お披露目会で裏切られました。
着付けの人に手伝ってもらい用意された勇者の恰好に着替えた。
改めて自分の恰好を鏡見で見て呟いた。
「す、すげぇカッコイイ……」
青と黄金で基調された鎧に加えて赤色のマントを身にまとい、背中には刻印の入った盾と剣を背負っている。
「ふふふ、かっこいいぞヒロト。お似合いではないか。サイズは合っているか?」
「まじでぴったりだ。びっくりするくらい」
「サイズはかつての勇者の身長に合わせて作られた装備だ。サイズが同じとはやはり勇者候補だな。では行こうか、ヒロト」
「ああ」
もうすぐかーーと覚悟を決めながら、ヒロトはマントを握った。
ロージュに促されるように部屋を出て、二人は長い廊下を進む。
そしてロージュが巨大で豪勢な扉の前で足を止めた。
部屋の中の様子は分からないが、ざわざわと喋り声は聞こえてきた。
流石に緊張をしてきたヒロトは「ふぅーー」と長く息を吐いた。
ロージュはこちらに目を向け、優しく笑った。
「何、身構える必要はない。あえて言うとしたら堂々とするくらいだな」
すると、部屋から声が聞こえた。
『それではお待ちかね。勇者様の七光のお時間ですーー』
アナウンスのような声が部屋の中から聞こえてきた。
途端に会場が盛り上がり、部屋の中から拍手が聞こえてくる。
ロージュが背筋を伸ばし銀髪が揺れる。
言われなくても、そろそろだと気づいた。
ロージュが言う。
「では、行くぞ。ヒロト。世界の運命が決まる時だ」
ロージュが重量感のある扉に手をかけて、ゆっくりと押した。
扉がギギギと軋みながら、開かれる。
ドキドキと緊張しながら俺は部屋の中に足を踏み出した。
その瞬間、部屋のボルテージが頂点に達した。
様々な人たちが盛大な拍手をしながら、俺を迎えた。
周囲を見渡すと、別の扉からルーシェが金髪を揺らしながら現れていた。
『皆さん! お伝えしたとおり、今回は勇者候補が二人現れたのです! ですが、どちらが勇者かは今から分かりますーー!』
アナウンスが部屋に響き渡ると、再度部屋が盛り上がる。
部屋の中心には壇上が置かれており、壇上の中心には水晶体が設置されていた。
壇上は宝石がいくつも施されており高級感があるが、水晶体はただのガラス球にしか見えなかった。
壇上を挟んで向かい合うような形で、俺とルーシェが立つ。
「キャーーッ、ルーシェ様ァ!」
部屋の誰かが歓声を上げる。
いやいや、なんでもうファンクラブみたいなの出来ているの?
ちらりとルーシェに目を向けると、満更でもないのか得意げに鼻を膨らませていた。
『では、早速ですが一人ずつ水晶体に触れてください。まずはーー神崎ヒロト様! 壇上に上がってください」
するとロージュがちらりとこちらに視線を送る。
今更だが異世界なのに言葉は通じるんだなと、緊張からかよく分からないことを考えながら、俺は水晶体に近づいた。
水晶体に向かう一挙一動が部屋中の人々に見られていると思うと、緊張が高まる。
歩き方ってこうだっけ?と思いながらも俺は水晶体に手をかざせる位置まで近づいた。
すると、さっきまでの喧騒はどこへやら。
部屋は一気に静まり返り、皆の集中が水晶体に向けられていた。
『ではーー、神崎ヒロト様! お手をかざしてくださいっ!』
響き渡るのはアナウンスの声のみ。
俺は緊張しながらーーいや、本当はどこか期待をしながら水晶体に手を伸ばした。
振れそうな位置まで手を伸ばすと、水晶体の表面がの水面のように揺れた。
そして水晶体はまばゆい光をーー……何一つ発することなく、表面の揺れは収まった。
その光景を見た部屋は時が止まったかのように静寂になった。
ーーまぁ、そうだろうな。少し期待したけど、俺が勇者な訳がないよな。
後ろを振り返り、苦笑いを浮かべながらロージュに顔を向けると、ロージュが唖然と口を開いていた。
ーーいや、いや、そこまでショックだったか?
ーー俺が勇者じゃない可能性も全然あったと思うんだけど。
そんなことを思っていると、静寂の中で誰かが言った。
「魔力なしだ」
パラ? パラ?ってなんだ?
