5話『罵詈雑言は控えめに』
そんな感じで俺の高校生活は、比較的、順調に始まった。
俺、三月、莉緒といつの間にか女子二人。周囲からの視線はすこしだけある。両手に花、ハーレム状態といっても過言ではないのでは?
また休憩時間、莉緒は三月と俺がいる教室に顔を出した。それは当然のこと、なにせ莉緒はボッチだ、話す相手が三月や俺しかいない超かわいそう、ぷすすと心の中で嗤うが俺も大して変わらないことに深く心が傷ついた。莉緒に友達が出来ない理由はやはりすべての人間を恨んでいるといわんばかりの目つきが原因だろう。
「なに、あんまじろじろ見んなし、寒気がしてくるわ」
相変わらず好意的な態度だ。なんだか初日のミカンを見ているみたいで嫌いじゃ無い、けれど悲しい事にこういう棘が原因で友達が出来ない。嫌いじゃない、むしろ可愛くすら思えてきた俺の頭はきっとマヒしてる。
「自意識過剰、きっといつか恨みを買って刺されぞ?」
「最低」
莉緒渾身の侮蔑を受け止める。
これでもだいぶ、柔らかくなったと。俺はそう信じている。あ、視界がぼやけてきた。雨は降ってないのに。
そんな莉緒にまたまたまた休み時間に呼び出され、俺は、またか、と軽くため息を吐きながら六階の自販機に向かった。
「あれ、まだ来てない」
自分から呼んでおいて遅刻とは。一言嫌味でも言ってやりたい気持ちだ。
俺たち一年のフロアは三階で、三階に自販機があるのに、わざわざ六階に来るのは同級生に見られたくないから「お前と話してるところなんて見られて変な噂が立ったら私、転校するから!!」との事。俺は自販機の前に腰を下ろした。
「うわ、最低。またそれやってんの?」
「遅刻しておいていきなり……俺だって傷つくんだからな?」
「だから、そこにしゃがんでたら見えるでしょ……スカート短くしてる生徒が通ったらさ……」
俺は特に反論はせずに、立ち上がった。もっとも反論しなかったのはその通りだったからに他ならない。けれど反論しないのもなんだかなぁと「興味ねぇよ」と吐き捨てるようにつぶやく。あと莉緒の足を見ても蹴りが飛んでこないのはきっと俺が人畜無害という事を知ってもらえたから。
「で、きょうは何の用だ? 俺の趣味を否定しに来た訳じゃ無いだろ?」
莉緒はそんなことを言うために呼んだりしない。
俺は心の底ではわかっていた。誰にも見られない場所で二人きり、もうやることは一つじゃ無いか、そう――告白。そんなことを会うたびに思っている。
俺の心の底ではちょっとの乙女心が燻っている。
「趣味だったらマジで退学して……で話って言うのは…………なんだっけ……変なこと言うから忘れちゃったじゃない」
「マジかよ、ここまで呼んで、しかも遅刻して……ニワトリかよ」
「うっさいなぁ、じゃぁ適当に時間まで愚痴に付き合ってよ」
あと五分。二人は自販機で紅茶とお茶を購入して横に並ぶ。
お互い一口喉を潤す。
「ねぇ、修哉ってさ、三月の事どう思ってんの」
いきなりの話題に、しかも割と真面目な声音で、思わずむせた。
「どうって? 男目に見て非の打ち所がないほどやさしい、きっといい嫁になるなぁって」
「その言い方気持ち悪い。そうじゃなくってさ異性としてどうかって……好きとか、嫌いとかそういうので良いから」
「それは……――」
緊張の末に絞り出した声はか細く、チャイムの音に掻き消された。それでも莉緒の耳には届いたかも知れない。
「答えはまた次の機会に訊くわ、でも大丈夫そう。修哉って男って感じしないし!」
「それ、意外に悲しいからね? 男として見られたいから」
莉緒は呆れたような顔で笑う。その顔はきっと俺にしか見せていない表情。そう思うだけでなんだかうれしくなる。
早く戻らないと遅刻する、俺たちは少し駆け足で階段を下る。その足を、莉緒の言葉が止めた。
「修哉――」
「――ッ?」
名前を呼ばれたら振り向くのは人間として当たり前の反応で、もちろん俺は躊躇いなく振り向いた、肩に手が置かれて、左の頬に感じた柔らかくて暖かくていい香りのする小さな手。
柔らかくて熱い、莉緒の寄り掛かる体重を支える様に足に力を入れるとさらに強く、互いの感触を確かめ合う。突き放され永遠に感じた三秒は現実に。思わず乙女ヒロインのように唇に指を添えてしまう。
「顔、キモい」
蕩けた思考に刺さる雰囲気をぶち壊す言葉とは対照的に何か決まったような笑顔だった。
この日を境に、浴びせられた罵詈雑言は極めて少なくなった。




