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「あやのさん、あれ、誰?」
『あら、かっさらわれたの?警告したのに?』
姫乃を送り届けた帰り、あやのさんに電話した。警告するくらいには事情を知っている、ということだ。
『お父さんのお兄さんの長男でー…』
「それは聞いた。」
『えー、じゃあ、お父さんの刺客』
「マジか」
『嘘。お父さんは怠慢じゃない傍観者だから。彼はどっちかってーと、姫乃の狂信者かな』
「なんだそれ」
『姫乃にとってアンタがプラスなら味方、マイナスなら敵ってことよ』
あやのさんから聞くところによると、どうやらあの暖人とかいう人物は、姫乃達姉妹が小さい頃はよく会っていたらしい。暖人には妹が二人いて姫乃達と仲が良く、一緒に遊ぶ、というより女子達のお守りとして付き合わされていたようだ。ところがなぜか、自分の妹達よりやたらと姫乃を気に入り、何かにつけて姫乃をかまっていた…。のだが、あの事件が起こる前に父親の転勤でイギリスに行き、数年前に彼だけ帰国し、あの大学に進学した…。姫乃も同じ大学だったと知ったのは最近だった、ということだ。
今更めんどくさそうなのが出てきたが、マイナスになるつもりなんてさらさらない。
とはいえ、先程もわざわざ家の門の前で待ち構えてた暖人に、姫乃を引き渡すのがメチャクチャ嫌だった。
*****
「やあ、遅かったね。ご苦労様」
慇懃に言われてカチンときたが、後ろからおばさんも出てきたので、なんとか納める。
「恭ちゃん、わざわざ送ってくれてありがとうね。ハル君が一緒だっていうからてっきりハル君と帰ってくると思ってたのよ~。でも恭ちゃんならそんなことさせなかったわね。」
おばさんが3人の微妙な空気を察してか、焦って声をかけてきてくれた。
「お母さん!もういいから入って!」
姫乃にグイグイ押されて二人は家の中に入っていった。
未だ玄関の前で仁王立ちの暖人が柔和な顔で言った。
「僕のことは聞いたのかな?」
無害そうな見た目をしてるが、メガネの奥の目が笑ってない。
「聞いた。ハジメマシテ、お兄さん?」
「ひめちゃんと仲直りしたのかな?」
「ええ、おかげさまで」
「君、顔キレイだね」
「……。ありがとうございます」
なんだこの不毛な会話。
「あんまりひめちゃんを泣かすと……」
作ってた笑顔が消えた。
「僕がもらっていくからね」
「はあ…。」
なんでこんなとこで牽制されないといかんのか。再び張り付けた笑顔に戻った暖人は
「ま、俺も同じ大学だから、君の目の届かない所ではひめちゃんを見てるよ」
それは暗に畑中のことを言っているのか?
とりあえず身内ということなら、姫乃を安易に傷つけたりはしないだろう。
「今日はここに泊まり?」
タメ口で聞いた俺を気にする様子もなく
「いや、叔父さんと話してから帰るよ。もう遅いから君も帰りな。またね。」
と言って中に入っていった。
*****
あやのさんは
『まあ、ハル兄はそんなにヒドイ人じゃないし、姫乃はハル兄のこと本当にお兄ちゃんとしか思ってないから大丈夫だよー』
と、ユルい感じで電話を切った。
ああ。
ただ姫乃をそろそろ本気で俺のモノ認定したかった故に素に戻ったのに、戻ったとたん予想以上に色々なとこから横槍が入って、姫乃に集中したいのにさせてもらえない…。
なんだ、この状況。
そもそもの発端は畑中だ。
2年になってしばらくしてから気づいた。姫乃が構内を歩くとチラチラと目線を集めてることに。
特に目立つ容姿でもないのに、なんでか…と思っていたら、ある日例のベンチに薬学部の学生と思われる男子二人が座って話をしていた。
あまり人が座ることのないベンチだったが、たまにあることなので、姫乃に違う場所を指定しようとメールしていたら、彼らの話が聞こえてしまった。
「畑中さん、いよいよ桃井さんに告るって言ってたぜ」
すこし小太りの男が隣のトレーナー男に言った。
「マジか。まあ、でも惚れるのわかるわ~。彼女、よく見るとかわいいもんな」
「ああ、更にあんなことされたらなぁ…」
あんなこと?
「惚れるよなぁ…」
「あんなことってどんなこと?」
二人の後ろから声をかけたら、びっくりして振り返った。
「誰?」
「あ!お前、いつも桃井さんといる……」
「あんなことってどんなこと?」
今度は強めに聞いてみた。一瞬たじろいだ後、小太りの方が教えてくれた。
その日、体調が優れなかった畑中はある実験の最中にその薬品の匂いに酔って気持ち悪くなった。トイレまで間に合わず廊下で吐きそうになったとき、たまたまそこに居合わせた姫乃が、とっさに手持ちのカバンの中身をぶちまけ、畑中に差し出したそうだ。
そのまま立ち去った姫乃を、最初は誰だったかわからず探しだせずにいたところ、このベンチに座ってる所を畑中に見られ、声をかけられた…。しかし姫乃は最初、畑中のことを自分がカバンを渡した人物だとわかってなかった。
この話は薬学3年の間では「カバンの君」と噂になり、それが大学内で広まり、姫乃本人は知らずに注目されていた……ということらしい。
姫乃らしいっちゃあ、姫乃らしい。
が。
何やってるんだー!アイツは!!と思った。
確かに以前、なぜか荷物をすべてコンビニのビニール袋に入れていた日があった。
なんだかむにゃむにゃ言い訳をしていたが、俺のサブバックを貸してやった覚えがある。
そりゃ惚れるだろ。
それでなくても、そこにいるだけでたまに見られてるのに気づきもしない姫乃は、更に自ら魅力をばらまいて、無自覚なのが腹立たしい。
俺だけの姫乃にしたいのに。
もう、どこかに閉じ込めて俺しか見れないようにしてしまいたい。などと猟奇的な考えまで浮かんでくる始末だ。
姫乃が俺に最初から惹かれてるのは分かってる。
それなのにまだ欲しがる俺は欲張りなのか?未だ得られてない確かな言葉をもらっても、もしかしたら足りないと感じるかもしれない。どれだけ姫乃が俺に溺れれば満足出来るのか、俺ですらもうわからない。
だから、今更逃がすわけにはいかない。




