事なんだよ。うちの団長がさ、巫女姫様のお世話役の家系だったらしくってね、家の整理をしてたら古ーい日記が見つかったんだって。で、これ幸いとばかりにそれを参考にして書いたみたい」
「へえ」
「実話だって言えたらもっと盛況だったんだろうけどなあ」
「言ったら検閲に引っかかりそうだな」
「そうなの。まさにそれ! でもよくわかったね」
「国の象徴的人物の話ともなれば、何となく想像はつくさ」
「ま、でも団長の狙いは当たったわけ。巫女姫様のお話は人気があるし、近々建国祭もあることだしね」
「建国祭か。そういえば今年は特別だって聞いたけど」
少女は目を輝かせた。これはチャンスだ。
「そうだよ! 今年は六百年っていう節目だからね。巫女姫様に会えるんだよ。といってもガラス越しだけど。ねえ、どうせなら一緒に行って献花しようよ。こんなの一生に一度の機会だよ! 一般公開なんて百年に一度なんだから。会わなきゃ絶対後悔するよ!」
「そうだな。お言葉に甘えることにするよ」
(よくやった、わたし!)
少女は心の中で自らに拍手喝采を送った。好きな人と一緒にあの女神様を見れるだなんて……。
あの類まれなる美しい巫女姫様は、少女の憧れの人だった。一目見た瞬間心を奪われた。それはこの青年と出会った時と似たような感覚だったかもしれない。
きっとこの青年と巫女姫が寄り添った姿はさぞや絵になることだろう。その場面を想像したら、何故かとっても幸せな気持ちになって、少女はうっとりと呟いた。
「会いに行ったら絶対見とれちゃうよ。写真で見たことあるけどね、本当に女神様みたいに綺麗な人だったんだ。実物はもっと綺麗だと思うけどね」
「……うん。知ってる」
びゅうっと一際強い北風が吹いて、青年の髪を浚った。銀糸に隠れていた左耳が露わになる。耳朶に付けられた赤い石が、夕陽を浴びてきらりと煌めいた。