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イモータルダンサーズ  作者: 神谷 秀一
12/17

突撃

 スフィアラボ防衛部隊。その数実に百人。全員が銃火器で武装し、それなりの訓練を受けている。

 プロの部隊と比べれば劣るだろう。しかし、強力な装備と最新鋭の監視装置と連動することによって、このスフィアラボを難攻不落とする精鋭である。

 ゆえに、聖剣プロジェクトに組み込まれた学生であろうと一方的に始末できる。ましてや遮蔽物もないのだ。狙撃もできれば接近してきたところをサブマシンガンで撃ち殺せば良い。その許可も下りていた。

 部隊を分散させていたとはいえ、それでも優位は動かないだろう。むしろ、このスフィアラボに近づいてくる存在を哀れにさえ思っていた。

 なのに。

「当たらない! 当たらないぞ!」

 誰一人として彼女に銃弾を的中させることはできなかった。

「あいつらを近づかせるな! あいつらも人の形をした化け物だ。遠距離で撃ち殺せ!」

 それはたった三人だった。少女が二人に少年が一人。彼等はそれぞれ別方向から歩きつつ、走りつつ、疾走しつつ迫っていた。一人の少女は引き金を引く直前、一歩横にずれる。それだけで地面に着弾し土煙を上げるだけに終わる。

「それでは当たらんよ。そういう公式が成り立っている」

 ガラス球のような瞳が世界を俯瞰し予測し、一歩一歩を積み重ねていく。

 一方。

 黒い髪の細い少女が乱数機動で大地を駆け抜ける。ゆえに照準が合わせられない。本来ならそんなことはありえないのだが、それでも少女は地面を駆け抜ける。さながらその姿は獣の疾走。人間には読めない思考と機動パターン。だからこそ、狙撃が当たらない。

「まったく、本当に世話の焼けることですね」

 最後の少年が一番のでたらめだ。

 黒髪で小柄な少女を思わせるような少年。しかし、その手に握るのは小柄な身長に匹敵する刃を形成した日本刀。それが、銃火を鳴らすたびに煌く。

 それだけで放たれた銃弾が二つに割れて大地に突き刺さった。

「嘘だろ?」

 彼等は英雄ではない。あくまで人間だ。なのに、彼らの生む結果は英雄のそれに酷似していた。

 どんな大群も意味をなさない。彼等がたった一人いるだけで世界と戦場が収束していく。それに近い光景だったのだろう。

 しかし、それでも最初の少女は距離さえ詰まれば機関銃などの掃射で穴だらけにできるし、後者二人も同じだろう。

 だからこそ、彼等は見逃してしまった。

 一番重要なはずの正面扉に続く道路。そこがまったくの無警戒になってしまったことに。そして、その道路を加速する、トラックのような車両を。

 ゆえに、彼等が気づいた時には、車両がゲートをぶち抜いていた。

「っ!」

 慌ててゲートに視線を向けようとしたところに、

「イッツショーーーーーターーーイム!」

 残り三十五人の悪童が出現した。


「あいつらホント欲丸出しだな」

 ポツリと十夜は呟いた。

 そして、そのままスフィアラボの入り口に車をつけ運転席から降りる。パッと見は市役所に似たような三階建てのそれが目の前にあるが、中身はそうではないのだろう。だからこそ、十夜は助手席から運転席に移った左に視線を向ける。

「それじゃ、棺切り離してくれ」

 言うなら金属音が鳴り響き、ケーブルもろとも、牽引されていた棺のようなものが切り離されて地面に降りる。

「どうせコイツを開けるパスワードはクソ女しか知らねぇ。テメェはさっさと遠くに避難しとけ」

 実際、とんでもない思考速度と能力を持っていても、実際は肉体的に一般人にしか過ぎず、鉄火場には不要の存在だろう。

 それを自覚した上で運転席に移っているのだから、それもまた仕方のないことだ。

「ふ、吹雪君も気をつけてね?」

「ああ、テメェもな」

 言うと、若干口をもごもごさせた後、それでも左は口を開いた。

「そ、それじゃデートの約束忘れないでね!」

 言うなり返事を待たずにアクセル全開。棺をなくしたトラックもどきは高速で小さくなっていった。

「・・・さて」

 苦笑しつつ懐から取り出した一つの拳銃を右手に握る。

「始めるとしますかね」

 スモークのかかった自動扉の前に立つ。向こうの景色はわからないし、ドアが開く気配もない。

 だからこそ、十夜は問答無用で蹴り破った。


「来たか」

 どこかで誰かが反応する。


 蹴り破った瞬間、理解したのは手遅れになりつつも、手遅れになりきっていなかったという事実だった。

「はっ、こいつはまた愉快だねぇ」

 本来だったら白い壁に白い受付。清潔感の漂う病院のロビーのようなものだったのだろう。

 しかし、今、十夜の目の前に広がっている光景は、

「大層な地獄だったようだな」

 眼下に落ちているのは成人男性思しきものの腕。そして、バケツでぶちまけたかのごとく赤く染まった壁や床。

 様々なパーツが床に転がったら壁に張り付いている。そして、匂いもまた強烈だ。呼吸しただけで鼻が腐りそうな血臭。まともな人間なら数分いただけでも気が狂うような世界。ましてや、喉ら鳴らすようなくぐもった音が、薄闇の向こうから響いてきている。

