暴食
「くたばれ」
銃声。
同時に巨体が倒れる音が床に響く。
そして、周囲を見渡せばあたり一面血の海だ。
言うまでもなく、それを垂れ流したのはイモータルの死体。多数現出していたそれは、今や残らず血に浸っている。
場所は入り口のロビー。入った場所から受け立つしか他なく、たった今その処理が終わったところだった。
「とはいえ」
満身創痍だ。
コートは無事なところがなく、むしろ傷が見え隠れしている。あまつさえ、ただでさえ折れていた左腕は完全なくの字を描いている。むしろ、無事な箇所のほうが少なかった。
とはいえ、総数十五体のイモータルを始末したわけである。まともな人間で言うなら奇跡的な数字だ。
しかし、代償も多かった。持参した武装の半分を使い切り、それ以上の負傷を負ってしまった。それは、つまり絶望的な状況という意味だ。
「楽じゃねぇなぁ」
薬物も摂取している。長くは持たないだろう。望むのは短期戦だ。
ゆえに、十夜は歩を進める。
本来は美咲の回収が最優先だ。しかし、この状況を見て思ってしまう。
「殺す方が先だ」
攫ったということは殺す気がないという意味だ。それ以上に。
「これはねぇだろ」
ほとんどの職員が殺されていた。
その意味は簡単だ。彼等はイモータルを生み出すための材料にされたのだ。それ以上でも以下でもなく、ただ、無意味に捕食された。その上で生まれた異形は今のところ十夜に殺され尽くしている。
「本来ならクソ女は俺が助けたかったが」
今は回りの外道どもに任せるしかなかった。
だからこそ、
「きっちり役目はこなさねぇとな」
一歩一歩が重い。出血もあるだろう。薬物の後遺症もあるだろう。それでも十夜は止まらない。
最弱の身体のまま一歩一歩を進んでいく。
対して広くもない廊下だ。しかし、その一面に広がるのは粘着質な液体と、それが巡っていた欠片たちだ。
「運がなかったな」
大した感想はない。
しかし、地獄のような腐臭にまぶたをゆがめながらそれでも歩く。
そして、それを繰り返した後に現れたのは、
『所長室』
「ここにいるのがラスボスか」
そこにいるのはこの世の英雄。同時に虐殺者だ。
イモータルをも虐殺できる奇跡の存在。それが扉の向こうにいる。本来なら、対峙するだけでもありえない。目を合わせただけで殺されるかもしれない。そういう世界の住人が扉の向こうにいるかもしれないのだ。
しかし、十夜の行動に遅滞はない。
右手は銃でふさがり左腕は折れ砕けている。だからこそ、全身を旋回させた上で右足を解き放つ。
壊音。
豪奢な彫り物を施した木製扉が欠片となって砕け散る。
同時に、
「っ!」
あまりの腐臭に顔を歪める。
「っ! これは・・・」
濁っていた。淀んでいた。腐っていた。
明かりもついている。壁や絨毯にも汚れはない。
白い壁紙の、清潔感に溢れた執務室。
見るだけなら、どこかのお城を思わせるような明るく豪奢な室内だ。しかし、
『腐ってやがる』
ただ一点だけが全てを台無しにしていた。
それこそ匂い。
どこまでも生臭く、戦場を知っている十夜ですら吐き気を催す死臭。
『どうすればこんなことになるんだよ』
見た目は清潔感が溢れている。しかし、実際は違うのだろう。だからこそ、十夜は思う。
『ここは屠殺場だ』
見た目だけは取り繕っている。しかし、混在するのは百じゃ利かない死の集合体だろう。そうでなければ、壁紙を塗り替えようとも、床を張り替えようともこんなことにはならないはずだ。
こんな場所にいられるのは正気ではない者だけだと十夜は思う。
だからこそ、十夜は笑う。
「頭おかしいぜ」
殺意を持つのは得意だ。クラスのキチガイどもとは一人残らず殺し合いをしたことがある。他もまた然りだがそれはどうでも良い。
だが、それでも、その目の前にいる存在は異質過ぎた。逸脱し過ぎていた。
「随分乱暴なノックねぇ」
そこにいるのは一人の少女。
背はそれほど高くもないが、どこまでも細い。手足は枝のようにやせ細り、女性的な曲面など望むべくもない。しかし、それでも整った容姿は鬼女を思わせる。そして何より真紅の長髪は自然界にありえないものであろう。
「こんにちは。君は誰かなぁ?」
「歩く法律違反だ」
金髪の黒衣の悪鬼。それが自身だと言い聞かせる。でなければ対峙できない。
そう、なぜなら目の前にいるのは常識を超えた化け物だからだ。
