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助け

皆が出て行ったのを見てから、炎嘉がむっつりと言った。

「…なんぞ。手が回らぬのか。」

焔は、グッと眉を寄せた。

そう、皆がもういろいろ知っている事実を、それで知ったからだった。

蒼は、宮を閉じているので会合にも来ないことが多く、今回も来ていない。

なので、この忙しい時、もしかしたら伝わっていないかと思ったが、やはり炎嘉は、もう知っていたのだ。

そして、炎嘉が知っているという事は恐らく皆、知っているのだ。

「…駿は知っておろうが、桜が里へ帰りたいと申すので、離縁となった。それから、燐が烙と維織を連れて月の宮へと出て行った。なので、宮には我と煌しか居らぬ。知っての通り煌では政務など出来ぬし、最近やっと臣下に下賜する品の事を教えたところ。内向きの事が完全に止まってしまっておるので、我はあまり多くの案件を振られたら処理できぬのだ。なので、すまぬが主らで何とかできぬか。」

志心が、睨むように焔を見て、言った。

「だから言うたではないか。道具ではないのだぞ。いくら王とはいえ、労いの言葉ぐらいは必要なのだ。いや、王であるからこそ、己が手が回らぬ所を担ってくれる者には気を遣わねばならぬ。主にはそれが無かった。そのような様で、よう前世歴代最高の王とか言われておったの。」

焔は、痛い所を突かれて、ムッとした顔をした。

だが、顔を赤くしてこれは言い合いになるかと皆が覚悟したが、焔は寸でのところで思いとどまったのか、フッと肩で息をついて、椅子にそっくり返った。

「…分かっておるわ。我は、前世の我とは違うところがある。あの時は、一人でいろいろやっておったし、決めておった。妃が多く、皆が内向きの事を分担して担っておったから内の事は聞いて来た時だけで良かったしの。だが、今生、兄の燐が先に生まれて王になるべく教育されていて、我が生まれて我と取り決められた後も、政務に携わって手伝ってくれておった。なので、それに任せて当然と、己では半分ほどしかやらずで済んだ。確かに…燐には、悪かったと今は思うておる。」

焔が、案外に分かっているのに、箔炎が脇で頷いた。

「分かっておるのなら良いではないか。燐に謝れば良いのよ。主はな、己を助けてくれる回りの者達を放って置き過ぎたのだ。知っておったではないか、王は王として敬われなければ王ではないのだ。それに、王の姿勢によって臣下の姿勢も変わる。我は、椿からいろいろ知らせて参るゆえ、綾が主の事をどういうておるのかも知っておったがの、傍で見ていたあれが申すに、身から出た錆だと。これまで、回りに甘えて労いもせず、そんな王を見ていた臣下達も、できる者にさせたら良いという姿勢で怠ける者も居ったとか。実質、燐、烙、桜の三人がほとんどを担っていたのだろう。何事も、当然な事など無いのだ。」

焔は、下を向いた。確かに、臣下達の今の様子は目に余る。それも皆、自分が行っていた事の報いなのだと言われたら、そうなのかもしれなかった。

「…燐は、臣下が矢のような催促をしておるのに、皆話も聞かずに追い返しておるのだとか。今さら我が時を掛けて燐を説得に行ったところで、政務が溜まるだけで無駄になると思う。そもそもあれは、不満を溜めておったのなら桜よりずっと時は長いぞ。あれが来るずっと前から、あれは我を補佐しておって、我はそれを当然と思っておったし…労いなど、考えた事も無かった。」

思えば、燐は皇子のままで、臣に下ったわけでも無かったのに、考えたら乱暴な話だったのだ。

燐が、あまりに穏やかで何も言わない兄だったので、甘えていたと言われたらそうだった。

炎嘉が、ため息をついた。

「仕方がない。確かにあれが出て行くぐらいだから余程根が深いゆえ、簡単には許すとは言わぬだろう。まして、月の宮は穏やかでおっとりしておるし、蒼を手伝っておったら良いのだから気も軽い。蒼は、主とは違って感謝を忘れぬしの。ま、あれは少々礼を言い過ぎるところがあるのだが。」