「喰い散らかしたんなら、その分現出してもおかしくはねぇわな」

 どれだけの人数がいたかは知らないし知りたくもない。だが、それだけでも知っていればどれだけ倒せばいいのかも理解できたのかもしれない。とはいえ、そんなことが問題ではないのだろう。

「ああ、気にすんな。テメェ等殺すための武装は揃えて来てるからな」

 とはいえ、個人の携帯できる量には限りがある。しかし、それでも十夜は不敵に笑っていた。次々に姿を見せてくる、頭部装甲を持ち、チェーンの尾を持つ大型のイモータルの接近を待つ。本来ならここにいてはいけないイモータル。

「つまり、あの時の騒動はここが元凶か」

 でなければ同種のイモータルがいるはずもない。

 だからこそ、次々に押し寄せてくるイモータルに銃口を向け、

「さあさあ、始めて終わりに向かおう。血に濡れたパーティーを再開しよう。だからこそ俺はここに来た。テメェ等の血染めのカーテンで終わりを彩ろう」

 引き金に指を添え、

「喜劇と悲劇に終わりをつけるぞ!」

 銃声。


 義理の両親が健在だった頃。つまりはまだ兄とは疎遠だった頃、彼はこういった。

「おい、香夜。そんなんじゃテメェ今後舐められるだけだぞ?」

 なにが? と思った。

「そんな黙って頷いて周りに合わせてりゃ良いなんて個性捨てちまえ。そのままだと回りに食い物にされて終わるだけだぜ?」

 最初、こいつが何を言っているのか理解できなかった。なぜなら、自身は養子として迎え入れてもらい、個性どころか意見など言える立場ではなかったのだから。受け入れてもらえたことを感謝こそすれ、何か確立すべきものなどありはしなかったのだ。

 なのに、この兄という存在は滅茶苦茶だった。だからこそ、大嫌いだった。

『死んで欲しい』

 そうとさえ願ってしまったのだ。

 しかし、新しい両親と円満に暮らしたい。そう思ったから、香夜は兄という存在を形式としてだけ受け入れた。だからこそ、毎日目に入る度に苛立ちを覚え、同じ空気を吸うことすら嫌悪した。

「なのに、笑ってしまいますね」

 キチガイどもが発奮してくれたおかげで、何とかスフィアラボの外周までたどり着いた香夜は笑ってしまう。

 一時期は死すら願っていた血の繋がらない兄に対する慕情に。こんなところまできてしまった自分に。

「動くな!」

 バタバタと乱雑な足音が聞こえたため、目の前の扉から視線をはずし、背後のそれに目を向ければ、十人近くの集団が香夜に、手に持つ凶器の銃口を揃って向けていた。

 本来ならありえない光景だろう。油断こそすれ、揃って全力を向けることなどありえない。まあ、それだけ兄のクラスメイトが暴虐を振るったのだろうと思えば納得もできた。

「それで、あなた達はどうしたいのですか?」

 振り返った香夜の両手に装着されるのは手甲。近接戦では有効かもしれないが、香夜と相手らとの距離は五メートルほどだ。つまりは、その武器が脅威を振るうことはない。

 まあ、だからこそ、彼らも香夜を一方的に撃ち殺すことなく声をかけられたのだが。

「あの暴れている連中をどうにかしろ!」

 集団の一人が叫ぶが、香夜は溜息一つ。

「あちらは私とは無関係です。私は私の目的で動いていますし、向こう側も誰かが捕らえられたからといって止まるような方々ではありませんよ?」

「なら、お前は死にたいのか!」

 揺れる無数の銃口。そこから吐き出される銃弾が直撃すれば香夜はなすすべもなく死ぬだろう。それでも、彼女には余裕があった。そんなものは怖くないとでも言うように短く息をつく。

「いいですか? 戦闘というものは膠着状態に陥った時点で負けなのです。なぜなら、一方的に殺すという立場をなくせば残るのは鍔迫り合い。己の技量と力に自信があるならあなた達は勝つでしょう。しかし、この場合はどうですか?」

 距離はあり、自身の武器は四肢だけ。それでも香夜はこれが膠着状態だと言い切った。

「大体、不安からでしょうけど、あなた達は密集しすぎです。本来なら味方同士でも一定の距離を保ってチームとして行動すべきです。なのに、そんなに集まりあって同士討ちにでもなったり根こそぎにされたらどうするのですか? そんなことも理解しないで、私達と相対した時点で終わっているとなぜ理解できないのです」

 それが個人の集団と軍隊の違い。

 ここにいる学園の生徒達はあくまで個々の集団だ。しかし、共通する目的のためにチームとして機能している。しかし、対して香夜の目の前の集団は揃って恐怖に怯えるだけの個人だった。