「ふぅん。クレノからの報告は聞いていたけどねぇ。でも、君はあくまで学生であって戦闘職の訓練生。そんな存在が私の前に来て何がしたいのかなぁ?」
少女は執務机の天板に腰掛けていた。
見た目だけなら線の細い少女。しかし、その密度はこの建物にいる全ての生命体よりも重いだろう。だからこそ、十夜は背筋に流れる冷たい汗を止められない。
『不味いな』
予想以上のプレッシャー。正直、あの赤い瞳に見られるだけで死の予感が高まっていく。だが同時に、
『コイツは殺しておいた方が良い』
英雄なのだろう。だからこそ、殺戮者なのだろう。
『コイツのベクトルはイモータルだけに向いてねぇ』
でなければ、こんな場所でこんなことは起こっていない。全ては彼女が起こしたからだ。だからこそ、ここに生存者が皆無であり、イモータルが闊歩しているのだから。
「返事がないけどどうしたのかなぁ?」
「なあに、考え事してたんだよ」
「例えばぁ?」
血の色の唇が言葉をつむぐ。だから応える。
「なぜ、ここの職員を生贄にした?」
あり得ない話だ。本来なら英雄は世界を救うための役目を負っている。しかし、彼女は殺し尽くした。その上でイモータルとして再生成した。
同系のイモータルが生まれた時点で先日の事件も彼女の行った結果だろう。だからこそ、違和感がある。
あの時見えた赤いシルエットも彼女ならば納得もできる。
「テメェは何がしたい? イモータルを生むのは良い。だけど、テメェのしてることは自殺のようなもんだ。こんな真似をすればどんな連中だって黙っていない。それこそ、テメェを始末しにかかる。なぜなら、首輪のかかっていない猛獣を飼う奴はいねぇからな」
「あはっ」
返ってきたのは笑みだった。それもまた半ば予想もしていた。
そんな人間的な常識に囚われるなら彼女達は英雄になどなっていなかったのだから。
人として生き、人として狂って死んでいたはずなのに。何かを違えた畸形として生き残ってしまったからこうして今も笑っているのだ。
「あはははは」
笑いは続く。
「あはははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」
狂ったかのように笑い、その上で侮蔑したような色が瞳で濁る。
「君は何も理解できていないんだねぇ。私達『魔王』が今更人間程度の存在の意思を歯牙にかけるとでも? そして、人間程度に私達が殺されるとでもぉ? それは認識不足というものだよぉ」
ケラケラと足をばたつかせながら無邪気に子供のように笑う。だが、それを見て覚えるのは胸のむかつきだけだ。
「今のこの世界で私達に抵抗できる存在なんていないんだよぉ? イモータル製の武器で傷を負わされれば痛みくらいは感じるけど、数千数万の命を喰らい、数千数万の密度を持った私達をどう殲滅するとぉ? 実際、私達の行う行為は公務として認識される。それを否定すれば私達は敵に回る。今の政府はそれを納得するのかなぁ? 納得するしかないよねぇ。だって私達を止めれば世界が死滅するんだからぁ」
加えて核でさえもイモータルに傷は与えられない。違う法則を生きる一方的な存在だから。
ゆえに、
「この世界で私達を殺せる存在なんてありはしないのさぁ」
それは一方的なワンサイドゲーム。勝ち目があるはずもない。なぜならこちらの攻撃では殺しきれなくて、向こうの一撃は瞬殺した上でお釣りが来る。そんな存在を殺せるはずも倒せるはずもない。
「それで君は何をしたいのかなぁ? ねぇ? 今なら帰ってもいいよぉ? だって、君程度食べたって大した情報も知識も技術も手に入らない。だから、君は帰ってもいいんだよぉ? だって痛いでしょ身体ぁ。ただの人間がイモータルを殺せるだけでもすごいけど、その代償がそれなら妥当だよねぇ?」
本来ならそれは破格の対応だ。気づけば食い殺している。そんなことばかりの暴食が目の前の獲物を見逃すこと自体が奇跡のようなものなのだ。ここで喜び背を向けてもそれを非難するものはいないだろう。だが、何事にも例外はあるものだ。
「・・・はっ」
靴底が音を鳴らす。
「っ」
それは後退のためではなく、前に進むための音だ。その行為に暴食が思わず息を飲む。
「んじぁよぅ、テメェの好意に乗って聞くがカレンの方はどうするつもりだ? ついでにあのクソ女を攫ってどうするつもりだよ?」
「そうだねぇ。クレノの連れてきた女の子は私達の仲間にするつもりらしいよぉ? でも、カレンちゃんは私の物にするからどうしようもないねぇ」
