小噺
それはルカがアルカナの正規職員になった時の事だった。
「幹部のタロット名って、何か意味があるのか?」
「……」
「……」
「……」
俺の質問に、ナギ、風見、日向は口を閉ざした。殊にナギと日向はわざとらしく明後日を向いている。
俺は首を傾げ、そして少しして「まさか…」と目を見開いた。恐る恐る思い付いた理由を口にする。
「厨二病…?」
「ま、まさか…!いい歳した連中が、ず、ずっとそんなものを引き継いでるはずないだろう…!」
と、日向が反応する。しかし相変わらず視線は合わない。俺はジト目を向けた。
「声が震えてるんだが」
「急に風邪気味になったんだよ!」
んな訳あるか。
俺の突っ込みに、ナギはふぅと短く息を吐いて日向へ助け舟を出した。
「一応、各自の役割や特徴を現すと言う名目はあるよ」
「役割や特徴…?」
眉を顰める俺に、ナギは渋々と言った様子で言葉を続けた。
「それぞれの大アルカナには、色んな意味がある。例えば死神は"死と再生"が転じて破壊と創造、集結と始点そして分岐点という複数の意味を持つようにな」
死神の立ち位置って…確か鵠沼だった筈。俺は思った事を呟いた。
「組織のトップが死神だなんて、不穏だな」
「意味を知らなければな…。歴代の総帥は与えられたアルカナの意味を、自分の代の役割としている」
意味を役割にしている…?ナギの言っている事が分からず、俺は首を傾げた。
「自分の代?」
「あぁ、先代は"正義"だった。正義は判断、正当性、バランス。そのうち先代は判断の速さ、そして組織と社会のバランスを重視していた」
「なら鵠沼は……」
俺の言葉にナギは首をすくめて
「自分は何かの分岐点にでも、なろうとしてるのかもな」
具体的に何をしようと考えているのかは、全く知らないけど。とナギは付け加えたのだった。
と言う数年前の会話を思い出し、俺はなんとなくナギに言った。
「なんだか上位存在も似た感じだよなぁ」
「どう言う意味?」
隣に座るナギはカフェラテを飲みながら首を傾げた。俺はどう説明すれば分かりやすいか考えながら応える。
「えっとだな…例えばアテナ様は知恵の女神を"騙っている"のであって、神話に登場する本人ではないだろう?」
「あぁ、以前そう言っていたな」
"己が信条を忘れぬ様に。一番近い神の名を使う"
ナギは乾いた笑いを浮かべた。
「あのアテナ様がどんな信条を掲げているかは知らないが…名は体を表すとも言うしなぁ」
「どう言う事だ?」
事有り気に言うナギに、俺は首を傾げる。名は体を表す、と言う意味は分かるが、何故ナギがその言葉を言ったのかが分からない。
ナギはカフェラテを一口飲むと
「その名を使っているから、そうあろうとしているのか。はたまた、その性格が似ているから、その名を使っているのか。分からないって事だよ」
「余計に分からないんだが」
俺に説明する気がないのかと思ってしまう言葉に、俺はこめかみを押さえる。
その様子を見て何を思ったのか、ナギはカップをテーブルに置くと脚を抱えるようにソファーに座り直し、そっと隣に座る俺に寄り掛かった。そして上目遣いで「ルカ」と呟く。
「ごめん…怒った?」
「……」
憎たらしく、だけど愛おしく思ってしまう。
ムカつくほどに、こいつは俺の扱いをよく分かってるのだ。そしてそれが分かっているのに、つい許してしまう自分の性に辟易してしまう。
俺は小さく溜息を吐き「怒ってない」と応えて頭を撫でると、安心した様にナギははにかみ、話を再開した。
「女神アテナは知恵と戦いを司る処女神なのは有名だよな?」
「あぁ。だから、お前はアテナ様の眷属になれたんだろう?」
賢く、女である事。その条件をナギは満たしていたから、救われたのだ。
そう答えると、ナギは「果たしてそうかな?」と意味深に言う。
「必ずしも、女である事は必須事項ではないかもしれないぞ?」
「どう言う事だ?」
訝しむ俺に、ナギは「実際にいるかどうかは別として」と前置きをし
「アテナはペルセウスに盾を送っている神話がある」
故に
「勇者と見做された者なら、あの方は助けるかもな」