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ロージュの葛藤★


 お披露目会の翌日のこと。


「なんで……なんで俺を見捨てたんだよロージュ。一緒に冒険したいと言っていたじゃないか。あれは嘘だったのか? ロージュ」


 目の前のヒロトが恨めしそうな目で私を睨む。


「違う……違うんだ、ヒロト。嘘じゃない。私は本当にお前と旅をしたかった。もっと幼馴染の話を聞きたかった。本当なんだ」


 ヒロトの顔が鬼の形相となる。いや、まさしく鬼だ。顔が歪み口からは牙が生えて掠れた声で叫んだ。


「黙れこの嘘つきめ! 絶対に助けるだ! 俺が奴隷になったのはお前のせいだ! お前のせいだ! お前のせいだ! お前の……」


「違う……違うんだ。すまない、すまない」


「……ハッ!」


 焦るように体を起こした。

 鼓動が止まらない。体は全身汗をかいている。


「またこの夢か……」


 あの日、ヒロトは魔力なし(パラ)だと言われて地下へと連れていかれた。

 私はその光景を黙ってみていた。

 直前でヒロトのことを誠実な男で一緒に冒険がしたいと言いながら、絶対に助けると言っておきながらヒロトを助けられなかった。

 あの時体が動かなかった。


 未だに後悔している。なぜあの時にヒロトを助けに行かなかった?

 ヒロトは何も悪いことはしていない。

 私は私の信念に従い助けるべきだった。

 なぜ、あの時私は助けに行かなかった?

 いや、今もだ。なぜ助けに行かない? 助けに行けない?


 コンコンと扉がノックされる。


 「おはようございます」と毎朝聞く甲高い声が聞こえた。


「今起きた所だ。もうすこし待ってくれ、メイ」


「かしこまりました。朝食の準備は出来ています。お急ぎください」


 急いで服を着換えて髪を整えた。鏡に映る自分の姿を見て苦笑した。ひどい顔だ。銀色の髪は光沢を失い、寝苦しくて転げまわっていたのか至るところに跳ねている。

 櫛を握って、無理やり整える。

 その後、顔を洗うとパジャマを脱ぎ捨てて、首元にリボンがほどこされた白のワンピースを着こんだ。


 身支度を整え、扉を開ける。

 すると、扉の前にはちょこんとメイド服のメイが姿勢を正して立っていた。


「おはようございます。メイドのメイでございます。ロージュ様が幼いころからシース家よりロージュ様をお守りするように雇われたメイドでございます。余談ですが美顔に巨乳でございます」


「……メイ。何を言っているのだ? なぜ急に自己紹介を?」


 ロージュからの最もな問いを受け、メイは首をかしげた。


「はて? なぜか自己紹介をしなくてはいけない気がしたのですが……。まぁ、いいでしょう。そんなことよりも顔色が悪いですよ。何かを悩んで眠れていないのでは?」


 流石はメイだ。

 幼いころから私の面倒を見てくれたスーパーメイド。

 私が悩んでいることすらお見通しか。

 私は今の悩みを吐露した。


「なぁ、メイ。もしも私がヒロトを助けたいと言ったら、それは愚かなのか? 包み隠さないで言い。答えてくれ」


「そうですね。一般的に言えば頭がおかしいと思います」


「うぐっ……本当に直球に言うな……」


 形の良い眉を顰め、唸るロージュにメイは呆れたようにため息をついた。


「ヒロト様はこの国では大犯罪者です。魔力なし(パラ)で、自分を偽勇者だと騙った悪人。それが世間の認識でございます」


 ロージュは首を横に振る。


「実際は……違う。ただヒロトは転生してきただけだ。それに魔力なし(パラ)だったとしても、何が悪いのだ。魔力がないだけで、ヒロトは悪人ではない」


「ですが、ヒロト様は大犯罪者。もうそれが世間の事実ですよ。シース家出身で女性初の上級騎士まで上り詰めたあなたが、ヒロト様を救う。それがどれほどの悪影響をシース家に及ぼすのか……分かりますよね」


