3.巫女姫の申し出
しかし状況はルトヘルの思惑と逆の方向へ向かってしまったらしい。
ルトヘルが調査団の代表者数人を連れて宰相と巫女姫に謁見した所、随行している王立学院長の代行者と対面したいと巫女姫から内々に申し出があったそうだ。若干苦々し気にその申し出について説明するルトヘルに、ニークはやはり違和感を抱かずにいられない。
「……リーフェが巫女姫と謁見すると、何か不都合があるのでしょうか?」
訝し気に尋ねるニークに対して、ルトヘルは眉を顰めて口を噤んだ。
鈍いリーフェはキョトンと睨み合う二人を交互に見ている。その真っすぐな視線から逃れるようにルトヘルは目を逸らした。そしてニークの質問には答えず、淡々と予定を口にする。
「本日晩餐の席に着く前に、謁見室に出向いて欲しいとの事です」
「ご夕食の席では無く……?」
提案を受けた時、てっきりリーフェは晩餐に巫女姫が同席する物だと受け取っていた。しかし晩餐には宰相が同席するだけだと言う。
「ひょっとして、巫女姫様のお加減が宜しく無いのですか?」
「いえ、ホフマン首長国の首長である巫女姫は滅多な事では公に顔を出しません。謁見も御簾越しに行われます」
「御簾越しに?異国人に顔を見せられないような理由があるのですか」
「異国人だけでなく、ホフマン首長国の民であっても巫女姫の尊顔を拝する機会は限られています。この国の習慣としか言えないのですが―――巫女姫になった時点でその存在が神格化されるようです」
「では一生巫女姫様は神殿に閉じこもっておしまいになられるのですか?」
だとするとかなり本人の負担が大きいのでは無いかとリーフェは思った。もし自分がその立場であったなら、耐えられないとも。
するとルトヘルはアッサリとそれを否定した。
「いえ、実は『巫女姫』と言う立場は任期があるらしいのです。巫女姫は神力と言う未来を占う能力を持っていて、易占により国の方針を決定します。その能力を発揮できる能力者が一定期間ごと代替わりし務める事になっているので、神殿に籠り公に顔を出さない期間はその任期中のみとなるそうです。巫女姫に選出される以前は、当然彼女達は神殿で修業を行うのですが―――その間は顔を隠しませんし、任期明けは還俗して市井に下り結婚する事も可能になるそうです」
「結婚も……できるのですか?」
ズワルトゥ王国にもホフマン首長国とは異なる組織だが宗教施設が存在する。そしてその司祭となる者のうち一部、高い位に着く者は誓いを立てた後生涯独身を通すことになっている。だからホフマン首長国の長まで務めた巫女姫が、任期中は厳重に俗世と隔絶されるのに、任期後一般の民と同じように結婚ができると言う割り切りの良すぎる考え方に、リーフェは興味を抱いた。
その瞳がキラキラと輝くのを横で見ていたニークは(またか)と、呆れたように溜息を吐いた。しかしリーフェと同様、深い探求に興味を持つ性質のルトヘルは身を乗り出して、更に説明を続けた。
「ええ。何故かと言うと、神力は血により受け継がれるからだそうです。つまり体質なのでしょう。だからむしろ巫女姫まで上り詰めた女性の血統を絶えさせる方が、国の不利益と考えられているようです。易占はホフマン首長国の主力商品と言っても過言ではありませんから」
ホフマン首長国の易占を受ける習慣は諸国に根付いており、祭事には能力者が招かれ一般の民が列をなして自身の未来を占って貰おうとする。占いだけでなく、招かれた占い師は薬師の真似事も行っている。体調の悪い者があればその原因を占い、簡単な薬湯を処方したり、快癒の呪いを与える事もある。しかし通常ホフマン首長国の易占を招聘し利用するのは貴族や商人などの権力者が多い。健康問題以外にも領地経営の方針や縁談相手との相性を占ったり、方替えや建物の配置や方角に問題が無いか占って貰う者も多いらしい。そこには当然金銭の遣り取りが存在し―――いわば易占はホフマン首長国の主力産業なのだ。
「優れた能力者の子供は優れた能力者になる、という事ですか?」
リーフェの瞳がキラリと細められた。彼女は更に身を乗り出してルトヘルに詰め寄る。ルトヘルも学院時代からリーフェが興味を抱いた時の並々ならぬ集中力を承知しているので、先ほどの煮え切らない態度をすっかり置いてきぼりにして、彼女の関心を微笑ましく見守りながら言葉を続けた。
「いえ、必ずしもそうでは無いようです。伝わる能力の強さは個人により様々だそうです。ただ女児を五人産めば二~三人の子供に能力が受け継がれると言います」
「能力は女系でしか受け継がれないのですか?」
「いえ、稀に……十人に一人ほどの割合で男児にも能力が受け継がれる事があります。ただ一般的に女性の方が男性より強い神力を持つと言われているそうです。このためホフマン首長国の首長は歴代『巫女姫』となっているようです。実際神殿には男性も所属しております」
「男性も首長になる事は可能なのですか?」
「どうでしょう?しかし一定期間所属した後、還俗するのが普通のようですね」
「男性も還俗が可能なのですね」
「ええ、むしろ職場結婚というか……能力者同士で還俗して結婚する場合が多いそうです」
話を弾ませる同窓生二人を静かに見守っていたニークがおもむろに口を開いた。
「じゃあ、能力者から生まれた無能力者は……肩身の狭い思いをしているのでしょうか?」
ポツリと呟かれた疑問にルトヘルは一旦口を噤み躊躇ってから、再び口を開いた。
「昔は……そう言う場合が多かったそうだ。野心的な親が神力のある子と無い子で明確に扱いを変えていたと言う事もあったらしいな」
「『昔は』?」
リーフェが彼の言葉を拾って復唱すると、ルトヘルは苦笑して首を振った。
「今の宰相も、能力者を母に持つ無能力者です。現在は能力者の家系は『華族』と呼ばれて、シュバルツ王国の貴族のような権力を持った一代勢力を形作っています。むしろ……神殿に閉じこもり直接民に接する事ができない巫女姫の代わりに、巫女姫の声の体現者となる宰相の方に権力が集まりつつあるようです」




