12.沈黙の理由
ウートウシュの意味深な微笑みに対して、リーフェは得意の無表情で問い返した。
「それはどういう意味ですか?」
話すつもりがなければ、最初からそのような話題を取り上げないだろうとリーフェは推測したのだ。勿体ぶった言い方は動揺を誘う為のものであると、改めて確信を深めた。更におそらく自分は彼女にとって『読みにくいタイプ』なのだろうとも……リーフェは考えた。いつから生きているか分からないほど長生きのマコチュヴィカ学院長が、ホフマン首長国の薬草茶の検証をしている時そのような事を指摘していたし、ルトヘルと自分はおそらく性質として真逆であると感じていたからだ。
確かに学院時代、ルトヘルはどんな案件にも取り掛かる傍から即座に、課題点とその対策いついて箇条書きのように整理していくのが得意だった。こういう人が大勢の人間に指示をするような職業にピッタリなのだと、リーフェは彼を評した事がある。思った通り、彼は軍役に就くなり出世街道を驀進していった(とリーフェは伝え聞いていた)。
一方リーフェの思考はゴチャゴチャで常に混沌としている。しかしそのゴチャゴチャしたカオスの中からふとポンっとアイデアや正解が飛び出して来るのだ。リーフェにも自分の思考回路が理解できない事がある、おそらく同時に考えたり思いついたりする事が多すぎて、そのような状態になってしまうのだろうと彼女はそう了解していた。結局答えが出るのであれば、通り道はそれほど重要では無く、彼女は答えを出してから、その理由や根拠を糸を解きほぐすように紡いでいくのが常だった。
「つまらないですねぇ……全然動揺されないのですね、リーフェ様は」
珍しく溜息を吐いたウートウシュをリーフェは静かに見据えた。
「もし秘密があったとして―――ルトヘル様ならきっと、それは私達の事に配慮した末の事だと思うからです。若しくは機密であったりどうしても仕事上漏らす事ができないとか。それくらいの察しは付きますので」
「ふふ……やはり、面白いですね。流石『変わり者の侯爵令嬢』……あ、これはクヴァイ大使の言ではありませんよ、カルス少尉からたびたびそう言うフレーズが漏れておりますので」
「ニーク……」
動揺はしなかったが、思わずリーフェはニークを睨みつけてしまった。先ほどまで真剣な表情で話を聞いていた筈のニークは気まずげにスッと視線を逸らした。そのままリーフェの追求を躱すようにウートウシュに視線を戻す。
「『都合の悪い事実』って言うのは一体何なんだ?其処までバラしたなら、隠すつもりは無いんだろう?」
「おや、カルス少尉も落ち着いてしまわれましたね。従兄妹同士で息が合いますね……」
意味ありげにニークに視線を返すウートウシュを、彼は真っすぐに見返した。
「もう何を言われたって動揺はしねーよ。どうせ色々隠したって、隠している事自体お前には分かるんだろ?」
おそらくニークの思慕も、ルトヘルの長年の片想いも。何となく言葉にするような情報より、感情の色のような物の方が読みやすいのだろうと……ニークにも予想がついて来た。おそらく思考が読めると言う能力については口にせずに黙っていた方がより、ウートウシュに有利になる筈だろうとも。手の内を明かし過ぎるウートウシュは実は完全に敵とまでは言い切れないのではないか……、そうニークは思い始めていた。まだそれは憶測の域を出る訳ではないが。
皮肉屋なのは、動揺を誘う為でもあるかもしれないが、ウートウシュの性質なのかもしれないとさえニークには思えて来た。
するとフーッと溜息を吐いてサラリとした黒髪を耳に掛け、ウートウシュは片膝を付いてリーフェとニークを見上げた。まるで敬意を示すかのようなその動作に、リーフェは口を引き結ぶ。
「クヴァイ大佐が貴女様に伝えていないのは、確かに貴女の気持ちを慮っての事です。私共はアルフォンス様を見込んでお願いをする代わりに―――質を取りました。途中で投げ出されては困るからです。何故なら私共の願いを叶え、尚且つホフマン首長国の歩む道筋を変える事ができる者は……ズワルトゥ王国王弟であるアルフォンス=ファン=デ=ヴェールト=ズワルトゥ様なのだと、巫女姫様の易占にハッキリと現れたからです」
「では、もともと遠征軍にアルフォンス様が選ばれたのは―――国王陛下の……フェリクス様の意向だけでは無かったのですか」
リーフェの頭の中で点と点がピン!と細い糸でつながった。
「はい、こちらからアルフォンス様を旗印にするよう誘導させていただきました」
悪びれずに真っすぐとリーフェを見上げ、ウートウシュはそうハッキリと言い切ったのだった。