「どういう意味だ?」
暴食は思う。
なぜ、この少年は止まらないのか? 近づいただけ死ぬ可能性が二乗していくというのにその歩みに躊躇いはない。
元々、背を向けた瞬間に、身体の先端から食い殺してやろうと思っていたのに。
だからこそ、タイミングを逃してしまった。
「彼女は人の手によって合成されたイモータルってことは知っているよねぇ?」
「ああ」
ほぼ向かい合うような状態。歩みを止めた十夜は即座に拳銃を取り出せるし、暴食は即座に丸呑みにできる状況。だから、暴食は彼との会話を続ける。なぜなら、いつでも捕食できるのだから。
「彼女はイモータルでありながら、イモータルを制御するためのチャンネルを持っているのぉ。それがどういう意味かわかるぅ?」
「イモータルという存在に己の命令を聞かせることができるってことだろうが」
「そうそう、君自身も見たんだよねぇ? だったらわかるでしょ? あの能力は意思のあるイモータルには無意味だけれど、それ以外のイモータルを全て支配下に置く事ができるんだよねぇ」
なおかつ、
「私達のイモータルとしての力は喰らった者と物の力と知識を手に入れることができるの。なら、わかるでしょぉ?」
カレンを喰らえばカレンの力を得ることができる。それこそ、嫉妬にも対抗できるような軍団を手に入れることもできるし、何より、自身の欲求を自制できる術を手に入れるということだ。
これ以上の肥大化を抑え、自己を自己として保つことができるようになるのだ。
だから、暴食はクレノやカレンを作ったのだ。
おびただしいほどの失敗も挫折もあった。しかし、彼女は成功したのだ。自身の手による最高のご馳走を作ることに。
ゆえに、
「言いたいことはそれだけか?」
「え?」
突きつけられた銃口が理解できなかった。
額には冷たい感触。次の瞬間、
銃声。
「!」
かすかな痛みと衝撃。後ろに倒れる自分を理解しながら、彼女は叫ぶ。
「喰らい尽くせぇ!」
刹那、暴食の左腕が肥大化し、同時に内側から裂けた。その内部から覗くのは赤く染まった無数の牙だ。
それが、視界の外で拳銃を握っている少年へと牙を剥く。
「はっ!」
手ごたえはない。不発を理解しながら暴食は後転して目の前を見た。
「ったく、テメェ等のような強者はいつだってそうだ。テメェの力が強大だから何だって思うように歪められると思ってやがる」
チンッと音を鳴らしてオイルライターが火を灯す。それは口元の紙巻タバコに火を灯し、続くのは紫煙だった。
「だけどなぁ、世の中には例外ってもんがある。例えば、勝ち目がないとわかっているのに突撃する馬鹿。目論見もないのに現状を始めちまう愚物。そして、死ぬとわかっていても神風をかます阿呆だ」
十夜はわずかに後退していた。だからこそ、捕食を逃れて無傷。もっとも、足元には血が滴ってはいるが。
「それなら君はバカだねぇ。私達のような存在と対峙したらどうなるか理解できてるよねぇ?」
それはすでに戦いですらない。イモータルすら虐殺する存在と向かい合って必要なのは力ではない。過ぎ去ることを待つ忍耐と見逃してもらえる運の二点だ。そして、十夜はどちらも失っていた。
「だから、君死んだよぉ? 私なんかと向き合わなければ、終わりが来るまでは好きな女の子とイチャイチャできたかもしれないのにぃ」
「語尾がうぜぇよ」
銃声。
またしてもかすかな痛み。しかし、そんなものでは暴食に毛ほどの傷もつけることは敵わない。だからこそ、暴食は笑ってしまう。
「なに? それだけぇ? それなら早々に終わってしまうよぉ? お姉さんを満足させるには量と質が足りないかなぁ」
暴食が机から降りる。そして、距離をとったままの十夜と向かい合う。そして、口上を告げる。
「私は七つの大罪が一人『暴食』魔王に挑む勇者よ最後の言葉は? 私は喰らい尽くす事で応えよう。それが私の存在意義にして存在理由。魔王を目の前にして残す言葉は?」
「はっ」
右足を引き、紫煙をくゆらせていたタバコを吐き捨てる。
「俺は歩く法律違反。だからこそ、テメェを殺してやんよ!」
牙を剥く最弱。
圧倒的な力量差を持った二名が対峙する。
「さあさあ始めよう。血の幕で上がった舞台と物語を。そして、繰り返し殺しあおう。愉快と悲劇を混ぜた物語で始めよう。その上で血みどろと流血を交えて始めよう。さぁ、開幕だ!」
銃声。
もう少しで終わります。感想やブックマークしていただけると嬉しいです。




