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突入

 アクセスありがとうございます。

 着地の衝撃が全身にほとばしって、わたしは「きゃん」と声をあげました。恐る恐る目を開けてみるとそこは暗い暗い穴の底、上空にはお月様くらいの大きさに、真っ白い穴の入り口が見えておりました。

 スカートについた砂を払って、わたしは暗がりの中から天沼さんを探し出しました。土の上に仰向けに、ローブをはだけさせながら寝転んでおられます。あんまり高いところから落ちすぎて、気を失ってしまったのでしょうか。

 わたしが手を引くと、天沼さんは渋い顔をして目を開けました。

 「偉い落ちただぁねぇ」

 天沼さんは高い高いところにある穴の入り口を確認すると、訝しげに目を細めることをします。

 「ざっと十階分以上は落ちているだぁね。実を言うと試しに頭から落ちてみたんだぁが、あたしの体にゃ傷一つない。こんなに落ちたらふつう死ぬだぁよ」

 天沼さんはローブに付いた土を払うこともせずに、穴の中の観察を始めます。大きなはしごを目にしてはこう言いました。

 「脱出したけりゃこれ使え、ってことだぁね。異世界に迷い込むかどうかは、落ちた奴の自由ってことなんじゃないのかい? なかなか良心的設計だぞよ。でもこの距離をはしごで上る度胸があるかどうか、それは別問題なんだぁね」

 天沼さんはそのまま壁伝いに移動して、大きな鉄の扉の前まで来ました。飯田くんの身長よりもずっと背の高いその扉には、いくつかの建物と行きかう人々、そして『平野の大都市イニーツィオ』という文字が書かれておりました。

 「ここを潜るんだぁね」

 天沼さんは唇の端を持ち上げて、にやりと微笑みました。

 「さあ。大冒険の始まりだぁね」

 扉を押し開けると同時に、隙間から眩い光がわたし達を照らしました。


 向こう側でわたし達を待ち受けていたのは、とっても青い空と人々の町でした。

 木造らしきいくつかの建物が太陽の光に照らされております。剣や盾を持ち、犬や馬をお供にした人々がその隙間を行きかい、町は活気に溢れておりました。

 「すごいです!」

 わたしはついつい興奮の声をあげてしまいました。土が剥き出しの地面に、車のいない道々を進む馬に乗った人。見たこともないような格好をしたその人たちは、わたしたちの方を気に留めることなく自分の道を進んでおりました。

 「RPGにおける『はじまりの町』的なところだぁね。こいつはおもしろくなって来たんじゃないのかい?」

 天沼さんは嬉しそうにそう言ってはにかんで、それから近くにいた鎧を着た男の人のところまで、ちょこちょこと近づいて行きました。天沼さんに構わず先に進もうとするその人の肩を捕まえて、自分の方に向かせると天沼さんはこう問いかけました。

 「やい鎧の人。まず一つ目ここはどこなんだぁね? 二つ目あんたは何してる誰なんだぁね? 三つ目この世界に魔王はいるか教えるんだぁね。四つ目あたしたちと同い年くらいの、ヒネた男と顔の怖い男の二人組を見ていないかい?」

 矢継ぎ早に質問する天沼さんですが、これでは男の人も答えられるはずがありません。口を出そうと近づいてみますが、男の人は表情を一つも変えずに、淡々とした口調で答えました。

 「まずここはイニーツィオ。平野の真ん中に作られた大都市だ。武器の産業が盛んで、冒険者の町とも呼ばれている。人が多く、商人が良く市を開きに訪れるので、自給自足の必要がないんだとか。

 次に俺は冒険者で、ついさっきここを訪れたばかりだ。質の良い武器がたくさん手に入る上に、ここを経由することで色々な町へ行くことができるからな。冒険の目的は、自分を強くするためだ。

 次にこの世界には憎き魔王がいる。この町が大きな石垣で囲われているのは、魔王が放った悪しき魔物の軍団から、町を守るためなんだ。そして、世界は今、魔王を倒してくれる勇気ある者を欲している。魔王を倒すことができれば、そいつは英雄として歴史に名を残すことだろう。

 次にあんたの言う二人組だが、さっき酒場でいるのを見たな。セーブポイントの使い方を、他の冒険者に聞いていたよ」

 表情を変えずに淡々と説明するその様は、まるで機械のようでもありました。天沼さんはふむふむとその話に必要のない相槌を打つと「ありがと鎧の人。もう行って良いぞよ」とけらけら笑いながらそう言いました。

 鎧の男性はそれを受けると、すぐに方向を変えて歩き始めました。いったいどこに行くというのでしょうか。

 「さあさあ聞くべきことは全部聞いただぁね。じゃあとりあえず、酒場にまで行ってみるだぁ?」

 「そうですね。でもそれよりも……」

 わたしは町を行きかう人々を注視します。誰もこちらの方に目もくれません。なんだかわたし達と一緒の人間というよりは、精巧にプログラミングされたロボットか何かのように感じられるのです。

