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【ICE:CODE】  作者: カミーユ


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第一話【ステージ1】

照明が白銀のリンクへ落ちる。


音楽が止まり、一呼吸。

すると遅れて歓声が爆ぜた。数秒前まで静まり返っていた会場が、一気に熱を帯びる。


リンク頭上の《LIVE ANALYSIS》では、演技終了後の数値が激しく更新され続けていた。スポンサー指数、感情同期率、SNS反応——そのすべてが異常値を叩き出している。


天城ルイ(あまぎ るい)。

《NEXUS》が生み出した、現代フィギュアスケートの完成形。


長い手足。一切ブレない重心。魅せる為だけに最適化された笑顔。だが今、リンク中央に立つその姿は演技中よりなお、完成されて見えた。


静かに一礼。


——直後。

会場の空気が、一気に弾け飛んだ。


「うおおおおおッ!!」

「ルイ様ーー!!!!」

「天城!!!」


誰かが叫び、誰かが泣いていた。


まるで勝敗の確認ではない。“天城ルイを見届けた”という事実そのものに、観客全員が熱狂している。


リンク中央。

その歓声の中心で、天城ルイはただ静に微笑む。


慣れきっている。

世界中から向けられる熱に。


——この男は既に、誰もが認める“スター”選手だ。にも関わらず、その熱狂にまるで侵食されない者がいる。


中央解析局、関係者席。

薄暗い室内にて、無数のモニター光だけが、男の横顔を淡く照らす。


《NEXUS》総監督・皇統牙。

脚を組み、頬杖をついたまま、彼は割れんばかりの歓声にも視線を向けない。


見ているのは、天城ルイの生体反応解析。


感情同期率。視線固定時間。心拍変動。画面に流れ続ける数値だけを、皇統牙は追う。


EMOTION ANALYSIS / 観客生体反応解析


HEART RATE ELEVATION

心拍上昇率:+22.1%

最大上昇値:+35.4%


VOCAL RESPONSE

発声率:41.3%

(通常トップ選手平均:38.1%)


UNCONSCIOUS FORWARD LEAN

無意識前傾率:58.6%


GAZE FIXATION

視線固定率:81.4%


GOOSEBUMP REACTION

鳥肌反応率:44.8%


BREATH STOP TIME

平均呼吸停止時間:6.2秒

(平均呼吸停止時間:5.8秒)



演技後の更新された数値を確認した瞬間、解析局の空気がわずかにざわつく。


「やはり凄いですね、天城ルイ選手。発声率41.3%。トップ層基準を上回っています。海外配信アクセス数も現在進行形で、増加中です」


モニター上では、各種データが安定した高水準を叩き出していた。


歓声指数。視線固定率。感情同期率。

どれもトップ層基準を上回っている。


「……やっぱランキング1位はスケールが違うな、これ」

誰かが小さく漏らし、そして別のスタッフも感心したように息を吐く。


観客を惹きつける才能において、天城ルイは既に完成の域へ達していた。


誰が見ても分かる。

“スター”としての格が違う。


だが、皇統牙だけは表情を変えない。頬杖をついたまま、《LIVE ANALYSIS》の数値群を静かに見下ろしていた。


称賛でもない。感心でもない。

まるで——“まだ足りない”とでも言いたげに。


「——観客に理解されている時点で、まだ浅い」


ぽつりと零された声に、誰もすぐには反応できなかった。


「……え?」


数秒遅れて、空気が止まる。

スタッフ達の視線が揺れた。今、何を言われたのか。遅れて理解が追いつき始める。


高数値。普通なら、誰もが歓喜する結果。だが皇統牙だけは、何故か興味が薄い。


「“凄い”で済まされてる内は、及第点。俺が見たいのは——その上の領域だ」


無数のモニター群。

皇統牙の視線が、一度だけ会場映像へ向く。


歓声の中心。そこには完璧な笑顔を浮かべ、リンクを去る天城ルイの姿があった。


数秒見つめた後、皇統牙は静かに目を閉じる。


重い沈黙が室内を支配していた。

否定ではない。だが、誰も踏み込めない。


——まるで皇統牙だけが、別の景色を見ているようだった。


技術、表現、身体制御、感情誘導。

《NEXUS》は、フィギュアスケートを“解析可能な才能”へと変えた。


曖昧な“華”では、生き残れない。

才能は測定され、比較され、暴かれる。


だが皇統牙だけは、最初から別のスター(怪物)を探している。


静まり返った室内で、誰かが息を呑む気配。


皇統牙にとって、フィギュアスケートは採点競技ではない。


観客を熱狂させるものですら、足りない。

理性より先に、人間を動かしてしまう何か。

彼が求めているのは、そういう領域だった。


しかしその発想自体が、既に競技から逸脱している。


「……そんなもの、制御できるわけ……」


誰かが無意識に漏らす。


するとその声に反応するように、閉じていた皇統牙の目が静かに開く。同時に、口元が僅かに歪んだ。


だが、笑っているわけではない。


「——誰が、“制御する”と言った?」


低い声が落ちた瞬間。

室内の空気が、静かに張り詰める。


「俺は最初から、“制御できる美”なんて求めていない」


その言葉に、誰も返せない。

では、この男は何を求めているのか?そんな疑問が、室内をよぎった——次の瞬間。


——ジジッと。唐突に一枚のモニターへノイズが走った。


「……?」

スタッフの一人が、怪訝そうに眉を寄せる。

ただ一瞬だけ。画面が乱れた——ように見えた。


「おい、今……」


誰かが呟く。


次の瞬間。

天城ルイの演技データへ、見覚えのない波形が割り込んだ。


「……は?」

「何だこれ……」


《ERROR》

《UNKNOWN SIGNAL》

《DATA CONFLICT》


「なっ……ソフトウェアエラーだとッ?!」


スタッフ達の顔色が一変した。


だが皇統牙だけが、小さく口角を上げる。

「……来たか」


その直後、会場の照明が一段階、暗く落ちた。

ざわめきが広がり、観客達も異変に気付き始めている。


「……え?なに?」

「もしかして何か始まるの?」


さっきまでの喝采が音もなく沈み、会場全体の主導権が、書き換わる。リンク頭上にある、スクリーン映像が軋だ。


さっきまで会場を支配していた天城ルイの演技映像へ、別の何かが、映像を書き換え始めていた。

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