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無理

碧黎は、言った。

「我も今さっき目覚めたばかりぞ。」と、維心を見た。「…まずいの。全く無理をしおって。身を失うぞ、寝ておれ。」

維心は、抗議しようと口を開いた。

「だが、我が…!」

だが、碧黎が手を上げると、そのままふっつりとスイッチを切ったように、気を失ってその場に倒れた。

炎嘉が、床にぶつかるのを回避しようとがっつり維心を抱えた。

「…まずかったのか。様子がおかしいとは思うておったが、まさか命の危機までは考えなかった。」

碧黎は、言った。

「これは少々の事なら何でもないふりができる。蒼が居って良かったものよ、これは常の維心をよう知っておるし、深く探れる気を持っておるから気取れるのだ。我も、強制的に天黎に地に放り込まれてついさっき目が覚めたばかりであるから、気取るのが遅れたのだ。これはしばらく寝かせておくが良い。後は主らが処理せよ。維明、主でもできようが。維心は戻ったがまだ本調子ではない。無理をしたゆえまた少し時が掛かろう。回復するまで、しばしこのまま主らが回すのだ。もう、面倒は去った。」

碧黎は、それだけ言うとスッと消えた。

恐らく本調子ではないのは、維心だけではないのだろう。

志心が、言った。

「後の事は我らに任せよ。蒼、主なら根本から癒せるゆえ、これについて参れ。ここの治癒の神達は優秀であるし、後は主と治癒の龍に任せて我らがあれらの沙汰を考えて下して参る。」

蒼は頷いた。

維明が、治癒の神達を呼び寄せて、慌てて入って来た帝羽に運ばれ、維心は蒼と治癒の神達に囲まれて、そこを出て行った。

それを見送って、炎嘉が口惜しげに言った。

「…しっかりあやつを見ておれば良かった。様子がおかしいが気が立っておるからだと思うてしもうて。よう考えたら、小さかった体をあそこまで大きくした上、膨大な記憶を受け入れたばかりで具合が悪いであろうに。あれがサクサク動くゆえ、そんなことにも思い至らぬで。」

翠明が、言った。

「仕方のないことよ。我とてやっと楽になると思うてしもうて、もう維心殿に仕事を丸投げする心地であったわ。確かに普通ではない戻り方をして、死んだのはつい二年ほど前、生まれてやっと一年であるのに。時は掛かるわな。」

焔は、息をついた。

「あやつの様を見ておると、己の甘さに恥ずかしゅうなる。命の危機に瀕していても、まだ己がやらねばと言うておった。碧黎が来なければ、最後までやると聞かなんだであろう。我らにさせれば良いものを、あれは誠に、これまで何もかも独りで背負っておったのだの。」

炎嘉は、それを知っていた。だからこそ、側で支えて来たのだ。

分かっていたのに無理をさせたことを、心底後悔していた。

志心が、言った。

「世を治めるとはそういうことよ。さあ、もう良い。後は一刻も早く元に戻ってもらうまで。それまでは我らがやるのだ。これまで補佐しておれば良かったのだから、少しぐらいあれの代わりを務めねば。では、アマゾネスの沙汰を決めよう。」と、椅子へと座った。「では…どうする?維心が言うておったように、助けたとしてもあれらの受け入れ先などない。エラストの所へ返しても良いが、あちらも恐らく処刑しよう。こちらに多大な迷惑を掛けて、示しがつかぬからの。アマゾネスは、あれらにとっても過去の遺物。確かに女の軍神も居る城であるが、もう男女の別なくやっておる。どちらかが奴隷であった昔は、もうあの城にはない。」

翠明が、言った。

「命じたナターリアとかいう女は処刑以外なかろう。だが、残りの軍神達は命に従ったまで。それでも同列として処刑するか?」

駿が言った。

「今も志心殿が言うた通り、受け入れ先がない。罪人として肩身の狭い思いをせねばならぬし、そもそも女に百叩きとかできぬしな。記憶をとっても、世話して育てねばならぬ。それをどう思うのだ。」

