52話『指輪』
そんなクリスマスまで一ヶ月を切った日から一ヶ月が過ぎた。
結局、どれだけ真剣に働いてもバイトというのは事実しか語らず、努力など関係なく働いた分に正当な対価が支払われるのだ。だからダイヤが大きい指輪とか、純金だとかプラチナだとかそういう指輪が買えないのはすべて自分が悪い。
「いいわよ、出世払いで。このくらいだったら私が買ってあげる。お金? パパに『欲しいものがあってつい』っていえば一発殴られるだけで済むでしょうし。それに何より三月にはこのくらいが相応しい」
と銀座のジュエリー店で話した時は冷や汗が止まらなかった。きっと見栄を張りたかったのだろう。いくらお金持ちの娘とは言え……二五〇〇〇〇〇円は……。というかそんな得体のしれないカードを子供に持たせるとかネジ外れすぎ。
結局、下町の質屋でちっこいダイヤがあしらわれた、それでも十万……。
「ま、大事なのは気持ちよ、大人になって、大企業に勤めて年収三年分の婚約指輪でも買ってあげなさい」
「莉緒、それたぶんずれてる、月の給料の三倍だと思う……そうだ、二つ同じの買わなくていいんだっけ!」
「それは結婚指輪ね。気が早い」
それがクリスマス一週間前のことだった。
結局高級フレンチの予約は取れず。
店長が泣きしがみ付いてなかなか電話を切らせてくれなかったり忙しかった。
『今度、うちに連れてきてよ。可愛いんでしょ』
「嫌ですよ、うちにって、それファミレスですよね。あときっと店長が想像している以上に可愛いと思います」
『――――!』
その一言を皮切りに店長は延々と筆舌しがたい発言を連発した。コレが結婚できない理由だと自分から暴露しているようなものだ。
超忙しいクリスマス二日間を見事休み。三月と二人きり。けれど休み、という悪行が叶ったのはやはり、莉緒のおかげだと思う。
「ねぇ、修哉ってさ、死にたいの?」
「……いや、悪いと思ってるよ……だからこうして来たんだよ……?」
「へー、莉緒にあってる、可愛い制服だね!」
「そ、そう? ……まぁいいから。席はこちらで」
莉緒はわずかに照れた顔をすっと振り、先導する。
ボックス席に案内された。
一応三人でクリスマスを過ごす。という夢はかなった。
あとはプレゼントを渡すタイミングだ……。いつ渡そうか、さすがに雰囲気を考えて今と言うことはあり得ない。家に帰ってから……いいや、絶対にタイミングを逃す。帰り道? いいや暗すぎる。絶対に落とす。見当たらない。渡す心の準備もままならない。
「修哉くん、どうしたの?」
「あ、いや、なんでもない……ささ、なんでも好きなの頼むと良いよ」
「じゃ、お言葉に甘えて」
三月と俺は同じようにメニューを眺めるが、心の中は全く別物。三月は落ち着いているが俺の足はそわそわと忙しなく組む足を変えていた。今なら複雑怪奇な踊りでもこなせそうだ。
それから三十分ほどで、大体決まり注文。
「はい……ご注文をどうぞ」
「まず私から、私はこれと、これをセットで」
「俺は――」
とメニューを指す。莉緒の視線がなんだか痛い。そんなことは気にしない。いつものことだ。
「あ、そういえば、後で店長来ると思うから――」
「――阻止して!」
冗談だったらいいな、来たらマジでこの店の悪評をばらまいてやる。店長が未成年に手を出してるとか、大学生の女性に恋してるとか、そういうありそうでなさそうで事実の割と信じる人の方が多そうな本当のことを書き込んでやる。
店内はやはり多くの人が居て、どこの席も驚くほど満席。今日バイトじゃなくてよかったと心の底から思う。ただそれを素直に喜んでしまうと莉緒にシバキ倒されるので、あ、こんな楽しそうな日にシフト入っていないなんて不運だ。と思うことにした。
「ねぇ、そういえばクリスマスといえばやっぱり、イルミネーションとか見たくならない?」
「行きたいのか?」
というか自分が提案した気がする。
「せっかくだし、行こうよ。莉緒がバイト終わったら」
「……ま、そうだな。思い出が多くて困ることなんてないし……」
実を言えば二人だけで行きたかった……きっと三月は莉緒に取られてしまう。
それから三月はここから割と近距離でいけるスポットを調べ上げて見せてくれた。
そうだ、イルミネーションの場でプレゼントしたら記憶にも強く残るかも知れない。行かない理由は排斥された。
混んでいるということもあり料理が運ばれてきたのはいつもの二倍ほど時間が経ってから。
「あ、莉緒」
「はい、なんでしょうかお客様?」
「この後イルミネーション見に行くんだけどさ、何時にバイト上がりだ?」
「お客様、当店は健全なお店です、そう言ったお誘いはお断りしています」
「莉緒、ダメ?」
「……はぁ、あんたらさ、今日が何の日か分かって言ってんの? イルミネーションなんて恋人同士で行ってきなさいよ。私が邪魔してるみたいじゃない」
「邪魔じゃないよ」
「私が嫌なの、分かった? また来年だってあるんだから、その時の楽しみに取っておくとするわ――ただいまお伺いしますー、ってことだから」
莉緒はオーダーを取りに向かった。莉緒は莉緒なりに気を遣ってくれているらしい。
「ま、仕方ない、二人で行くか」