 「こいつらはきっと、NPCという奴だぁね」

 天沼さんはそんな風に言いました。

 「えぬぴーしー? 何それ?」

 「ノンプレイヤーキャラクターの略だぁね。ようするにただのアンドロイドぞよ。決められたとおりの行動をして、決められたとおりの手順であたし達に接触する。話しかければ、さっきの鎧の男みたいに情報をくれ、時に敵として立ちはだかる。そういうものだぞよ」

 「TRPGの、村人みたいなものですか?」

 と、わたしはお兄ちゃんと一緒にやったゲームのことを思い出します。TRPG、おもしろかったなぁ。

 「そんなところぞよ」

 天沼さんが答えます。考えれば、確かにこの世界はTRPGに良く似ているような気がします。わたしというプレイヤーがいて、村人やスライムみたいな敵がいて、町があって魔王がいる。そしてわたしは手に武器を持ってそれをやっつけに行くのです。

 そう言えば、とわたしは手元のあるちめっとせいばーを確認しました。それはその時はまだ広告を丸めた棒でしかなかったのですが、わたしがそれを意識した瞬間、途端に純白の剣に様変わりしたのです。研ぎ澄まされたその輝きに包まれて、わたしは途端に目を閉じました。

  『聖騎士 白倉初花

 レベル・2 スキル・「ヒール」

 HP 126/126

 MP 21/21

 攻撃 90

 防御 19

 魔法 41

 速さ 23』

 まぶたの裏側に、こんな文章が流れ込みました。懐かしいです。これはわたしの強さを表す文章だったように思います。スライムを倒してレベルも上がっているので、最初の頃と比べて高めの数字が、まぶたの裏側に刻まれておりました。

 「ややや。こんなところまでRPGに忠実なのかい?」

 と、そこで天沼さんが言いました。

 「どったまげただぁ。そしてびっくりしたぞい。なんつーこったこりゃぁ、本当にゲームの中に入ったようなもんじゃないのかい? この世界を作った魔法使いは、よっぽどそれが好きなんだと見えるだぁね」

 天沼さんはおかしそうに言います。

 「それじゃ。酒場に行こうじゃないのかい。セーブポイントがどうだの言ってるらしい男ども、とっとと助けてやるだぁよ」

 そうですね、とわたしは相槌を打ちました。ところで、酒場っていったいどこですか?


 酒場は町の一番隅っこにあるようでした。

 探すのに骨が折れそうだなぁと最初はこそ思ったのですが、イニーツィオは大都市という割には三十ぷん出一周出来そうに狭く、わたし達はたいした時間もかけずに、そこに辿りつくことができました。

 やはりというべきなのでしょうか。わたし達が今いるこの世界は、全てが嘘っぱちでしかないようです。道行く人々は何方も目的地に向かって歩くという行為以外、何も目に入っていないようで、手の動きも足裁きも皆一様に同じものでした。

 「歩く速さもみんな一緒だぁね」

 天沼さんはそう指摘しました。

 「全身武装の奴も軽装の奴も、若い男も年寄りもみんな同じ速さぞよ。NPCとして出来が良いのは外見くらいなものだぁね。あたしだったらもっと上手くやるぞよ」

 そんな話をしながら酒場に入って行ったのですが、中は西部劇の酒場みたいな雰囲気が漂っておりました。そこかしろにはトランプを握っている人や、女性を逢引きしようとしている男性、商談をしているらしい綺麗な服を着た二人組など、色々な人がいます。

 「とりあえず飯食うだぁね」

 と天沼さんは店主の顔を見ながら

 「さっきここに、怖い顔のでかい男とヒネた顔のさえない男が、二人組で来てたんじゃないのかい? そいつらにツケといて欲しいだぁね」

 「お客さん。そういう訳にもいかないよ」

 店主は原稿を読み上げるように言いました。

 「それに、あの二人は昨日俺の店で食い逃げしやがった。あんたら関係者かい? だったら代わりに払ってもらおうか?」

 「あらあら」

 わたしは口元を押さえます。

 豊彦くんが食い逃げなんて。とんでもないことです。なんだか不良みたいな振る舞いですね。いいえ今時の不良さんたちはそんなことしませんから、豊彦くんのやったことは不良の中でも貫禄のある大不良クラスの行いだったと言えるのではないでしょうか? 大変です。豊彦くんが番長になってしまいます。

