その5「命日」
◇妹、兄の部屋へやってくる
妹「兄さん、もう支度できた?」
兄「うん、大丈夫だ」
妹「じゃあ行こっか」
兄「虫除けの薬はちゃんと塗ったか? お前は蚊に刺されやすいからな」
妹「もう耳にタコができるくらい聞いたよ。ちゃんと塗ったから大丈夫」
兄「よし、じゃあ出発だ」
◇墓地にて
兄「――これでよし、と」
妹「兄さん、桶と柄杓返してきたよ」
兄「ああ、ありがとう」
妹「ねぇ、これからどうする?」
兄「ちょうどお昼だしファミレスにでも行こうか」
妹「やったー! なんだか兄さんと外食って久しぶりだね!」
兄「そういえばそうだな。よし、今日はちょっと高いものも頼んじゃおうか」
妹「さすが兄さん! 今の言葉、忘れないでね」
兄「いや、でも、お手柔らかにね?」
◇近所のファミレスにて
妹「兄さん、兄さん」
兄「ん?」
妹「これ見て、私の顔よりずうっと大きいよ!」
兄「ああ、美味しそうなステーキだ」
妹「こんなに大きいの食べきれる人いるのかな」
兄「挑戦してみるか? 二人なら食べきれるかもしれないぞ」
妹「ううん、やめとく。それよりもこっちのオムライスが良いな」
兄「そうか。他に食べたいのはあるか?」
妹「うーんとね、じゃあトリプルキングパフェ!」
兄「トリプルでさらにキング?! もっと食べきれそうなサイズの方がいいんじゃないか?」
妹「大丈夫、もう経験済みだよ」
兄「はは……。うん、今日はまあ良しとしよう。じゃあ俺はこの超特大ステーキにしよう」
妹「兄さんの方こそ食べきれるの?」
兄「大丈夫、経験済みだ」
◇しばらくして
兄「お、きたきた」
妹「うわぁ、メニューの写真よりも実物の方が大きく見える。鉄板からお肉はみ出ちゃってるよ」
兄「懐かしいな。昔、母さんと一緒にここへ来たときに食べたんだよ」
妹「兄さんのお母さんと?」
兄「うん。母さんが亡くなる前に一度だけお医者さんが“外で食事していいよ”って言ってくれてさ」
妹「それでここのファミレスに?」
兄「もう後がないのは分かっていたから、せめて豪華なものを食べに行こうって言ったのに、ここのファミレスに来たいんだって」
妹「そう、だったんだ」
兄「――さて、じゃあ冷める前にいただきますしようか」
妹「うん、いただきます。あと兄さん、ちょっとステーキちょうだい」
兄「ふふ、やっぱり食べたかったんじゃないか」
◆
そう、前に注文したときもこれくらい大きかった。二人がかりでも全然減らなくてさ。
注文する前から無理だって言ったのに、これがもう最後だから好きに食わせろって。
結局、母さんが食べられたのは一口分だけだったけど。
残りは全部俺が食べた。
食べても食べても全然減らなかったよ。
でも、意地でも食べた。
絶対に残したくなかったから。
俺がまだ幼かった頃、月末の日曜日はファミレスの日でさ。
当時はまだ父さんと母さんの仲が良くて、皆で違う料理を頼んで少しずつ交換したりしていたっけ。
そう、中でも俺が好きだったのがステーキだ。
家の食卓にはまず並ぶことのない料理だったから、特別な感じがあったんだろうな。
今思えば、母さんは俺がステーキが好きだってこと覚えていたのかもしれない。
まったく、笑っちゃうよ。
最後の外食なんだから、自分の好きなもの食べろよって。
俺はステーキなんてこれから先いくらでも食べられるんだからさ。
だからもっと自分の好きなものを食べてよ。
わがままを言ってよって。
なぁ、目の前でそんなふうに笑顔でいられたら、もう、食べるしかないじゃないか。
一口も残せないじゃないか。
◇
兄「なぁ、妹よ」
妹「なに?」
兄「二人で食べきれて良かった。ありがとな」