4.謁見の間
ルトヘルに伴われて入った部屋は想像していたよりずっとこじんまりとしていた。
前室で靴を脱ぐのは神殿のしきたりに従っての事だと言う。神殿では外の世界と隔絶していると言う意識を高めるため、巫女姫の身の回りに関わる部分や神殿の祭事に関わる部分については履物を脱ぐしきたりとなっていると聞き、リーフェとニークは素直に靴を脱いで足を踏み入れた。
前室で椅子に着くよう促され、お茶を振る舞われる。すると何とも良い香りが立ち込めた。それが紫香茶と言うホフマン首長国で愛飲される薬草茶であると言う事に、リーフェは直ぐに気が付いた。その中でもとても上質な物だと香りの豊かさから推測する。おそらく神殿や首長国の中でも位の高い者が嗜む高級な茶葉なのだろう。リラックス効果があるため、ホフマン首長国の占い師が易占の前によく客に振る舞うと聞いていた。王立学院で以前、この薬草茶の研究を行った事がある。しかしこれほど高級な物は滅多に味わえないだろう、とリーフェは思わずニコリと微笑んだ。
「不思議な香りのお茶だな」
「紫香茶よ。ニークは飲んだ事無いの?」
「ない。ほろ甘いな」
「無理して飲む事はない。直ぐに晩餐だ」
お茶を一口飲んで眉を顰めるニークに、ルトヘルは表情を崩さずに告げた。
「易占の前によく振る舞われるそうだ。……心の緊張を解く効果があると聞いている」
「ルトヘル様はお好きでは無いのですか」
「……苦手でね。リーフェも無理して飲む事はない」
苦手と言うだけあって、ルトヘルは一口も口を着けようとしなかった。
「私は好きですよ。マコヴィチュカ学院長と一時期よく淹れました」
「単にお茶として飲んだのではなく、実験だったのだろう?」
「そうですね。お酒みたいな効果があって、面白いですよね」
ニークはその言葉を聞いて、それ以上口を付けるのををやめた。
「何だか気味が悪いな」
「お酒に弱いなら止めた方がいいかも。私はあまり効かないタイプらしくて単なる甘いお茶にしか感じられないのよね。学院長は元から薬や薬草の類が効きにくい体質だし。一緒に実験した学生の中にはウトウト眠っちゃう子もいたわね。そう言えばルトヘル様はお酒が苦手でしたっけ?」
「いや、酒はそれほど……しかしこのお茶は……」
そんな話をしている所に、胸の前で布を合わせ太い帯のようなもので腰の周りをグルグル巻いた不思議な出で立ちの女性が現れた。
「整いましたので、こちらへ」
三人は視線を交わして頷き、立ち上がるとその女性の後に付いて漸く開け放たれた引分扉の向こうへと足を踏み入れた。長い廊下のような部屋が続き、何度か角を曲がるとまたしても同じような引分扉が現れた。その前に立つ番人に女性が頷いて見せると、番人達は無言で頷き道をあけるように一歩下がるとゆっくりと扉を両側に引き分けた。
開いた扉の向こうに廊下のような部屋の五倍ほどの幅のある奥行きのある空間が広がっていた。一気に視野が広がる。しかし其処には案内した女性と似たような装いの女性が一人立っているだけだった。長い黒髪がキラキラと照明の灯りに輝いて見える。白く透き通ったような肌色の若い娘だ。彼女はルトヘルに伴われたリーフェとニークを認めると、頭を下げた。それからツッとリーフェ達の正面にある一段高い御簾で囲まれた空間を、優雅に差し出した白い掌を上に向けて示した。
「ホフマン首長国へ、遠い地から遥々ようこそお越し下さいました。こちらにおわしますのが、我が国の首長たる巫女姫でございます」