 「そんな義理はないんだぁね。しかし食い逃げ……昨日っていうのは、昨日のいつ頃?」

 「夜中に突然現れたんだ。腹を空かしていたようだったよ。それに、セーブポイントの使い方を聞いていたな」

 「昨日って……」

 わたしは訳が分からずに首を傾げました。どうしてまた、豊彦くんは昨日にここに現われているのでしょうか。昨日の夜中は豊彦くんも飯田くんも、自分のお家で寝ていたはずなのです。こんなところに来てた話なんていうのは、わたしは聞いていないのですよ。

 「思うに」

 天沼さんは愉快なことを発見したかのように

 「この世界と現実世界じゃ、流れる時間の速さが異なるんじゃないのかい? 初花、おまえがこの異世界に来たのは一昨日のいつだい?」

 「下校中だよ。学校終わってすぐ。たぶん四時過ぎくらいかな?」

 「それで、洞窟の中でどれくらいいたのか、それは分かるかい?」

 「ううん。中では大変な思いをしたから、時計を確認する暇なんて……」

 「体感としては?」

 「一時間、です」

 天沼さんは得たりといった風に頬を緩めました。

 「確か初花は自分の足で登下校してただぁね。それで、家に帰りついたのは?」

 「うんとね。確か四時二十分くらいだったかな……。……へ?」

 ちょっと待ってください。これってなんかおかしいです。

 あの洞窟の中で、わたしはかなり長い時間さ迷ったのですよ? 途中でスライムに襲われましたし、そりゃあもう一人で心細くって……。もうやってらんない! ってなった時にようやくウサギちゃんが見付かって。

 「それが証拠だぁね。携帯電話の時計を確認してみれば分かる。時間が狂ってるか、針が止まっているんじゃないのかい?」

 「いいえその……狂って、は、ないです。それに、今でもその、針は動いていますよ?」

 ちょうど、午後の最後の授業が始まるくらいの時間を指していました。ですけど、この世界で時計がちゃんと動くのだとしたら、どうして時間の流れが違うこの世界に一度持ち込んだこの時計が、狂っていないというのでしょうか?

 「外に出ると、時計の針も含めて何もかもリセットされるのかもしれないだぁね。そしてあたし達の頭の中には、この世界の記憶だけが残る。……だとすれば、色々辻褄もあってくるだぁよ」

 天沼さんがふむふむと頷いた、その時でした。

 酒場の扉が勢い良く開かれます。そこから中に入って来たのは、何やら大柄な体の持ち主でした。全身をこれまた巨大な鎧に身を包み、腰には持ち上げるのもおっくうそうな大矛、いかつい表情はいかにも強そうな戦士で……って飯田くんじゃないですか!

 突然の登場に、店主は訝しげな顔をして飯田くんの方に近寄りました。飯田くんは威嚇するように眉を潜めますが、店主は表情を何一つ変えません。こんな怖い顔をされたら泣いちゃうか怯えるか、そうでなければ睨み返すくらいのことはすると思うのですが、店主はその顔しかできないかのように済まし顔だったのです。

 「おまえ。家で食い逃げした奴じゃねぇか!」

 そう声を荒げる時になって、店主の表情が一気に変化します。怒っているようなのですが、顔がちょっといかつくなって指先が突きつけられているだけで、なんだかとても不自然な感じがします。しかも店主がこんなに声を荒げているにも拘らず、周りの人間は一つも表情を変えず、そちらを向くことすらしないのです。 

 「作りの悪いアンドロイドだぁね」

 天沼さんは呆れたようにそう言いました。

 「そう怒るなよ」

 飯田くんはそう口にしましたが、それでも相手の出方を伺うような姿勢を変えてはおりませんでした。飯田くんはそれから自分のポケットの中に手を入れると、何枚かの見たこともない金貨を店主に手渡します。

 「昨日は食い逃げして悪かった。その時の支払いに来たんだ」

 店主は機械的な動きで飯田くんのお金を受け取ると、どういう訳か、食い逃げのこんなことを言って引き下がります。

 「ありがとよ。また来ておくれ」

 「きゃはははははははっ! 傑作だぁね!」

 天沼さんが大笑いして、それに気付いた飯田くんがぎょっとした表情を作ります。それから首をかくかく、飯田くんはわたしと天沼さんの姿を交互に捉えます。

 「どうして……。白倉、こんなところに」

 「おまえが店に来た時からずっと見てただぁね。義人、おまえも結構真面目なところがあるんじゃないのかい。それからもう一人の豊彦の方はくたばったのかい?」

 「白倉!」

 飯田くんはわたしの方に駆け寄ると、いきなり手を握ってきました。大きな眉が必死の形相に歪められていて、わたしはつい萎縮してしまいそうになります。ですが飯田くんのその瞳に、わたしのことを心底慮るような、心優しい色が篭められているのを感じて、途端に力が抜けて来ます。

