episode9【襲撃】
「何か御用ですか?」
「こんなに大勢で」
アリソンとニコが
会社の外に陣取る
十人に向かってそう言った。
「・・・・・・・」
背丈は2mから1m60cm弱まで
よく見れば女もいる。
大小さまざまな男女
共通するのは
使い古されたジーンズやら、
つぎはぎで、縫い跡だらけのズボンやらを履き、
埃と傷が目立つ上着、防寒具で身を包む
みすぼらしい格好をしているという点
髪の毛は長く
チリチリで荒れ放題
体臭がきついが
そんな彼ら、彼女らには似つかわしくない
小奇麗なものが一つ
それはその両手に持った魔導銃
何度か使われた形跡はあるものの
彼女ら自身と比べれば、幾倍か小綺麗だ。
「ついに強盗に狙われるようになったのかしら
うち、そんなにお金ありませんよ?」
「・・・・ミライン」
ある一人がぼそりとつぶやく。
ある料理屋の名前だ。
この辺りでは一番の高級店、
格のある店と言っていいだろう。
「・・・あら、見てましたの?」
丁度、アリソンたちが昼間に行った場所
その名前を、宿無しの一人が口にした。
「・・・」
無言で彼らは銃口を二人に向けてくる。
「・・・はぁ・・」
少しの間、にらみ合いが続いた後、
沈黙を破ったのは、アリソンの方
「仕方ありませんね。ほら」
彼女は自分の上着の内ポケットから財布を出し、
彼らの方へと差し出した。
「皆さんの明日の食費ぐらいにはなるでしょうから
これぐらいで我慢してください」
本来なら
目の色を変えて、ひったくっていきそうなものだ。
強盗目的の宿無しなら
「・・・・・・・」
しかし、宿無したちは動かない。
ある程度の距離を保ったまま
撃つ体勢を変えることはない。
「悪いけど」
相も変わらず銃口を向け、
「通してくれ」
暗い目で
まっすぐ二人を見つめて
そう言って来る。
「それはできません。
足らないなら、中から金庫を引っ張てきますけど」
「いや、じゃあいい」
アリソンの返事を聞くと、
十人は一斉に、引き金を引いた。
途端に鳴り響く爆音
ニコとアリソンはあっという間に
煙に包まれ、見えなくなってしまう。
「・・・・・さっさと終わらせ」
そう宿無しが言い、
仲間と共に中へと入ろうと
後ろへ振り返る。
そんな宿無しの男は
仲間の前で
「っ!!!!!!」
煙の中へと姿を消した。
焦る宿無したち
一斉に煙の中へと銃を向け、
その引き金に指をかける。
だが、魔導銃がその銃口から
再び爆炎を放とうした瞬間、
その前に一つの大きな物体が
この中で一番大きな宿無しにぶつかった。
「ぐっ!」
それと同時に、宿無したちの銃が勝手にひしゃげる。
「なっ!?」
その手足も、指も
本来曲がらない方向へねじれ、歪み、潰れていった。
「がああああああああああ」
呻き、倒れ伏す七人、
「っ!!?」
残されたのは
後ろへ倒れる背丈の高い一人と
人間の男一人
「く、クソが!」
ねじれた銃を地面に捨てた男、
その前に煙の中から
一人の男を足元で踏みつける
美麗なエルフが現れる。
「ふぅ」
突如現れた突風が煙を吹き飛ばし、
金髪のエルフの少年がその顔を見せたのだ。
そんな彼は、ため息をつきながら
福に付いた汚れを払っている。
彼を、敵として認識した宿無しのだったが、
後ろから聞こえてくる声に気をそらしてしまった。
「キャハハハハハハハハ!!!!!!!」
快活で、大きな、女性の笑い声と
素早く肉を打つ音
男は気になって仕方なかった。
最初の格下狩りを潜り抜けられるうえに
デカくて強いはずの男が
もしもの場合は、すべて粉砕してくれる。
そう思っていたのに、
後ろから聞こえてくる音は
どう聞いても
「キャハハハハハハ!!!」
2mほどの大男が
1m70cmもない獣人の女に痛めつけられている
そんな風にしか聞こえない。
(冗談だろ・・・アイツがそんなはず)
動揺が注意を疎かにしてしまう。
「がぁ!」
その瞬間をつかれた。
男は後ろへ吹っ飛んだ。
ボロ着は更に燃えて、黒く焦げ、
その下の皮膚もめくれているだろう。
「はあ、はぁ、はぁ」
「これが最後の警告です。
仲間を連れて逃げてください。」
「ぐぅ・・」
見下ろすニコを
見上げる男
「はぁ・・・」
息も絶え絶えだが、
痛みはない。
急を要する事態が故に
痛みを感じる暇がないようだ。
むしろ、一撃食らって
頭が冷えたのか
見上げる姿勢ではあるものの、
男は冷たい目でニコを睨み付けていた。
「・・・まとめて、倒されなかっただけ」
ニコがそう口を開いた瞬間、
男はニコへ銃口を向け、魔法を連射する。
だが、
「ある程度、腕に覚えがあるんだろうけど
僕らには通じないよ」
「!?」
銃の連射を受けても、
ニコの服には焦げ跡一つ残ることはなかった。
そよ風にでもあたったみたいに
なんともない。
「アリソンは情が深いから
妥協してくれていた。
あなた達がただお金に困っているだけの人なら
譲歩しようとしてくれた。
なのに」
「はぁ!」
またニコが喋ったところで
男が掌を向け、ニコに何かをした。
きっと魔法か何かをやったのだろう、
じゃなければ、そこらの砂でも投げようとしたのか
いずれにせよ
それが何かは彼以外、知りえないこととなった。
男は攻撃を完遂する、
その前に
「っ!!!!!!!!!」
身動きが取れなくなった。
(な、なんだこれ!)
