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婚姻

翠明からの婚姻の申し込みの書状を受けた燐は、綾に訊いて、それを承諾した。

そうして、結納の式が鷲の宮で行われ、綾と翠明は婚約関係になった。

式は来月に翠明の宮で執り行われ、綾は最初から、正妃として入ることになっていた。

久方ぶりの正式な縁の式ということで、上位の宮からは皆、出席することになって、そうなると下位の宮も無視は出来ず、神世は今、翠明の婚姻のことで大騒ぎだった。

皆が皆来るので、当日は大変な混雑になる予定だった。

そんなわけで、いくらなんでも白蘭だけでは回し切れぬので、椿も里へやって来て、当日に備えていた。

もちろんのこと、その知らせは月の宮にも届いた。

蒼は、当日杏奈を連れて列席することにしたのだが、考えたら維心も出ないわけには行かないだろうし、維月が里へ帰っている今、恐らくあちらはいつも側を離さない維月を、なぜに連れて来ていないのだと勘繰られることになるのでは、と、蒼は案じていた。

炎嘉は知っているのでフォローしてくれるだろうが、そのフォローも完全に機能するわけではない。

これは、来月の式までには、何とか解決してもらわないとと、蒼はその事を、維月に話に行くことにした。

十六夜がガッツリ守っているので、今の維月は龍の宮を思い出すことも無く、恐らく毎日楽器の事だけ考えて居たら良いので、楽に過ごしているはずだった。

それでも、龍王妃の座にまだ居る以上、あちらをこれ以上放って置くことは出来なかった。

なので、最近ではずっと居る、碧黎の対へと入って行くと、中では皆が集って、楽器をかき鳴らしながら、談笑しているところだった。

蒼が入って来たのに気付いた、碧黎がふと手を止めて、蒼を見た。

「蒼か。どうした、何かあったか。」

蒼は、頷いて傍の椅子へと腰かけると、答えた。

「はい。翠明と綾の式の日取りが決まって、こちらにも式への招待状が来ました。来月なんですけど。」

碧黎は、言った。

「そうか。ならば主は参るか。宮を閉じておるとはいえ、翠明とは仲良うしておるのであろう?」

蒼は、また頷いた。

「はい。杏奈を連れて参ろうかと思っています。」

十六夜が、言った。

「めでたい事だろ。翠明も、長く落ち込んでてなんか覇気がなかったんだが、あれから元気だもんな。落ち着いてきちんと申し込んで式を待てるのも、あの歳で落ち着いてて見栄えがいいよな。」

蒼は、それはその通りだと思った。

最近の王達は、妃を娶ること自体をあまり大袈裟にしたくない風潮があって、最初から正妃扱いというのもなかった。

それほどに気に入った女なら、さっさと先に娶ってしまうからだ。

それを、翠明はきちんと申し入れて結納を取り交わし、式の日取りを決め、正妃として宮へと迎えるという正式な婚姻で、綾からしたらそれは良い扱いだと思われた。

そんな婚姻が少なくなっていた昨今、この婚姻で翠明の株がだだ上がりなのは確かだった。

だが、翠明と綾の婚姻という明るい話題に、いつもなら真っ先に喜んで声を上げそうな維月が、じっと黙っている。

蒼は、維月の事を見た。

「ところで、維月はどうするつもりなんだ?ここで楽なのは分かるんだが、龍王妃の座を降りたわけでもないのに、務めを疎かにしちゃいけないだろ。もう務められないなら、きちんとあっちと縁を切って来た方がいい。いつまでもダラダラここで中途半端にしてたら駄目だろ。」

維月は、蒼に言われて分かっていたのか、下を向いた。

十六夜が、庇うように言った。

「だが、維心だって悪いんだぞ。あいつがあんなことを言い出さなければ、こんなことにはならなかったのに。」

蒼は、十六夜を見て強めに言った。

「それでも、だよ。もう駄目ならそれなりにきっちりケリをつけなきゃ。こんな正式な式とかに、龍王妃が来ないとかおかしいだろ。龍の宮と南西の宮の関係にも関わって来ることなんだよ。いい機会だから、翠明の式までにきっちり決着をつけて来た方がいい。龍王妃のままでいるけど、もう少しここでって言うんなら、維心様と話し合ってそれを許してもらわないと。どちらにしろ、維心様と話し合わないと、逃げてても仕方ないからね。」

蒼からそんな正論を言われて、皆が黙り込んだ。

天黎が、琵琶を脇へと押しやって、言った。

「まあ、良い頃合いぞ。」皆が、天黎を見る。天黎は続けた。「確かにこうして皆で遊んでおったら楽しいが、これで地上が正しく回るかと言われたら、何も。碧黎は、こうしておっても地上を整える仕事を忘れておらぬし、きちんとこなしておる。十六夜も、時に月を見上げて己の責務をこなしておる。だが、維月は何もしておらぬ。こんな状態では、維月自身のためにはならぬし、我もこんなだらけた命には魅力も感じぬからの。そろそろ、学びに戻るべきであろうて。」

