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10.巫女姫の伝言



「私は巫女姫の使者としてこちらに参りました。リーフェ様に危害を加えるつもりはありません」


首に刃物を突き付けられながら、黒髪の侍女は落ち着いた声音でそう言った。全く動じない相手の様子に内心驚きながらも、ニークは低い声で呟くように告げた。


「こんな夜中に、無断で寝室に忍び込むような人間を信用するなど、無理な話だ」


ふむ、と侍女は目を細めて思案し、それから再び口を開いた。


「このような物で私の動きは制限出来ないのですが……貴方の気が済むならそのままでも構いません。お話を聞いていただきます」

「何だと」


苛立ち混じりのニークの言葉を意に介さず、侍女は静かに呟いた。


「リーフェ様が遥々ホフマンまで探しに来たのは―――薬草だけでは無いと、巫女姫様は承知しております」

「……」

「ニーク」


それまで黙って顛末を見守っていたリーフェが、口を開いた。


「刃物を下ろして。―――神力を持つ者は、暗示を掛けて他人の行動を抑制する事が出来るのだと聞いた覚えがあるわ。尤も神力の強さに依るらしいし一般人には無理かもしれないけど巫女姫の侍女であるウートウシュ様であれば……持つ神力もお強いのかもしれない。それにもしそれがハッタリだとしても……ホフマン国内で彼等が用意した宿舎の中で―――私達が彼女を傷つける訳には行かないでしょう?」


薬草茶の効果を検証するにあたり、リーフェはマコチュヴィカと共にホフマン首長国の民が持つ神力についても幾らか調べたのだ。神力を持つ者は他人の精神に何等かの影響を与える事が出来、またその時心の中でイメージしている事を視る事が出来る者もいると言う。これは神力の強さだけでは無く読もうとする相手の特性にも依り―――例えば、心が読みやすい相手と読みづらい相手が存在するらしい。暗示についても同様で、しかもそう言った精神感応の効果については、その時の相手の精神状態にもかなり左右されるらしい、と言う事までは分かっていた。


だからこそ、易占の前に薬草茶が振る舞われるのだ。


神力を持つ者が易占を行う時、未来を視る力を使うと言うよりは相手の心理状況や現在の実態を読み取り、今後の成り行きを予想している……と言うのが正確な所らしい。リーフェがマコチュヴィカと薬草茶の検証を進めるに当たって調べた所、未来を視る力を持つのは神殿に属するかなり位の高い者達に限られるらしい、と言う情報を得ていた。もっとも、それが事実かどうかまではリーフェは判断できなかった。実際の所、直接神力を持つ者に検証実験に関わって貰った訳ではないし、あくまで噂、伝聞の範囲を出ない雑学のようなものだった。


そして相手の精神状態により読みやすさが違うと言う情報が本当なら、薬草茶の役割は相手の心の緊張を解き心を読みやすくする事なのだろう。

だから巫女姫の謁見の前に控室で、あの薬草茶を振る舞われた―――そして、リーフェとニークの何れかの心の中を巫女姫の侍女、ウートウシュが読んだとすれば……リーフェが海を越えてホフマンにやって来た本当の意図を知っていてもおかしくはない、そう彼女は思ったのだ。


リーフェは枕元にあった羽織物を肩に掛け、ゆっくりとベッドから降りてウートウシュの前に立った。チラリとニークを見ると、少々不満げながらもニークは短刀の剣先を体に纏った鞘に納めた。しかし柄からは手を離さないまま、じっとウートウシュの近くから離れず間合いを計るように油断ない視線を彼女に向けている。


「……話が早いですね、流石アルフォンス様の婚約者であらせられる」


ズワルトゥ王国内でも公にされていない事実を指摘されて、やはり、とリーフェは思う。それともルトヘルから何等か情報を得ているのだろうか……?とも考えた。そう言えば控室でルトヘルは薬草茶を口にしなかった。薬草茶の実態を知っていたか、知っていないまでも胡散臭く感じていたのかもしれない。

その時リーフェはまだ、神力を持つ者が精神感応の能力を持つと言うのを、何処か眉唾モノのように考えていた。元々検証の際に自分に薬草茶の効能がそれ程影響しないと言う事も知っていたから、特に気に留めずに薬草茶を口にしたのである。

得ていた情報でも、心を読むと言いつつも相手の表面的な気分を読めると言った程度の事で、例えば人の名前を易占をするものが告げてそれに関する印象や、記憶の断片を視る事が出来る程度なのだと聞いていたし、神殿に属する者や巫女姫の神力が如何に強いとは言っても、それは権威づけの為に流布された大袈裟に装飾された噂のような物なのだろうと推測していた。


「それで、巫女姫様からのお話とは?」

「アルフォンス様は御存命です」

「え……?」

「貴女がお考えの通り、彼は生きております。けれどもまだお返しする訳には行きません」

「何だと……っ」


それまで押し黙っていたニークが、押し殺した声を上げた。リーフェはポカンと、ウートウシュの顔を見上げたまま固まっている。




「巫女姫はアルフォンス様にある依頼を行いました。それが為されるまで、ホフマンから彼を出す事はあたわないと言っているのです」



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