54話『また一年』
そんな日からしばらく過ぎて十二月三十一日の午後十時少し過ぎた時間を時計がさしていた。
テレビは紅白。ラジオ感覚に聞きながら僕は三月の隣でお手伝い。お手伝いと言ってもやることは味見とかそういういてもいなくても別に構わない役割。けれど味見はなんだか妙な背徳感があって好きだ。
そんな俺の隣に立っているのは正真正銘の三月。彼女は、「せっかくだからね」と大きなエビのワタを器用に抜いていた。どうやら巨大エビの天ぷらが今年の年越しそばには飾られるらしい。俺は早速腹を空かせていた。そんな僕の好奇心の宿った視線に気が付いてか三月は言う。
「味見はまだだからね~」
と、俺は思わず横一線に口を引いた。
それから油の温度が丁度よくなってゆっくりと沈み浮かんだ大きなエビ。揚げ物の音と香りが部屋に満ちる。実家時代油物を嫌う母は唐揚げとか、揚げ物は一切してくれなかった。だから俺にとって家で揚げ物を食べるというのは子供心に楽しいと感じていた。
それから体感一分ほどで出来立ての巨大海老天は上がった。
野菜たっぷりの温蕎麦はかき揚げと海老天ですさまじい見た目だ。
手を合わせ俺とみつきはとりあえず一番体積を占める海老天を持ち上げて食べた。
「んんぅ~エビ」
ミカンはケージから恨めしい目を向けてくるが無視を決めた。
俺はただひたすらに噛み締めて感涙。
それから蕎麦は二杯ほどお代わりした。
気が付けば午後十一時を回っていた。
今年もいよいよ終わり。来年がいよいよ始まる。
この一年を思い返すと案外すらっと思いだせた。その思い出、特に四月からの毎日はどこをとっても三月が居た、あと莉緒も、ついでにミカンも。
「来年はどう生きたい?」
「何事もなく平穏に過ごしたい」
「平和だねぇ。でも私も同じかなぁ。やりたいことは?」
「とりあえず初詣」
「もうすぐじゃん」
「来年はどこか遠くにでも行きたいなぁ」
「旅行? いいねそれ」
「夏休み辺りに行くか」
「三人でね~」
恋人と二人っきりで行くっていう選択肢はないのかな。俺はそういう視線で三月を見るがなさそうだ。
「ま、いいか」
何とも言えない空気の中、零時を過ぎたことを知らせる金がテレビから漏れてきた。
「あけましておめでとう。今年もよろしくね、修哉くん」
「おう、これからもよろしくな」
特にオチもなく二人はキスして眠りについた。
そんな一年がまた始まった。
ありがとうございました




