お祝い記念。 幼い王の健やかな成長の為に〜あるお世話係の一日〜
少し遅くなりましたが、祝!総合評価二千超え。
これも読んでくださる皆々様のおかげです。
活動報告内で載せる予定でしたが五千文字を超えたあたりで諦めました。
周りから評価が良かった幼竜時代のお話です。楽しんで頂ければ幸いです。
歪みや気泡のない透明なガラス窓から射し込む光が徐々に明るさを増す七の時10分前。
廊下の窓から光が増す中、見上げるほど高い漆黒の重厚な扉の前で宵闇色の髪の女性が立ち己の身だしなみのチェックに余念が無い。
先ずは上から。高い位置で纏め上げられた髪は一筋の乱れも無い。
幼き王に触れる指はヤスリで爪を丹念に磨き丸みを出し、美しい鱗に傷一つ付ける事は無い。無論手も香油を使い保湿を保ちつつ柔らかスベスベだ。
靴の汚れ無し。お世話係専用の白い服は汚れもシワも一つ無い。
因みに白い服は汚れ一つ付ける事無く完璧に任務を遂行するという彼女達の強いプライドの表れでもある。
女性は丁度10分後に全てのチェックを終えると満足気に頷きそっと扉を開けた。
大人数人がかりでも困難であろう扉を軽く片手で開けた女性は勿論人間ではない。本日竜王様専属のお世話係担当のサファイアドラゴンだ。
本来ならば王に自慢の鱗をお見せ出来ない事を残念に思わないでもないが、直接お世話をするとなると話は別だ。
巨体と短い手足は細かい作業には向いておらず、どう考えても人間の姿の方が便利がいい。
それぞれの一族から選出された彼女らは目を奪われる程の美しい容姿、貴族の様な洗練された動作、知識、戦闘能力に至るまで各国の大貴族や王族が召し抱えたくなるだろう一流の精鋭部隊である。勿論何処ぞの馬の骨などに使える気は無いが。
静寂の中を衣擦れの音もたてずゆっくりと進む先に一際大きなクッションが見えてくる。
遠目からでも分かる程上質なフンワリ柔らかい白のクッションは、近づくとお日様の匂いがしてくる。白い生地にある細部まで施された同色の刺繍に気付いた者はその技術の高さに驚く事だろう。
絹虫の糸から紡いだ生地は柔らかさと肌触りは一級品だ。
彼女は深呼吸をし乙女の様に高鳴る胸を押さえながら覗き込むと、ステンドグラスから射し込む柔らかな光で煌めき、神秘的な透明感のある黒い鱗を持つ小さな竜が中央に寝息を立てながらスヤスヤと寝入る姿にフラリと目眩で倒れそうになるのを必死の理性で押しとどめる。軽く頭を振りもう一度深呼吸を一つ。顔を赤らめながら、ドキドキバクバクと動く鼓動を抑え震える指をそっと近付ける。
数日前から喉に良いと言われるハーブを食べ尽くす勢いで大量に摂取しているので声の調子もバッチリだ。それでも感動で僅かに震える声を叱咤しながらそっと呼び掛けた。
「王、幼き王よ。
もうすぐ起床のお時間でございますよ」
甘く優しい穏やかな声にまだ眠いのかもぞもぞと何度か動いた後、薄っすらと目を開くその色は透明な黒。半開きのままイヤイヤと無図がる様な仕草に咄嗟に口を押さえ吐血を防いだ。よくやった自分。
落ち着く為に一から千までの数を音速で数えた後、そんな事を微塵も感じさせない聖母の様な笑顔でそっと手に持った柔らかな布で抱き上げれば、両手にかかる尊い重みに今すぐに死んでも本望だと思う。勿体無いから死なないが。
感動のあまり滲む涙を振り払い食堂まで移動した。
本来なら竜種は空気中に含まれる魔力を吸収し生体エネルギーに変換しているが、幼竜はまだ力の調節が上手くいかず一定期間親に分け与えられた魔力で成長する。
しかし親もなく卵が突然顕現する竜王は、誰に教わらずとも自ら魔力を取り込み成長することが出来るのだが誕生したばかりでは上手く吸収出来ないので魔力の不足分を食事で補うのだ。
余談だが成竜になってからも必要もないのに竜王が嗜好品として食物を食べるのは、この幼竜時の食事の記憶が刻まれているものと推測されている。
竜種の中でも力は最弱に分類にされるクリスタルドラゴンは総じて手先が器用で凝り性である。
そんなクリスタルドラゴンの料理長は若い頃は趣味が講じて人間に紛れ料理人として修行をした異色の経歴の持ち主だ。
そろそろお迎えが来る年齢の今では日がな一日寝てばかりいたが、竜王様の為にと料理長選抜の料理対決でヨロヨロしながらも圧倒的勝利を収め専属料理人の座を勝ち取った。
独創的料理と創作料理とでは勝負にもならないだろう。
ヒュー、ハー、と浅い呼吸をしながら作るものは食べた事が無いほど美味しく、同時に(いつお迎えが来るか)ドキドキする料理だ。