とてつもなく、
大きな手に全身を握られたような感覚が男を襲う。
体は全く動かず、全身が痛い。
「見てください」
しかも、独りでに浮いて、
ニコの隣に飛んでいってしまう始末
もう何をされているのか
彼はよくわからなくなっていた。
「がぁ、ああ、うぁああ」
徐々に締め付けられる痛みと苦しみを耐えながら
顔を掴まれ、強引に向かされた方を、
その景色を彼はどうにか理解しようとする。
そこでは、
「えへ、あは!げへえへへ!!!」
大男が跳びまわる女一人に
一方的に痛めつけられている
理解しがたい景色があった。
「な!?」
「もっと!」
女の蹴りが
大男の膝を打って崩し、
「もっと!」
大男から苦し紛れに放たれた拳は
あっさりと避けられて、
お返しに、金的へ膝
「ぐぅ!」
思わず膝を崩して
倒れかかった頭を掴んで
女はその顔に
何度も頭突きを見舞う。
「もっと!もっと!」
「がっ!あっ!がが!」
鼻が折れて、
血が噴き出し、
目が明後日の方向を見るようになっても
その苦悶が顔から離れない限り
「もっと!」
女の攻撃は止まらない。
女の
「いひひひ!!」
にやけは
笑みは
止まらない。
「ああなったアリソンは僕か社長じゃないと止まりません。
あなた達が、アリソンをあんな風にしてしまったんです。
彼が死んだら、まだ息のあるあなたが標的になるでしょう。」
ニコはそれを見せつけて
耳元でそう囁き続ける。
「あの子は、人が反応するところが好きみたいなんです。
社長がそう言っていました。
人が喜んだり、照れたり、笑ったりするところも好きだけれど、
それとは逆に
人が悲しんだり、痛がったり、悲鳴を上げるところも
同じくらいに好きだそうです。」
「っ!」
淡々と
変わらない調子の声で
目の前の彼女が何をしているのかを語っていく。
もう反撃をする力も残っていないであろう
大男の顔面に何度も頭突きを繰り返す
彼女がなんなのか、
何が好きで、
このままにしておけば、
この男に何をするのか
「僕はアリソンと違って、
人の気持ちを察することは苦手だし、
人の反応を見る趣味もない。
だから、人の気持ちをよく考えろと
社長からよく叱られていました。
特に苦手なのが嘘です。
自分が思ってもいないことを言うのが一番難しい。
アリソンは、相手が喜ぶのであれば、
嘘も演技もするし、
次第に自分は本当にそう思っていたのだと
自分の感情の方が変わっていく。
だけど」
それを、
事実だけを、ただ男に伝える。
「僕は違います。
僕の言葉に嘘はない。
あれは、十秒後のあなたです。」
あれがお前の末路
ああやってお前は死ぬ
「わかっていただけましたか?」
「・・・・」
そう告げられた男は締め上げられ、
意識も朦朧としてきた中、
「あなたが彼らを引き連れて
帰ってくれる。僕らが望むのはそれだけです。
守ってもらえますか?」
ニコの言葉に
「あ・・・・ああ・・・」
頷いた。
絞り出すように声を出して、
やっとの思いで降伏した。
「よかったです。わかってもらえて」
その言葉と共に男は解放され、
「はぁ、はぁ、はぁ」
自由に息をすることを許される。
しばらくはうつ伏せに寝たまま動けそうにはないが、
約束を守るためにも、早めに動いた方が良さそうだ。
「えひひひ!」
アリソンは相変わらず止まっていないが、
「アリソン
遊びすぎ」
ニコが彼女に近寄り、
返り血に染まった肩を叩くと、
「ん?あ!ああ!
ええ!?もう終わり?」
ようやく止まった。
「もっと早く終わったでしょ?
楽勝だからって遊び過ぎだよ」
「んふふふ、いひひひひ」
赤ん坊のような
無邪気な笑い声を出す女の笑みは
今、地面に落とした男の返り血で染まり、
「だってこんな機会中々ないから」
その恍惚とした表情に
全くの反省も、後悔も、存在しない。
「・・・・・次からは気を付けてね」
「いひひひひひひ、はーい」
何の意図があるのか、
ニコに抱き着き、その首に腕を回し、体重を彼に預けながら
彼女はそう答える。
「あはぁー」
まだ興奮冷めやらぬ様子で
体が逐一、痙攣し、
その昂ぶりのぶつけ場所を探している様だった。
「アリソン、自分で立って」
「な~んで~?」
甘えた声でそう問うアリソンに
「まだ終わってない」
ニコは淡々とそう告げた。
「・・・・いひっ!あははは!」
その言葉を聞いて、
アリソンは喜々として、後ろを向いた。
ニコに抱き着く態勢はそのままに
ぶら下がる様にして、視界を後ろに戻した。