 人を救わない貴族。

 果たしてこの貴族のどこが偉いのだろうか。

 そんなとき、父親の存在がロージュの頭によぎる。


「お父様はなんと?」


「ロージュ様が勇者のパーティーの一人になる必要があると。それと……言いにくいのですが」


 口ごもるメイを見て、何かを察したロージュはため息をついた。

 最近のお父様の動向を見ていれば、メイが何を言おうとしているか察した。


「……政略結婚か」


「恐らく今日の朝食の場でお話されると思います」


 結婚。

 女性の夢なのかもしれない。少なくとも私の夢だ。だが、そんな夢すら持つことは許されないのか。

 不平不満をロージュは吐き捨てた。


「……お父様は私のことを娘としては見ていないのだ。私の体にシース家という付箋をぺたぺたと貼って、お前の幸せのためにこの男と結婚をしろというのだ。付箋を凝視しながらお前のためだというのだ。私の嫌な顔を一瞥もせずに」


「……」


「私は嫌いなのだ。その人の本質を見ずに肩書きだけで人を判断するものが。お父様が典型的な例だ。私のことを娘でなくシース家の次期家主として見ている。シース家という肩書きしか見ておらぬ!」


「ロージュ様。そろそろリビングにつきます……」


 メイが宥めるように小さくつぶやいた。


「ああ……着いたのか」


 心のわだかまりは全く晴れることなく、ロージュはリビングの扉を開いた。

 リビングに入ると広い部屋にロージュの父、アクシスが長々としたテーブルに座っていた。


 ロージュはアクシスに会釈をして向かい側に腰を下ろした。


 アクシスが口を開く。


「ロージュ。なんだその顔は。夜更かしでもしていたのか? そんな顔では外に出れぬ。お前はこれから重要な役目があるのだ。そのような顔を世間には見せれぬぞ」


 ……やはり心配するのは私でなく世間から見た体裁なのだな、お父様。


 無言でうつむくロージュを見てアクシスが再び口を開く。


「おい、ロージュ。返事をしないか」


「はい……お父様。申し訳ありません。少し眠れていなくて……」


「なぜ眠れぬ。勇者の仲間として旅をすることが不安なのか?」


「……違います。ヒロトのことです。ヒロトが奴隷になったのは私のせいです。それを考えると眠れないのです」


 アクシスははぁ、とため息をついた。


「ロージュよ。そのようなことは考えるな。早急に見切りを付けれてむしろ良かったではないか。あの魔力なしと冒険したところで死ぬだけだ。それに比べてルーシェ殿は素晴らしい。才能が大いに恵まれている。あの男こそが勇者で間違いないだろう」


「そのようなことだと……? 人が奴隷落ちすることが、そんなに軽い課題なのか!? お父様は……お父様は肩書きしか見ておらぬ! はぁ、もういい……今日は部屋に帰る。朝食はいらぬ」


