子ども扱い★
所詮肩書きを無視して生きるなど絵空事なのだ。
私は現実を見て生きようーー。
決意の固めたロージュはズカズカと足音を響かせてリビングへと向かう。
動いていないのか、先ほどと同じ椅子に腰を下ろしているアクシスはロージュがリビングに入ると真剣な表情で見つめて言った。
「ロージュ。気持ちは固まったか」
「はい。先ほどは子供のように癇癪を起してしまい申し訳ありません。落ち着きました」
「……なら良い。お前に見合いの話が来ている。ロワード家のご子息様とだ」
ロワード家といえば弓術に優れた貴族である。
一度ご子息の訓練の様子を遠目で見たことがある。
弓を構えて引いて射る、その動作が一つ一つ精錬されており、思わず見入ってしまったことを覚えている。
清潔感のある艶のある髪をなびかせて矢を放つ彼は絵になっていた。
「分かりました。お父様。日程はいつごろでしょうか」
「顔合わせは明後日だ。それまでは好きにするといい」
「はい。では剣の訓練をしてきます」
そう言ってロージュはリビングを後にした。
ロージュがリビングを出ると同時に、入れ替わるようにメイが入室する。
メイの姿を目にしたアクシスは褒美を口にする。
「さすがだ。メイ。ロージュが結婚を前向きに考えていたぞ。一体お前はロージュにどんな話をしたのだ?」
「私は何もしておりません。……アクシス様。少し出過ぎた質問をしてもよろしいですか?」
「出過ぎたと自覚しているのなら、するなと言いたいが……。だが、シース家に俺が生まれた時から仕えてきたのはお前だ。聞こう」
「ロージュ様にとって、その人と結婚するのが幸せなのでしょうか?」
静かに真剣味を帯びた口調でメイは問う。
上機嫌だったアクシスの額に皺が寄る。
「何が言いたい」
「……私には分かりません。確かに今シース家の地位は危ういです。シース家をよく思わない貴族が悪評を風潮しているからでしょう。そのため信用回復が重要であることは分かります。ですがそれは……ロージュ様の幸せを踏みにじっても優先するべきなのでしょうか」
「違う。ロージュの幸せとはロワード家と結婚することだ」
メイはメイド服の裾をぎゅっと握り、震えた声を発した。
「た、確かにロワード家は良いお家柄です。悪い話も聞かないです。でも、誰と結婚するのかはロージュ様本人が決めた方が良いのではないでしょうか?」
「……言葉を慎めメイ。お前はメイドだ。主に使えるのが貴様の役目だろう? 主に口出しするメイドなどありはしない」
アクシスの有無を言わさぬ視線がメイの全身に浴びせられる。
だがメイはより強く服の裾を握ると意を決したように顔を上げてアクシスの目を直視した。
「アクシス様は恐れているのですよね。奥様が亡くなった時からあなたは変わってしまいました。何かに取り付けれたようにロージュ様に剣を持たせました。虚物に殺されぬように強くなれと。アクシス様はロージュ様がまたしても死ぬのではないかと怯えているのですね……奥様のように」
「黙れと言ったはずだぞメイ」
より圧力を込めてアクシスが唸る。
明らかに怒りが爆発する一歩手前。でも、それでもメイは言葉を紡いだ。
「奥様は死んだのはあなたのせいではありません。あれは……」
アクシスは突如立ち上がると、バンッとテーブルを強く叩いた。顔はどんどんと紅葉していき、獣が叫び声を上げるように怒声を上げた。
「黙れと言ってるのだ! 今シース家という肩書きを失うわけにはいかない! 肩書きを失う貴族の結末など、悲劇以外ありえない!」
あまり感情をあらわにしないアクシスは、怒り慣れてないのか声を荒げた直後に肩で息をする。
出過ぎた真似だったと自覚しているメイは、深く頭を下げて謝罪を口にした。
「……失礼しました」
部屋に静寂が訪れる。
少し時間がたってから、アクシスは頭を抱えながら無言で立ち上がり部屋から出て行った。