十六夜が、維心の姿のままで言った。

「お前ら、焔が困ってんだから説教より先にやる事あるだろ。とにかく、仕事を減らしてやんな。で、燐に謝りに月の宮へ通う時間を作ってやれ。焔も、反省してるんなら燐に何度でも通って謝り倒せ。ま、オレも月から見てるが、あの様子じゃあ一年二年通ったところで許しちゃあくれなさそうだけどよ。」

維心の顔、維心の声でこんな言葉がぽんぽん出て来るので、皆ドン引きした。

やっぱり中身は十六夜か。

志心が、一番先に立ち直って、言った。

「…とにかく…焔の割り当ては今月は他の宮に振り分けようぞ。それで、焔は一度己を見つめ直して燐には誠心誠意謝るのだ。あれが居らねば宮は全く回らぬのだろうが。十六夜が言う通り、もしかしたらちょっとやそっとでは帰らぬやもしれぬが、ここは和解だけでもしておかねば。帰るまでの間に、臣下を躾け直せ。そうして場を整えて、宮を安定させるのだ。分かったの。来月、また聞くゆえ。」

焔は、下を向いて、見るからに疲れた様子で頷く。

「分かった。我も今生、回りに頼りになる者が居り過ぎてたるんでおった。今省みて、まずかったとやっと思ったところで。ひと月ではどうなるか分からぬが、それでも何とか宮の中だけでも、やる。」

皆は頷いて、また仕事が増えたので、さっさと帰ろうと焔の仕事を誰がどれを引き受ける、とひと悶着してから、さっさと会合の間を出て、それぞれの宮へと急いで帰ったのだった。


翠明は、ため息をついて会合から戻って来た。綾が迎えに出てくれていて、微笑んで翠明に頭を下げた。

「おかえりなさいませ。」

翠明は、慌てて綾に走り寄ると、言った。

「綾!ならぬぞ、まだ初期であるのに無理をしては。部屋で待っておったら良いのだ、我は真っ直ぐそちらへ帰るのだから。」

綾は、微笑んで袖で口元を押えながら言った。

「まあ、王ったら。大丈夫でありますわ、子が居るぐらいで。少しは動かないと、体に力が無くなってしまって生み出す時に大変ですもの。ご案じなさいますな。」

そうは言っても、綾に何かあってはと気が気でない。

翠明は、綾を抱き上げた。

「さあ、体力などいくらでも安定してからつけられるゆえに。我が運んでやるゆえ、奥へ。」

綾は、目を丸くしたが、ポッと頬を赤くして、言った。

「王ったら…誠に心配性であられるのだから。」

綾は、翠明の心からの愛情を感じて、嬉しかった。

前世でも、大概自分の幸運に身悶えするほど喜んでいたが、その上今生まで、こうして愛しい翠明にこれほどに愛されて、綾は早くに黄泉を出て来て、本当に良かった、と心底思っていた。


そんな幸福な綾と翠明が、居間で寄り添って翠明が執務室へと向かう前のひと時を過ごしていると、筆頭軍神の勝己が転がるように入って来て、膝をついた。

「王!」

翠明は、何の前触れも無かったので仰天してそちらを振り返った。

「何ぞ、どうした?!」

これまで、こんな無粋な真似はしなかったのに。

勝己は、動転しているのか、何から話したら良いのかと口をもごもごさせていたが、やっと言った。

「こ、公明様が!公明様が、いらしたのでございます!」

「「ええ?!」」

翠明と綾が、同時に叫んだ。

というのも、公明はこれまでの百年余り、外から誰が書状を遣わせてもなしのつぶて、会いに行っても門前払い、会合にも来ない、催しにも来ない、当然の事催しも開かないで、中で何か行われているのか分からないと、皆が警戒して維心の死すら伏せていたぐらいなのだ。

「こ、こ、公明が?!誠にそれは、本神か?!」

勝己は、何度も頷いた。

「間違いございませぬ!何分急な事で、結界外でお待ちいただいておりますが、どういたしましょう。」

どうするもこうするも、とにかく中へ入れない事には、話も聞けない。

やっと出て来た公明に、どうあっても話を付けなければならないからだ。

「すぐに、謁見の間へ!」と、翠明は、まだ会合から帰って来たばかりで着替えてもいなかったが、慌てて立ち上がった。「綾、行って参る!」

綾は、何度も頷いた。

「はい。お気を付けて。」

翠明は、頷いて回廊を、謁見の間へと駆け出して行ったのだった。

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