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会も終わりの頃、唐突に聞かれた。
「恭太、楽しい?」
「は?」
隣にいたひめに突如質問されて、周りが騒がしくてよく聞こえなかったのと、質問の意味がわからなくてアホな顔してしまった。
ひめの表情は、今だかつてないほどの変な顔。
笑ってもないし、怒ってるわけでもない。拗ねてる感じでもなければ、楽しそうでもない…。無表情なんだけど、なにか無機質なロボットみたいな…
「いやー、上村くんと桃井さん、今日はありがとねーっ!」
そこへ快活な声が割り込んできた。
長い黒髪を1つに結わえた健康的な彼女・中山さんは、だいぶ飲んだようで顔は赤いし明らかにハイテンションだ。例の副部長だとコンパの最初に姫乃から紹介された。
ビール瓶を握っているところを見ると、関係者に注いで回っていたらしい。如才ないことだ。
「おかげで大盛況!すでにサークルに加入してくれる人も何人かいて、ホント大成功だよ~♪」
コンパとはいえ、ただの飲み会にしないところが彼女の発案だったようで、参加人数も40人前後とかなり多く、居酒屋を貸し切りにし、途中、人気講師のミニ公演や、卒業生の体験談、ゲームや、テニスサークルの紹介ビデオの上映など、飽きさせない展開だった。
「いえ、ただ食べて飲んでしてただけだったので、かえって申し訳なかったくらいで…」
姫乃が遠慮がちに答える。
確かに、余興がちょこちょこあったし、他に気を引く人物も多数いたので、姫乃も俺もそこまで集中されることもなく、意外と落ち着けた。
そのことを言うと
「そっか、それなら良かった。」
にっこり笑った彼女は、ここで唐突に爆弾を落とした。
「で、個人的に聞きたかったんだけど、二人は付き合ってるの?」
俺達の周りが一瞬静かになった。こちらを向いてない女子達も聞き耳を立ててるのがわかる。
「付き合ってません!」
そこにキッパリハッキリとした姫乃の声が響く。
今、微妙な関係な所にそういう茶々を入れて欲しくなかったのにめんどくさいことになった…と思った所で、隣の姫乃がさっと立ちあがり「失礼します」と早足で店の外に出てしまった。
立ち上がって追いかけようとしたら腕を捕まれた。
振りかえると、今までのはつらつとした笑顔から一転、俺の嫌いなねっとりとした女の顔をした中山さんが見上げてきた。
「ね、彼女はああ言ってるけど?」
捕まれた所からゾワリと鳥肌が立つ。他の女子達の腰が浮き上がりかけて、こちらに来そうなのを横目で見てさらに悪寒が走った。
俺は中山さんの腕を振りほどいて、顔も見ず無言のまま店を出た。
店を出て、繁華街の人波の中にすぐ姫乃を見つけた。早足で人波を避け、「ひめ…」言いかけて止まった。
姫乃の横に見知らぬ男がいる。その男の手が姫乃の肩を抱いている。一瞬、繁華街なだけに強引なナンパ野郎かと頭をよぎったが、違う。
姫乃が体に触られることを許している。
拒否してるそぶりが見えない。
「姫乃」
自分でも信じられないくらい冷静で、かつ艶めいた声で呼んだ。
二人がゆっくり振りかえる。
「こっちに来て」
自分でも自分がわからない。頭の中は真っ黒になってるのに、顔は全開の笑顔になっている。
姫乃が俺を見て怖がっているのがわかる。
その目をじっとそらさずに見た。一瞬の揺らぎの後、男から離れまっすぐ俺の前に来た姫乃をゆっくり両手で抱きしめた。
姫乃の肩越しに男を見ると、そいつはうっすら微笑んでいる。
「アンタ、誰?」
「君が恭太くんか~、聞きしに勝るね~」
妙に間延びしたしゃべり方が、今の俺には癇に障る。
「女の子を泣かしちゃダメだよ」
そう言って、あっさりと雑踏の中に消えて行った。
その後ろ姿を見て、思い出した。
前に例のベンチで見かけた男だ。と、同時に頭のなかであやのさんが言った言葉も…。
「飄々とした変な男にかっさらわれたりしないように」