一人部屋に残されたメイは窓際に歩み寄り外を眺めた。
窓から見えた庭ではロージュが剣を振り回して稽古をしている様子が見えた。
ロージュは銀色の髪が風でなびかせ、「ヤァーッ」と杭に打ち付けられた鎧に向けて剣を振り下ろす。
カンッと無機質な金属音がリビングに響いた。
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翌日、会合の場に現れたのはすらっとした細い体躯の男だった。
だがよく目を凝らせばその体は引き締まっており、弓を射るために精錬された身体に見えた。
目は丸く筋の通った鼻梁。
嫌味のない顔立ちの男であった。
男は作法に乗っ取り丁寧に頭を下げた。
「私の名はレイズ・ロワードと申します。今回はこのような場を設けていただきありがとうございます」
レイズの両隣に腰を下ろしているのは、ロワード家の現当主と奥様だ。
どちらも所作一つ一つに品があり、余計なものを切り取った花を見ているような感覚に陥る。
「いやぁ、上級騎士であるあのロージュ様と私のような愚息が~」
「いえいえ、こちらとしましてもロワード家様と~」
そうして、ロージュの頭上をくだらないと感じてしまう言葉が飛び交う。
相手の表面上をなぞり機嫌を伺う中身のない会話。
この顔見せも結局形式的なものである。
私はこの男と結婚するのだ。
会合をよそに、ロージュは一人俯いて苦笑した。
全く純愛などとは程遠いな。男女が互いに思い合い結ばれるなど現実にはありはしないのだ。
あぁ、またヒロトから恋愛話を聞きたい。甘酸っぱくてたまらなかった……。
「ーーロージュ? 聞いているのか?」
「へ、あぁ……申し訳ありません」
突然アクシスから声をかけられてロージュは我に帰る。
しまった。全く別のことを考えていた。
「いやぁ、ロージュは昨夜も遅くまで剣の練習をしていたものですから」
うわの空だったロージュの生返事に、かかさずにアクシスのフォローが入る。
ロワード家のご夫婦も笑みを作り、それに応えた。
「ははは。そうなのですね。夜分まで特訓とは。流石は上級騎士様です」
再び乾いた笑い声が飛び交う。
つまらない。早く終わってほしい。
ふと外に目を向けると鳥が優雅に空を飛んでいた。
鳥は自由なのだ。拘束する鎖なんてありはしない。
自分の足元に目を向けると、ジャラジャラと鎖が絡まっているように見えた。
自由とは程遠いな。こんな鎖があってはまともに動けやしない。
ちらりとレイズ殿の方へ視線を送ると、レイズ殿は小さな欠伸を噛み殺していた。
どうやらあちらも本人は乗り気ではないようだ。
ーーそうして時が過ぎていき、
「では、また後日にロワード家にお伺いさせていただきます」
気が付いたら会合は終わっていた。
ロージュは終始うわの空で、レイズとまともに会話をすることが無かった。
屋敷に戻ると玄関先で第一番にアクシスの怒号が飛ぶ。
「ロージュ! なんだあの態度は! 第一印象が大事なのだと言っただろう!?」
「申し訳ありません、お父様。疲れていたようです」
「はぁ……剣の練習のしすぎだ。お相手が怒っていなかったから良かったものの、結婚の話自体が無くなる所だった」
お父様は深く嘆息し玄関で革靴を脱ぐ。
……そういえば、お父様はお母様と結婚をして私が生まれたのだ。
だがどうやって二人は出会い、結婚まで至ったのか。
お母様の話をなぜかお父様は話したがらない。私が知っていることは、私が生まれるのと同時で亡くなったということだけ。
今なら聞いてもいいだろうか。
「お父様はお母さまと望んで結婚したのか?」
ロージュの疑問を耳にした途端にアクシスの表情が固まる。
「……」
「私と同じように決められた結婚だったのか?」
「……」
アクシスは眉をひそめて沈黙を続ける。
その様子にロージュは苛立ちを募らせた。