「なら、お前はこれが覆るとでも………」

 言葉は続かなかった。

 刹那、後方で起こった爆発音に全員が気を取られ、その瞬間に、

「知ってました?」

 その少女は銃口を眼前にしていた。

「覆せれるから私達はここにいるのですよ」

「っ!」

 引き金を絞ろうとするがもう遅い。誰かがフォローに入ろうにも言葉の通り距離が近すぎる。

 ゆえに、香夜は拳の一振りで銃口をなぎ払う。

 女の細腕。しかし、生まれる結果は破壊の嵐だ。

 それだけで銃口は折れ曲がり、引かれるトリガーは暴発していく。悲鳴と血の花が咲きながら、その中央で少女は笑う。そして、

「………大体よぉ」

 手甲に包まれた掌で自身の頭部を掴み、

「テメェ等、兄さんの邪魔をしてんじゃねぇよ!」

 勢いよく引き離された時、その下から現れたのは金の長髪だった。同時につつしまやかに引き結ばれた唇はめくりあがり、牙のような犬歯が口元で光る。

 同時に、この場にいる全ての人間が背筋から這い上がる感触に言葉をなくした。

「!!!!!」

 一瞬前までの原型など欠片もない。そこにいるのは暴力衝動の塊だ。ゆえに、彼等は揃って戦慄する。同時に思う。

『さっさと殺しておけば良かった』

「でも、遅っせぇんだよぉーーーーーーーーー!」

 曲がる。折れる。打ち砕ける。

 香夜が四肢を振るうたびに何かが壊れて散っていく。

 対する彼等が得るのは恐怖しかない。目の前で仲間達がダンプカーに轢かれていくような光景に見入ることしかできず、次の瞬間、金髪の悪鬼が目の前に迫るのだ。

 痛みを感じる間もない。痛みよりも先に襲い掛かる衝撃と恐怖に意識を刈り取られるのだ。

「っ!」

「あのなぁ? 勝ち鬨ってもんは死体を目の前にして言うもんなんだよぉぉぉーーーーーーー!」

 ゆえに放たれる言葉と打撃。それは確かにその通りだった。

 だからこそ、彼等はこれから一生忘れることもできないだろう。人の形をした獣に襲われた出来事を。

 そして、彼らの全てがなぎ払われるのはこれから十秒後のことである。


 血の海といっても差し支えないそこに香夜は立っていた。もっとも、誰一人命を落としてはいないが、それでも、彼等が二度と戦線に復帰することもないだろう。

 それだけの負傷を与え、それ以上の恐怖を刻んだのだから。

「こちら吹雪。あぁ? 兄さんじゃねぇ吹雪はあたししかいねぇだろうが。とにかく状況は終わらせた。後はあたしの好きにさせてもらうぜ?」

 言って携帯電話を懐にしまう。

 その上で思う。

「あたしの方で全部やっちまうか?」

 敷地内の全戦力ぐらいは香夜一人でも殲滅できるだろう。それどころか、兄のクラスメイトまでここに来ているのだから始末に終えない。むしろ、同士討ちを危惧するところだが、今回だけはそれはないだろうとも思う。

「暴食か」

 これだけが別格だ。

 七英雄、七つの大罪。その呼び方は様々だ。

 しかし、それだからこそ、戦うという発想がありえない。

 たった一人でイモータルを殲滅するために作られた人の形をした兵器。そんなものに勝てるはずもない。そもそも土台が違うのだ。だからこそ、兄のクラスメイトも中にまでは潜入していない。

 香夜も切り札の一つや二つは用意している。実際、兄よりも強い自信もある。現実的な話、十夜は弱者で香夜は強者だ。

 だがやはり、暴食とは相性が悪すぎる。

 だからこそ、相対すべきは兄だろう。あの最弱の最凶がどうにもできなければ敗北は必須だ。

「なら、あたしはあたしのできることをするだけか」

 香夜にできるのは手足を振るうだけのことだ。人もイモータルも関係ない。どちらすらも根こそぎにしてしまう人の形をした獣。

 遺伝子調整を施され、常人から規格を外れた第二世代聖剣プロジェクトの被検体。

 正確に言うなら戦闘職に関しては、ほとんど全ての人間が第二世代被検体だ。

 その自分ができることは、

「あの女を助けることか」

 今頃兄は血みどろになっているだろう。そして、笑っているはずだ。

 誰よりも弱く、誰よりも儚いのに、それでも笑っているのだろう。誰よりも死に掛けて、誰よりも弱いのに、それでも立ち上がって敵の喉笛に食いついているのだろう。

 香夜はそんな兄が好きなのだ。

 だから、主役は譲ろうと思う。

 この選択が後悔に繋がるとしても、それでも、兄のスタイルは好ましいのだ。それを止めることだけはできない。

「さぁて、似合わない囚われのお姫様を助けに行きましょうかね」

 拳を握る。それだけで目的は明快だ。

 そう、兄の代わりに救いに行くのだ。そして、言おうと思う。

「ざまぁみろ」と。

 それだけで心が震える。しかし、もし、自分が逆の立場になった時、来たのが彼女だったら自分はどう思うだろうか? その瞬間だけは自身は彼女に同情したのは言うまでもない。


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