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お昼前の学食はまだ空いていて、食事よりも軽食や飲み物片手にノートを広げたり、友人と喋ってる学生がチラホラいるくらいだった。
私が午前中休講だったので、珍しく朝から別行動で、ここで恭太と待合せしてるのだが、先に来たのは焦った様子の江奈だった。
「ひめ!」
あわてて私の前に座り、ぐっと顔を寄せて小声で話す。
「上村が猛吹雪なんだけど、朝から変な噂が立ってるよ!」
「変な噂?」
30分ほど前に大学に来て、すぐここにいた私はなんのことか知らなかった。
「上村来る前に手短に話すよ。昨日、テニスサークルのコンパに行ったでしょ?そこで、上村と副部長の中山さんが付き合うことになったらしい……って…」
「は……?」
昨日の飲み会で、なぜそんなことになったのか全くわからない。私的には後半の方が怒涛の展開で、唯一思い付くのは、あの時私が付き合ってることを否定して抜け出した後……何かあったのか……?
と、目の前の江奈の顔が私の後ろを見て青ざめる。
「そーゆーわけで、じゃあ!」
何が、そういうわけなんだかわからないまま、江奈はそそくさと去っていってしまった。
「聞いたな」
振り替えるより先に、冷気をまとった低い声がした。
前に立ったキレイな顔が不機嫌に歪んでいる。
「ここだとめんとうなことになるから、テイクアウトして外で食べよう」
そう言って恭太は、私のカバンをサッと持って注文カウンターに向かった。
私はサンドイッチとコールスロー、恭太はブリトーとナゲットとチリコンカンを注文し、受け取りカウンターで待っていると、突然、恭太が顔を歪めて入口を見た。
つられて振り替えると、笑顔でこちらに真っ直ぐやってくる中山さんだった。
「昨日はありがとう。おかげで大成功だったわ」
私達の前に来た中山さんは、恭太に向かって言った。
今日は長い黒髪を結ばずにサラリと流し、珍しくスカートをはいている。でも、ヒラヒラしたものではなく、膝丈のタイトスカートで健康的な足がスラリと出ていた。
「あら、テイクアウト?私も一緒にいい?」
そう言って、さっさと注文し恭太の隣に立つ。
え?なにこれ。3人で食べるの?
私の困惑をよそに、周りからはヒソヒソ何か言われてるのがわかった。
私達のランチが先に出される。袋に入れてもらったそれを恭太が受け取り、さっさと出口に向かうため、私の手を取ろうとした…その手を中山さんが掴んだ。
「やだ、待ってよ。恭太くん。いいじゃん、一緒に食べよ?」
今日は半袖だったので、恭太の腕にぶわりと鳥肌が立ってるのがよく見えた。それに気付いてないのか、彼女は更にその腕にしがみついた。
「吐く」
呟くと、恭太は持ってたランチと私のカバンを私に差し出し、中山さんの手を振りほどき小走りで男子トイレに駆け込んでいった。
「え?」
取り残された中山さんはあっけに取られてる。
恭太は小さい頃からのトラウマで、慣れてない人に触られるのを極端に嫌う。本人はトラウマじゃない、と言い張るが。
微妙な空気の中、二人でトイレの横で待つはめになった…。こんな状況でも私に一切話しかけてこないのが怖い。最初から目も合わしてこないし…。
「も、桃井さん…。」
そこに、横から話しかけてくる人がいた。
げっ…。
見ればそこにいたのは、畑中さんだった。隣の中山さんからギラリと音がしそうなほど見られている。
「あの…携帯変えたかな?連絡しても繋がらなくて…」
すいません、着信拒否してます…とは言えず返答に困っていると、ちょっと青白くなった顔で恭太がトイレ出てきた。
「恭太くん!大丈夫?具合悪かったの?」
すかさず駆け寄る中山さんを、恭太は思いっきり避けた。と、そこでこちらの畑中さんを見て、眉間にシワを寄せた。
なにこの四つ巴。
どうしたらいいのか途方にくれてたら、
「はーーー・・・」
恭太の深いため息が聞こえた。
中山さんと畑中さんの間に挟まれてる状態の私に恭太は手を伸ばし、ぐいっと腰を捕まれ横抱きにされた。
「わっ!」
な、なんかこれ、荷物運ぶみたいなんだけど?
そのまま、二人を一瞥もせずスタスタと店を後にした。
「あの……恭太?中山さんと付き合っ…」
「ってるわけないだろう」
食いぎみに否定された。いや、わかってるんだけども。
いつものベンチだと畑中さんにはバレてる、と恭太はわざわざ大学を出て、近くの遊歩道にあるベンチまで連れてきて、ようやく私を離してくれた。二人してもそもそとランチを食べ始めた。
「なんでそんな話が出てるのよ…。」
ツナサンドを一口かじって呟いた。
「……。そりゃ誰かさんが俺フリー説を確定させたから、これ幸いに自分の都合のいいように噂を流されたんじゃねーの?」
恭太はブリトーを完食したとこだ。
「うっ…。」
答えに詰まる。それって私が原因ってこと?
「それにしても、なんであそこに畑中がいた?」
「呼び捨て…。あの…仮にも先輩。てか、知らないよ。今までは遠くから見られてるだけだっ……」
「…………」
しまった。焦りのあまりツナサンドに指が刺さる。
「昨日の今日で、まだわかってないのかな?ひめのちゃん?」
ひいい!恭太の顔が見られない。横から冷気が漂ってきてるのはわかるんだけど。
「まあ、アイツが姫乃にストーカーぎみなのは知ってたけどな」
「えっ?」
「なんで言わないの?」
「うっ……。だっ…て……。本気でストーカーされてたら、さすがに言うよ?だけど、本当にたまたますれ違ったりするときに見られてる……くらいだったから、そんなに実害があったわけじゃないし……」
ゴニョゴニョ言い訳してるうちに、恭太は全て食べ終えてしまったようで、近くのゴミ箱に包み紙を捨てに行ってた。
「聞いてんの!?」
「聞いてますー。ひーちゃんこそ、俺の話聞いてる?隠し事しないで。全部言って。」
突然、真剣な目で見られた。
「かっ…隠し事なんて……して…ない……。」
「ふぅん?」
どもったのがマズかった。全く信用されてない気がする。
素の恭太に戻ってからこっち、グイグイ来る恭太に圧倒されて、いつもたじろいでばかりだ。
前の恭太とはまったり落ち着いた関係だったのに。
時間をくれる、と言ったけど実はもうあまり猶予はないのかもしれない。だから恭太は本気で捕らえに来るために本性を表したのか。
逃げたい、逃げたいと思いながらここにとどまる私は、足元に恭太から伸びるツルが絡まってきてるのを実は喜んでる。
だから、それがダメなんだってば!