十六夜は、驚いて天黎を見た。

「え、お前は維月があっちへ戻るべきだと思うのか?」

天黎は、微笑んで首を振った。

「そうではない。あちらへ帰ることだけが、維月の学びではない。別に、こちらへ戻ってもまたこれの責務があろうしの。ただ、今はこちらに居るだけで、何もしておらぬのは確かぞ。そろそろ己の責務と向き合って、選んだ方が良いと言うておるまでよ。碧黎も分かっておろう。何も言わぬが維心に話に行こうと考えておるのではないか?」

碧黎は、息をついて和琴を脇へと押しやると、頷いた。

「お見通しであるな。その通りよ。神世は動く。このままでは維月は何もせぬまま勝手に回りが動いていく事になる。良い具合に、将維から維心が話したいので我に伝えよと言うておる、と聞いておる。なので、本日あれの手が空いた時に話に行って参るわ。」

維月は、驚いて顔を上げた。

「維心様は、私も共にとおっしゃっておられますか。」

碧黎は、首を振った。

「いいや。此度は我だけ。だが、場合によっては主も呼ぶ。なので、そう思うて待っておるが良い。ところで、主自身の希望を聞いておこう。主は、どうしたいのだ。あれは戻れと言うであろうぞ。主は?」

維月は、迷うような顔をしたが、答えた。

「私は…戻りたいと思うておりまする。でも、維心様がまだあのようなお考えであられるのなら、これからも同じことになるかもしれぬので、その時は潔く離縁してくださいませと。お互いにつらい思いをしてまで、共に居る事は無いと言うのが、私の考えでございます。」

十六夜は黙って聞いている。

碧黎は、頷いた。

「あい分かった。ではそのように。」と、天黎を見た。「では、主も呆けておる場合ではなかろうが。最近では維黎の手が離れておるから、退屈であろうが大氣と瀬利とも話をしたいと申しておったではないか。我が忙しくしておる間、あちらへ行って来たら良いぞ。しばらく維心が納得するまでの間、こちらはごたごたするしの。主が居ったら面倒があるかもしれぬし。」

天黎は、立ち上がったが不機嫌な顔をした。

「我が邪魔てか。まあ、我まで維月とか言うておるとなると、あれも更に面倒になろうしな。とはいえ、我は主らほど命だ体だ、どうでも良いから。それはたまには楽しみたいと思う時があるが、合奏をしておるだけでも充分楽しめたわ。気が済んだし、主の希望通り離れておってやろうぞ。ではの。」

そう言うと、天黎はあっさりと消えて行った。

この命の良い所は、納得するとあっさりしているところだ。

行動が速くて、待つ必要がない。

碧黎も、こうと思えばこうなのか、立ち上がって言った。

「では、我は行く。もうすぐ維心が居間へ戻る時間ぞ。その時を狙って話して参るわ。また報告に戻る。ではの。」

そして、パッと消えた。

十六夜はため息をついて、蒼を見た。

「蒼、分かるけどもうちょっとこっちの様子を見てから言えよ。これからみんなで新しい曲を合奏しようとしてたのに。」

蒼は、十六夜を軽く睨んだ。

「ここんとこそればっかしてたじゃないか。そろそろ遊んでばかりでも駄目なんだよ。嫌な事を先送りにしても、拗れてしまうだけだからね。早めに向き合った方が、事も大きくならずに済むんだし。」

「だが…。」

十六夜は、確かにそうだが、と気遣わし気に維月を見た。

維月は、十六夜を見上げて苦笑した。

「いいのよ。蒼が言う通りだわ。翠明様と綾殿の婚姻の式があると聞いた時、ああ、もう戻らなきゃ、って思ったのよ。でも…維心様がそれを望まれないのなら、帰ることも出来ないし。そこのところ、はっきりさせないとって思った。今の維心様の、心情次第だと思ってるわ。」

十六夜は、ため息をつきながら維月の肩を抱いた。

「でも、維心の事をまだ好きなんだろ?お前はそれでいいのか。」

維月は、寂し気な顔で十六夜を見上げた。

「仕方がないわ。愛してるからこそ、維心様が悩まれたり苦しまれるのは嫌だもの。私が妃であるからこその、苦悩であられるんだもの。他の女神なら、こんな事にはならなかったわ。平穏に幸せに生きて欲しいと思うのよ。」

維月が居なくて、無理だと思うけどなあ。

十六夜も蒼も思ったが、黙っていた。

どちらにしろ、維心はきっと維月を離したくないのだろうし、維月が愛していると言うのなら、恐らく維心の中での落としどころを、そう、前に取り決めた時の事を、思い出して収まるはずだ。

そう、思いたかった。

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