クリーム色のクッションにそっと降ろすと緑や紫の髪の女性達が次々と器を持ちながら運んでくるのは、色鮮やかな南国から取って来たフルーツを始め、山羊のヨーグルトに花蜜を添えたものや生米をミルクでコトコト柔らかく煮た上に数種類のフルーツをカットした甘いソースや砂糖を掛けたもの、森の宝石と呼ばれる大粒の山葡萄などが食べやすいよう皮を剥かれた状態で所狭しと並べられている。幼竜は基本甘いものを好む為、甘くて消化の良いものが用意される。
そしてここからがお世話係達にとって最っっっ高な時間の一つだ。
一口サイズにカットされた果物をフォークに刺し差し出すと、まだ半分寝ぼけ眼で口をパクリと開けもしゃもしゃ食べる姿に、支給しているお世話係の女性も配膳係も護衛に至るまで全員が大声で咆哮したいのを腕に爪を立て自制する。
一口ずつ口元に運ぶたびに寿命がギリギリと削られている感覚だが、眼福により寿命が延びプラマイゼロだ。
暫く至福の時間は続きやがて満腹になったのか、けぷっと口から音を出すと差し出されたものをフルフル首を振り拒否し、満足気にポンポンとぽっこりお腹を叩いた。
ーーーはう。
遠くでバタバタと何かが倒れる音が聞こえてくるがそれどころでは無い。他人より自分だ。この瞬間を脳裏に焼き付けておかねば死んでも死に切れない。
瞬きの時間すら惜しいと、眼をグワッと見開きガン見するお世話係達だったが、至福の時間は大きく扉を開く音で終わりを告げる。
「お食事は終わられたようですね」
「やっとあたし達の時間だね」
「今日は何を学ばれるんだ?」
「今日はね〜、人間の生態だよ」
出たな、諸悪の根源共。
右から竜種の中でも抜きん出た知能と美貌を持つエメラルドドラゴンのアゼル。
竹を割ったような性格で、族長と同等の実力があると噂されるルビードラゴンのレイラ。
能力もさることながら、状況判断に優れ冷静沈着なサファイアドラゴンのガイラル。
様々な魔道具の開発を得意とし、史上最年少で守護竜になったアメシストドラゴンのルト。
見目麗しく強い力を持つ彼らは新しく守護竜になった年若い竜達だ。
守護竜とは次期族長であり数百年地上で大地の守護をする役目を負う。人間達は国を守る守護者と勘違いしている者も多いが監視というのが正しい。
基本自分大好き煩わしいの大嫌い、なこの種族。『あぁん?何百年も人間の監視するだぁ。面倒い。んな地位は要らん』と辞退する者が続出し交代の時期になると肉体的説得で引き継いでいた状況なのだが、竜王が在籍中は教育係兼直属の部下として補佐をする任を負っている。美味しい、美味し過ぎる。誰からも文句を言われる事……はあるかもしれないが正当な理由で堂々とお側に居ることが出来るのだ。こんなに美味しい話はない。
そんな理由でこの度の守護竜選抜戦は凄かった。
詳細は省くが未だ半数近くが療養中というのだからその凄まじさが伺える。
ほんの一瞬意識を飛ばしていたお世話係だったが、アゼルの腕の中にいた竜王様に驚愕した。
なっ!?いつの間に!
お世話係兼護衛としてもそれなり、と自負していたが、動きを見切れなかった!?
アゼルは小馬鹿にした様な目でこちらを睥睨すると、腕の中にいる王に下は三歳の幼竜から上は何千歳の老龍まで虜にする笑顔を見せ付けつつ部屋を後にする。
ぐぬぬぬぬっ。
今から竜王様は守護竜達とお勉強である。
取り返したい衝動に駆られながら、連れ去られて行く王の後ろ姿を見送りハンカチを涙で濡らした。
落ち込んでいる暇は無い。お世話係は忙しいのだ。次はお部屋の清掃。
掃除は上から下へが基本。
毎日しっかりと掃除をしている部屋はピカピカだが、汚れ一つ残さない様に丁寧に磨き上げる。勿論魔法を使うなんてご法度だ。心を込め(込め過ぎ)てオレンジの皮から煮出した液体を使いキュッキュッと磨き上げると微かに香るオレンジが気持ちを落ち着かせる。あまり磨き上げると床がすり減るのでほどほどにしなければ。最近四回目の床の張替えを終えたばかりである。
次に植物の蔦を曲線模様に縫いこまれたクッションの中には睡眠に良いと言われる香草が入っている。
これにムームー羊の羊毛を入れて寝床の完成だ。
安眠もバッチリ。万が一王が悪夢を見るようであれば夢の中までも行って相手を切り刻む所存だ。
お勉強を終え、少しぐったりとした王から離れない守護竜達をベリッと剥がし夕食の準備。
焼いて甘みを出した芋は皮を取り除き丁寧に潰しバターと混ぜ合わせたスィートポテトもどきに、小麦粉を練った薄い生地に果物などを包み軽く焼き上げたもの、撲殺出来る程の堅いパンは棒、いや拳で食べやすい大きさまで砕いた後ミルクに浸し、そこへ野菜と少量の肉を入れトロトロになるまで煮込まれたパン粥は上に粉状にした大豆と花蜜をかけて食べる。甘く焼いたリンゴは芯をくり抜きバターを入れてシワシワになるまで甘く煮詰める。一抱えはあるガラスの器には果物が宝石の様に山積みされている。