なぜ黙るのだ。娘に実の母親の話をしてはいけない道理なんてない。
いつもこうだ。昔からお母様のことを聞こうとするとお父様ははぐらかす。
「どうして……お母様のことを語ってくれないのだ」
するとようやくアクシスが口を開いた。
「……お前が知るにはまだ早いからだ」
「それは幼少期にも言われた。では、いつお父様は私に教えるのだ」
「さぁな」
いつまでも真実を語ろうとしないアクシスにロージュは痺れを切らした。
キッとアクシスを睨むと勢いままに声を荒げる。
「なぜ教えてくれぬのだ! 娘の私がお母様の話を聞くのに理由などいらない! 私は、私は……何も知らない!」
すると、アクシスはロージュの上げた声に一瞬驚いた様子だったがすぐに切り替えて無表情なまま言った。
「決められた結婚じゃなかった。故に妻は死んだのだ。これ以上は聞くな、ロージュ。過去にはなにもありはしない」
話は終わりだと言わんばかりにアクシスはロージュに背を向けて歩き始めた。
その背中に向かってロージュは吠える。
「その過去があるから私が生まれたのであろう!? 教えてくれお父様! お母様はなぜ亡くなったのだ!?」
「それ以上は子供が踏み込む領域じゃない」
聞く耳持たず。
こちらに振り向きもせずに逃げるように階段を上がるアクシスの背中に対して、ロージュは悲鳴のように言葉を投げかけた。
「ーーなら、私はいつ大人になるのだっ!」
その声はアクシスの耳に届いたのか分からない。
アクシスは足を止めることなく、暗闇に姿を消した。
お父様が教えてくれないのならーー。
勢いままにロージュはメイのいるメイド室へと走り、部屋をノックする。
ノックをすると、すぐに扉が開いてメイが顔を覗かせた。
メイは突然の訪問に驚きながらも、狼狽するロージュの姿を見て柔らかい声で言った。
「……どうされました?」
走ってここまで来たためか、動揺のためか息を切らしながらロージュはメイに縋る。
「教えてくれ。メイは長い間シース家に仕えていたのだろう? ならば知っているはずだ。私のお母様がなぜ亡くなったのか……」
「しかし、それは……アクシス様から言わないように」
「メイまで私を子供扱いするのか……?」
ロージュはメイの肩を掴む。
ポロポロと目からは涙が流れ頬を伝い、床に落ちた。
そして心の奥底にある葛藤を声を大にして叫んだ。
「分かっている! 私は幼い! 肩書きで人を判断しないなどただの戯言だった! だから肩書きで判断されて生きることを受け入れようと思っていたのに……政略結婚の会合ではつまらないと不貞腐れていた! 私は矛盾だらけだ! 私は、私は……こんな自分が大嫌いだ!」
「ロージュ様……」
大量の涙を流して、ロージュは膝から崩れ落ちる。
ぎゅっとメイの服の裾を掴んで、掴んで擦り切れるような声を出した。
「……教えてくれメイ。大人とは何なのだ? 何をすれば私は大人になるのだ? もう、何をしても子供のままで立ち止まっている気がするのだ……」
メイは膝を曲げてそっとロージュを抱きしめた。
ごめんなさい、アクシス様。
もうこの子に隠し事はできません。
話すべきです。ロージュ様には聞く権利がある。罰ならば受けます。
メイはロージュの頭を撫でて、立ち上がると泣きじゃくるロージュの腕を引いた。
「ロージュ様。部屋で椅子に座ってください。全て語りましょう。お母様に何があったのか」
「話してくれるのか……?」
「はい。全て話しましょう。ですがご注意を。今からの話は……現実です。物語とは違って救いなんてありません」
「分かった」
メイは椅子を引いてロージュを座らせると、慣れた手つきで紅茶を入れて、丸テーブルの上に紅茶と共にクッキーを出した。
ロージュが紅茶を飲み、落ち着いたことを確認すると慎重に思い出すようにゆっくりと口を開く。
あれはーー20年前のこと。




