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見る目のない彼女

 「あたし、まだ音のこと好きでいいの?」


 ポツリと呟かれた杜和子さんの言葉に、当たり前、と答える。

 「というか……好きでいてください」

 (自分勝手だけど、そうじゃないと俺が困る)

 耳元で囁くように言うと、ようやく安心したように杜和子さんが体の力を抜いて、俺の方にもたれかかった。

 

 『杜和子さんはひとりで大丈夫、みたいなこと言ったけど、全然、そんなこと本当はないと思う』


 楽が言っていた言葉を思い出す。

 ずっと大きくてしっかりした人に見えたのに。

 (……違うか)

 俺が頼りないから、その分しっかりしようとしてくれていただけなのだろう。

 それに気が付いていなかった俺は、バカで、どうしようもない奴だというのに。

 (それでも、まだ好きで居てくれるなんて、杜和子さん見る目ないよな)


 『バカ』

 その台詞を何人から聞いただろう。

 直接言葉にしなくても、きっと心の中で何度も言われたはずだ。


 しばらくそうしていると、腕の中で杜和子さんが身じろぎをした。

 顔を手で押さえながら、モゾモゾと抜け出そうと試みている。

 それが、逃げ出そうとしているように見えて、思わず抱きしめる腕を強めた。

 「杜和子さん?」

 どうしたのかと声をかけると、俯いたままの顔から、ごめん、と小さな声が聞こえた。

 「今、顔ものすごくぐちゃぐちゃだから、洗ってきたいんだけど」

 そう言えば、少しは力が緩まると思ったのだろうか。

 (全然、崩れてないってば)

 赤い目と、頬の涙の後。

 それを、簡単に洗い流して欲しくなかった。

 「駄目」

 「え?」

 「俺が、まだ杜和子さんを離したくないから、駄目」

 「音?」

 子どものような口調で、更に腕の力を強くした俺に、杜和子さんが小さく笑う。

 「それじゃぁ、もう少し泣いた跡残しておこうかな」

 そうすれば、少しは罪悪感、感じるでしょう?

 そう言う杜和子さんが、もう一度トンッと頭を俺の胸の辺りに寄り掛からせた。


 「あ、そうだ。音?」

 すっかり落ち着いたらしい杜和子さんが、再び口を開く。

 今日の杜和子さんは、いつもに増して喋る。……それとも、これが杜和子さんなのだろうか。それならそれで、おしゃべり好きな杜和子さんも悪くないと思えてしまうのだから、今更ながらどれだけ自分が杜和子さんを好きだったのか思い知らされる。

 「何?」

 「あのさ、確か唯子ちゃんって言ったよね」

 あたしと別れて、付き合ってた相手って。と続ける杜和子さんの言葉に驚く。

 「……なんで、そこに唯子の名前が出てくるわけ?」

 「昨日、楽くんに聞いたの。それに、音もよく言ってたじゃない。クラスメイトの女の子の話」

 「……ああ」

 楽のやつ余計なことを、と思いながらも、そこを責められるのは仕方ないと、腹をくくる。

 ……けれど、次に杜和子さんの口から出てきたのは、全く違うことだった。


 「そろそろさ、さん付け止めない?」

 

 (…………は?)


 思いがけない言葉に驚くと、それを否定と勘違いしたのか、

 「嫌だったらいいんだけど、あのね……えっと、なんていうか……『杜和子さん』って呼ばれると、つい、お姉さん演じちゃいそうな気がするというか…………正直、呼び捨てで呼んでもらえてた彼女が、羨ましいなぁとかも思ったりして」

 と、耳まで顔を真っ赤にして、しどろもどろに説明してくれる。


 (もしかして、そんなことまで、気にしてたのか……?)

 嫌だったらいい、なんてこっちの都合なんか考えないでいいのに。

 

 「杜和子、って呼んだらもう弟扱いしないでくれる?」

 「…………弟扱いなんかしてない」

 「そう? 随分しっかりしたお姉さんに見えたけど?」

見えるようにしてただけだもの、と俯く杜和子さんの頭をそっと撫でる。

 「まぁ、そんな顔してるの見たら、もう杜和子さんのことしっかりもののお姉さんだなんて思えないけど」

 自分の気持ちを自覚するのが、遅すぎた分、今更だけど、ようやく自信を持って言える。

 「俺も、弟なんかじゃないから。きっと、杜和子さんが思ってる以上に、ちゃんと杜和子のことが好きだから」

 

 言い聞かせるように、もう一度ゆっくりと抱きしめながら言う。

 その言葉にくすぐったそうに笑い声を上げると、彼女はゆっくりと俺に視線を合わせ、見たことがないくらい嬉しそうな笑顔を浮かべた。


<END>

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