スィートポテトもどきが気に入ったのか一匙口に運ぶたびに一瞬だけふにゃん、と顔が緩み、それを見た周囲も一瞬だけデロデロに顔が崩れ、しかし直ぐにキリッと戻す早業は最早はプロの技だ。
食事を終えられた後にはご入浴。
いつも守護竜達が突進してくるが、乙女の柔肌を殿方に見せるなど言語道断。
一部を除き全ての警護やお世話係など仕える者たちが一時的にレイラと共闘し撃退。レイラには特別報酬として一緒にお風呂、の特権が与えられている。
己の欲望の為ならあっさりと仲間を裏切るレイラはある意味清々しいくて気持ちがいい。
本日も無事撃退し、今は温かいお湯が気持ちいいのかほんわか目元を和ませながら浸かっている王の玉のお肌、もとい鱗に優しいオーガニック100%の石鹸を泡立てながら柔らかい布で一枚一枚丁寧に鱗を磨き上げてゆく。
モコモコした泡が楽しいらしく浮かび上がる幾つものシャボン玉をキョロキョロと目で追いかけては、そっと手を伸ばし弾け消えていくシャボン玉にしょんぼりとする。
可愛いは正義。
込み上げてくる熱いものを何とか抑え込む。ルビードラゴンのお世話係が湯船を血で真っ赤に染めた事件はつい最近の事。同じ失態はごめんだ。
テキパキとご奉仕するお世話係をレイラがうらやましそうに見るが、情に絆されてはいけない。
前に一度、別のお世話係がレイラがどうしてもとせがむので布を渡したところ……いや思い出すまい。ただ緊張のあまり馬鹿力が更に超馬鹿力になりお美しい鱗が傷だらけになった、とだけ言っておこう。
今の彼女は溺れないよう後ろから王を抱える係だ。
全てを終えた後もまだ縋るレイラをベリッと剥がし、お風呂上がりは水滴を魔法で素早く乾かした後には程よく冷えたミルクに花蜜を入れた飲み物を一気飲み。飲み終えると最後にぱかり、と開けたお口の中に生えている可愛らしい牙を丁寧にブラッシングした後でうがいをさせ口の周りを柔らかい布で優しく拭ぐえば終了だ。
クッションに埋れながら体を丸めスヤスヤと眠る王をガン見するお世話係。口を覆っているハンカチがだんだんと赤に染まっていく様は、第三者から見ればホラーである。
断腸の思いで視線を剥がし、静寂の中そっと扉を閉め防音魔法を確認すると、廊下を走りながらスカートの中に忍ばせていた柄の短い小型のバトルアックスを両手に持つ。接近戦は勿論、投擲による遠距離攻撃にも優れた武器だ。
小走りで急ぐお世話係の右側から控えの支給係がツインスピアを担いで並走して来た。お互いに眼を合わせニヤリ、と笑い合い先を急ぐ側からハルバードやショートダガー、メイスなど、それぞれの武器を持った護衛達が合流していく。
これから添い寝に向かおうとする守護竜達を他の護衛や控えのお世話係と共に撃退するのが夜日課だ。
睡眠を妨害する幼い王の睡眠を邪魔する者はメスのレイラでも敵だ。
全ては竜王様の健やかな成長の為に安眠妨害する悪夢は排除しなければならないと心に固く近い武器をギュッと握り締めた。
山の間から薄っすら差し込んで来る光が終了の合図だ。
守護竜達が去った後には死屍累々が地面に横たわっており、ぜ〜ッは〜ッと今にも途切れそうに肩で息をする音がそこかしこで聞こえてくる。死人が出ていないのが不思議な程、皆ボロボロだ。
今回も何とか数で押し切り無事撃退に成功したが、やり切った達成感と疲労困憊で腕一本ピクリとも動けない状況を歯がゆく思う。あいつらの体力は一体どうなっているのか。
奴らはこれから数時間の仮眠の後、通常の職務に戻る。解せん。こちらは起き上がる事もままならないのに化け物か?
竜王様にお使えする者たちは大勢えるのだが、夜の襲撃の所為で必要最低限の人数を保持しながら体力を回復した後にまたお役目が回ってくる。
だからお世話係は自分ではなく明日、いや今朝から待機している別の者が担当だ。
サファイアドラゴンのお世話係はボロボロになりながらも、幼い王の睡眠を守れた事に満足しながら疲労のために襲いかかってくる睡魔に身を委ねた。
因みに本編では料理長様は亡くなられています。
本来、凝り性のクリスタルドラゴン達が作る食事はそこそこ美味しいのですが、竜王に会えた事で感情のバロメーターが振り切れ、ハイテンションのままいろんな調味料を大盤振る舞いした結果、恐ろしい料理に成り果てています。(笑)
料理長の彼がいたら昼食はまだマシなものが食べれたのでしょうが。σ^_^;