翠明は、顔をしかめた。

「まあそうなのだが…女を殺すのは寝覚めが悪くての。斬りかかって来ておったらこの限りではないが、捕らえられて無抵抗となるとやったことがない事だし、我とて躊躇うわ。」

志心は、息をついた。

「女と言えども軍神ぞ。とはいえ…確かにの。あの中で戦場に立った経験のある者はおらぬ。皆逃れて来て、あの小屋で育った。あの城では女が力を持っておったから、例外なく戦うための訓練はしておったようだが、力の無い女神も混じっておる。我らの常識の中では、侍従になるほどの気の者でも戦わされていた場所であるからな。」

駿が、言った。

「ならば、とりあえず記憶を取って、各宮に振り分けて誰かに世話をさせて、普通の神として生きる形にするか?首謀者はならぬが、他はそれでも良いのでは。」

志心は、考え込む顔をした。

「…気性にもよろうな。」と、炎嘉を見た。「主は。維心のことは主のせいではない。知恵を出さぬか。」

炎嘉は、ハッとしたように志心を見た。そして、頷いた。

「…そうよな。」と、遠くを見るような目をした。「記憶を取って、エラストに返そう。我らの沙汰はこれであったと、あちらに処刑する必要が無いと知らせて返すのだ。あちらの土地の神であるから…あちらで世話をさせるのが良かろう。こちらでこれ以上、世話をする必要はないと考える。」

志心は、眉を上げた。

「それは、首謀者のナターリアもか?」

炎嘉は、頷いた。

「エラストが、生かしておけぬと思うたら処刑するだろう。女王の血筋であるしな。あちらに任せたら良い。どうしようともはやこちらは預かり知らぬところぞ。ナターリアとて、死ぬなら己が生まれた土地の方が良いだろうて。覚えておらぬでもな。」

それを聞いた皆は、顔を見合わせた。

確かに、それが一番面倒がなくて済む。元々はあちらの神であるのだし、返すのが一番良いだろう。記憶を取って廃神になっていても、真っ白になっているだけで育てればそれなりになる。

ようは赤子に還るだけなので、後はあちら次第なのだ。

「…ならば、それで。」と、志心は、立ち上がった。「さっさと記憶を取って参ろう。維明、地下牢から引き出させよ。全員の記憶を抜いてそれを砕く。さすれば二度と記憶は戻らぬだろう。参ろう。」

じっと聞いていた維明は、それでは甘いと維心が後に怒りそうだなとは思ったが、頷いて立ち上がった。

「ならば、軍神達に引き出させる。皆で手分けして記憶を抜き取ろう。」

そうして、アマゾネス達の運命は決まった。

王達は、昼を過ぎて明るくなった宮の中を、地下牢の方へと向かって歩いて行ったのだった。


その頃、蒼と治癒の龍達は維心を連れて王の奥の間へと入っていた。

維心を広い寝台へと寝かせると、静かに浅い呼吸を繰り返す維心に、蒼が手を翳した。

「蒼様。」治癒の明花が焦った様子で言った。「我らもお手伝いを。我らには、命の熱を取る方法は分かりませぬ。体の治療はできますが、命は…。ご指示頂けましたら。」

蒼は、そうだった、と明花を見た。

「ええっと、そうだな、体の細胞を落ち着かせるようにしてくれないか。オレは命を落ち着かせるしかできないんだ。体の方は頼む。」

明花は、頷いた。

「はい。通常のやり方で大丈夫でしょうか?」

蒼は、何度も頷いた。

「体は体だからな。維心様の場合、体も命も両方が一度におかしくなってしまって、オレは命を方を落ち着かせているから、明花達は体の方をお願いしたいんだ。」

明花は、頷いた。

「はい。お任せを。」

そうして、脇に居る水花に頷き掛けて、維心の体の熱を下げて落ち着かせるために尽力し始めた。

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