少しずつ部屋が騒がしくなる。
「魔力なしよ。呪われし存在」
「なんでこんなところに……魔力なしが……汚らわしい」
「おい、奈羅佳。なんてやつを召喚してくれたんだ」
波が押し寄せるように騒がしくなっていく。
この状況になったら嫌でもヒロトは察する。パラは良い意味ではない。
部屋中の嫌な雰囲気を感じ、額から冷や汗が垂れた。
すると、この部屋で一番高い位置に座っていた小太りな男が立ち上がった。
王冠をかぶっているところを見ると、この国の王だろうか。
小太りの男はゴホンと咳をし、部屋中の視線を集めると言った。
「私は奈羅佳の国王、ゴルト・ノーブルだ。まずはここの会場に来てくださった他国の王や貴族の方々に私から謝罪をさせてほしい。今回、このような魔力なしをこの世界に召喚してしまったこと。そして、この部屋に招き入れてしまったことを」
国王ゴルドはそう言いながらも、ヒロトに対して冷たい視線を向ける。
とても嫌な予感がした。
そして国王は言葉を続けた。
「この神崎ヒロトは殺す価値もない。奴隷落ちとさせていただきたい。それで、良いだろうか?」
すると部屋中が国王の意見に賛同するように拍手をしはじめた。
ーー全会一致だった。
「衛兵。こいつを抑えろ」
ヒロトが声を上げる暇もなく、国王が命令をする。
すると瞬く間に3名の兵が壇上に上がると、俺の頭を掴んで乱雑に地面に押し付けた。
「な、なにを……!」
抵抗しようとするが3人に上から押さえつけられてはどうしようもない。
手は背中に回されて縄でグルグル巻きにされてしまう。力強く腕を曲げられ痛みで声を上げた。
そして、俺はそのまま地面に転がされる。
「えっ、本当に魔力なしなの?」
「水晶体が光らなかったんだ、間違いないよ」
再び部屋が動揺と困惑で騒然としはじめた。
だがその喧騒を一人の男が止めた。
「皆さん! ご安心ください! まだ! まだ私がいます!」
ルーシェだった。
ルーシェは天井に突き出すように手を上にあげると、高らかに宣言をする。
「私が、私こそが勇者です! 皆さんに7色の光をお見せしましょうっ!」
さっきまで何も言っていなかった男が、ヒロトが勇者ではないと分かった瞬間に、大層なことを口にする。
だがこの部屋にいる人にとっては効果てきめんだったようだ。
部屋に充満していた悪い空気が一変し、拍手が上がる。
ルーシェは小馬鹿にしたような目つきでヒロトを見ながら、国王へ視線を向ける。
「ゴルト・ノーブル様! 次は私のはず! 水晶体に触れさせては頂けないでしょうか?」
するとゴルドは満足げにこくりと頷いた。
「うむ! 皆の者! 今までは悪い夢だ! 今度こそ、7色の光を見ようじゃないか!」
皆に望まれるがままにルーシェは壇上に上がった。
そして水晶体に触れる直前、地面で転がされるヒロトを一瞥すると、鼻で笑った。
ーー屈辱だった。
だが現実以上に理不尽なことはない。
ルーシェが触れた瞬間に水晶体は残酷な答えを出した。
ーー7色に光ったのだ。
途端に、部屋中が湧く。
「これが……伝説の光!」
「美しい! 素晴らしい!」
地面が揺れるほどの歓声と拍手。
その部屋の中で俺だけが、失念の中にいた。
皆が歓声を上げる中でルーシェが顔を歪め、憎たらしい顔で俺を見下すと、
「ありがとな。引き立て役。勇者はおれのものだ」
と言った。
「くそ、くそ……ふざけんな! 誰が引き立て役だ……!」
そして徐々に拍手が鳴りやんだとき、国王がちらりとヒロトを一瞥した。
「あーー、なんだ貴様。まだいたのか。この魔力なしめ。おい、兵士よ。さっさとこんなゴミは地下の牢獄に閉じ込めておけ」
「はっ」
兵士は端的にそう答えると、縄の先を持ち乱雑にヒロトを物のように引きずっていく。
ズリズリと床との摩擦に悲鳴を上げるヒロト。
ーーこのままでは奴隷になってしまう。
あまりに理不尽である。
ヒロトはどうにかこの状況を打破しようと必死に頭を回した。
そして、思い出した。この空間にはロージュがいる。
ロージュは言っていた。
例え俺が勇者じゃなくても追放にはならない、と。
仮にそんな流れになっても私が必ず助けるとも。
「助けてくれぇぇぇ! ロージュ! 俺は、奴隷になんてなりたくねぇ!」
そう叫ぶと、引きずられる俺をじっと見つめるロージュと目が合った。
確かに俺はロージュと目が合ったんだ。
俺は助けてくれってもう一度目で訴えた。
ロージュなら。ロージュならば俺を助けてくれる。そう願いながら。
でも、ロージュは青ざめた表情で確かに俺から目を逸らした。
それは明確な拒絶であった。
その瞬間、ヒロトの頭によぎる。
ロージュが俺の話を真剣に聞いて、悲しんでくれたこと。
俺の恋愛話を体を乗り出してまで興味津々に聞こうとしていたお茶目なところ。
その美しい思い出がすべてが音を立てて瓦解した。
「なんでだぁぁぁぁ! なんで助けてくれねぇんだ、ロージュ!!!!」
そう叫ぶとロージュは一瞬口をもごもごと動かした。
何かを言ったのかもしれないが、周りの雑音で何も聞こえなかった。
ヒロトの心は失望で満ちていた。
……あんまりじゃないか。
そうして俺は地下の牢獄で監禁されることとなった。
俺の奴隷生活が始まった。