 「おまえも迷い込んだんだな! 怖い思いはしなかったか? 魔物に襲われなかったか? 怪我してないか大丈夫か恐くないか!」

 「おいこらあたしのこと無視してんじゃないんだぁねこの腐れジャイアン。かーちゃん呼ぶぞ」

 天沼さんが言うのですが、飯田くんはわたしの手を掴んだまま話しません。「飯は食ってるか! 変な奴にたぶらかされてないか? どうなんだ?」矢継早に繰り出される質問。そのうち将来の見通しや細かな人生設計についても心配されそうな気配だったので、わたしはどうにか飯田くんに落ち着いてもらわなくてはと、飯田くんの肩を抱いて囁きました。

 「大丈夫だよ。どうにか落ち着いてくれる?」

 「さっさぁ落ち着け」

 飯田くんの頭に天沼さんが強烈なチョップ攻撃をお見舞いしました。飯田くんはそれい驚いて後ろを振り返り、臨戦態勢に入ったように拳を握り締めます。

 「て、てめぇはあの時の露出狂女……!」

 「誰が露出狂だぁね金玉抜くぞ。それはそうと、おまえいつからここにいるだぁね? 豊彦はどこにいったのさ?」

 突然の暴言にも動じず、飯田くんはたどたどしく答えます。

 「いつからって……昨日からだよ。昨日の昼休み、宇和川と一緒にここに迷い込んだんだが……女、白倉と一緒にここに来たのか?」

 「そうさ。というより、あたしが初花を連れてきたんだぁね。そんなことより……」

 天沼さんは訝しげな顔で

 「偉いこと焦っているみたいじゃないのかい? 脳味噌で解決することなら任せてくれて大丈夫だぁが?」

 「はん。誰がおまえに頼るか露出狂」

 「ほれ」

 天沼さんはローブの前側をはだけさせました。真っ白な柔肌が露になります。

 「な、や、やめろ変態!」

 飯田くんは顔を抑えて飛び竦みました。頬を真っ赤にして口をわなわなとさせます。にやにやとする天沼さん、飯田くんは耳まで押さえてその場に蹲ります。恐がっています。これは本気で恐がっています。

 「おいおい飯田てめぇ出て来る遅ぇじゃねぇか……ってうっひょう!」

 そこに入って来たのが、なんとまあ豊彦くんでした。

 豊彦くんはわたしの方に目もくれずに、天沼さんの裸に夢中で食い付いています。天沼さんはそれに気が付くとこれ見せよがしにローブをより開いて見せて、にやにやと豊彦くんの方を見ます。豊彦くんの視線はそれはそう、天沼さんの体の比較的上側、おっぱいのあたりで固定されています。

 なんですか、これは。

 せっかく登場したというのに、そんな男の子炸裂じゃあ納得がいきません。わたしはぷんすか席を立って、豊彦くんの頭のあたりを思いっきり殴打しました。

 「……いてっ、何すんだてめぇ……って初花じゃねぇか?」

 豊彦くんは今更気付いたようにわたしの方を心配そうに見詰めます。

 「おまえも迷い込んでいたのか? いつからだ」

 「ついさっきだよ。そこの天沼さんと一緒に来たの」

 わたしは頬を膨らませて天沼さんを手で指します。

 「天沼さんもそんなことやめてよ。それじゃ本当にただの露出狂だよ」

 「いやぁ、だって、なぁ。そこのでかい男もご所望だったようだし……」

 「誰が所望するか、んなもん」

 耳を塞いでいた飯田くんが、怒った風に立ち上がります。

 「きゃははは。まあまあ悪かっただぁ。なんというか、その。魔が指したんだぞよ」

 ごめんね、という風に天沼さんは可愛らしく右手を差し出します。飯田くんは顔を真っ赤にして、目を血走らせて尚も抗議を続けます。

 「バーカ! 魔がさしたも何もあるかっ。……ダメに決まってんだろ、そんなことっ!」

 「うるさい男だぁねぇ」

 天沼さんは再びローブに手をかけます。

 「そんなにサービスして欲しいのかい?」

 「うっひょう」

 豊彦くんの視線がそちらに泳ぎます。わたしは頭を引っぱたいてから、豊彦くんをこちらに向かせます。

 「今見ようとしたよね?」

 「ええと、まあそれはあれだ。ちょっと飯田が心配になったんだよ。あいつウブみたいだかんなぁ。あははは」

 頭をぽりぽり、豊彦くんはちらちら天沼さんを伺おうとしています。後ろでは天沼さんがローブをチラリズムして飯田くんが「やめろ変態!」と抗議をしながら仰け反っているところでした。

 なんですか、これは。

 再会を喜ぶでもなく、わたしは一人肩を落とします。豊彦くんはばつが悪そうに、天沼さんから視線を逸らしたのでした。

 読了ありがとうございます。

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