 そう言って食事の途中でありながらも立ちあがり、アクシスに背を向けてリビングから逃げるように扉に向かって歩き始めた。 


 アクシスの怒号が飛ぶ。


「ロージュ! 私はお前のために言っているのだ! なんだその態度は! 戻ってこい! お前には大事な結婚の話がーー」


 しかし振りかえることなく、乱暴にリビングの扉を閉めて立ち去った。

 バタンッと大きな音がリビングに響く。


 アクシスは一人うなだれて頭を抱えて呟いた。


「なぜだ……なぜわからぬ。お前はまだ子供なのだ。だから大人である私のいうことを聞くのが一番成功なのだ。なぜ……」


 メイがアクシスに言った。


「アクシス様。わたくしがお嬢様の様子を見てきます」


 アクシスが力なく頷いた。


「ああ……頼む。メイ。難しいかもしれんがロージュを宥めてくれ。お前は理解しているだろう? 政略結婚の大切さが」


 ロージュを説得しろ、ということだろう。

 メイが姿勢を整えて首肯した。


「承りました。行ってまいります」


 そう言ってメイはリビングを出て、廊下を進んでロージュの部屋へと向かう。


 そのころ、ロージュは自分の部屋に戻って布団にくるまっていた。

 少し寝ようと思って目をつぶる。


 けれど、目の前が真っ暗になった途端、またしても鬼の形相をしたヒロトが現れて私を睨む。

 わかっている。この鬼はヒロトじゃない。自分の罪悪感が生み出した化け物だ。


 鬼は言う。


「お前のせいだ。ロージュ。お前が俺を奴隷にしたんだ」


「違う、ヒロト。違うのだ……私は……」


 鬼がにやりと笑う。


「ははは! お父様とは違う……か? お父様みたいに俺を扱わないって?」


「そ、そうだ……私はお父様みたいなことはしないのだ!」


 お父様は勇者という肩書きしか見ず、ヒロト自信を見ていない。

 私は、私は違う。勇者という肩書きに囚われて行動はしないのだ。


 すると、ロージュの答えを聞いた鬼が笑みをやめた。そして冷たく低いトーンで言った。


「じゃあ、なんで俺を助けなかった」


「ッ……! それは……つい、咄嗟に体が動かなくて……」


「つい? 咄嗟に? 嘘をつけぇ。違うだろ? お前は明確な拒絶をしたじゃないか。確かに俺の助けを無視したじゃねぇか。俺から目をそらしたじゃねぇか。ハハハ……何を泣きそうな顔をしているんだ。気づいてんだろ? 俺はお前の心の声だ。俺のセリフは嘘偽りのないお前の言葉なんだよ。いいか、よく聞け。お前が俺を助けなかった理由は……」


 途端にロージュの全身に悪寒が走った。

 絶対にこの鬼にしゃべらせてはならない。私が、私自身が瓦解してしまう。

 ロージュは悲鳴を上げて耳を塞いだ。


「やめろ! 言うな! 違う! 私は……違う! お父様とは違うのだ!」


「俺が勇者じゃなかったから……俺と冒険することに暗雲を感じたんだ。俺が勇者じゃないからお前は俺を助けなかったんだ」


「やめろ……違う……」


 ポロポロと涙が地面に垂れた。

 いくら耳を塞いでも嫌というほど鬼の声は鮮明に聞こえてくる。


「お前に父親を批判できる道理はないのさ。お前も父親と同じだ。肩書きを見ているんだ。私をシース家という肩書きで見るお父様を批判するが、私もヒロトを勇者という肩書きが剥がれるやいなや見捨てたじゃないか。肩書きで結局判断してしまうのさ。それを知らない私は子供なのさ。それを理解しているお父様が正しいのさ」


 鬼は満足げに高らかに笑うと姿を消した。

 もはや、鬼が言っているのか自分が言っているのか分からなくなった。


 ゆっくりと布団の中で目を開けた。

 目の前が暗闇だ。けれど、これに対して怖いと泣き喚くのは子供なのか。

 私はまだ子供なのか。

 大人にならなくては。

 不都合な、不条理な現実を仕方ないと受け入れて理想を諦念しなければ。


 部屋がノックされた。おそらくメイが様子を見に来たのだろう。


「入ってくれ、メイ」


 ロージュは布団から抜け出し、起き上がった。

 メイが心配そうに扉を開けて顔をのぞかせ、


「大丈夫ですか?ロージュ様」


 といった。

 ロージュは力なく頷く。


「大丈夫ではないが……なぁ、メイ。私は子供だったんだな。一度部屋に戻って考えて気づいた。肩書きを無視して生きようなど理想論だ。お父様が正しかったのだな」


 メイがえっと声を上げた。


「ロージュ様? 急にどうしたのですか?」


「お父様に言ってくる。わがままを言ってすまないと。私は子供であった、と。政略結婚だって受け入れよう」


「お待ちくださいロージュ様! あなたは少し混乱しているのです! 頭の整理のつかぬまま勢いで行動しては後悔します!」


「いや、勢いではない。頭が冴えた。それだけだ。お父様に伝えてくる」


 そう言って立ち上がり、メイの横を通り過ぎていく。


 メイは迷う。メイもまた、このシース家に使えるメイドなのだ。ロージュのこの判断がシース家に一番繁栄をもたらすことも十分に理解していた。


 子供じゃない。ロージュ様の葛藤は子供じゃない。

 あなたは清らかな人なのだ。そのままでいてほしい……。


 そう言うべきだった。


 だが、メイはその言葉を飲み込み、アクシスの元へ行こうとするロージュを引き留めることが出来なかった。


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