7.心配してくれたのは
予定では6時に起きるつもりだったのに
目が覚めたら、8時を過ぎていた。
あたしはまだ眠い目をこすりながら
カーテンの隙間から海を見た。
波はあるけれど、少し風が吹き始めている。
これだから海に入るのは、
風が少ない早い時間の方がいいのにと
寝過ごした事を後悔しながら
あたしはとりあえず車の外に出た。
うーんと伸びをして、すがすがしい朝の空気を
胸いっぱいに吸い込む。
抜けるように高い、秋の青空が気持ちいい。
と、その時、自分の車の後方に
カオルさんが立っているのに気が付いた。
ウェットスーツ姿で、腕を組んで海を見ている。
髪もウェットも濡れているから、
今まで海に入っていたんだろう。
「カオルさん。おはようございます」
あたしは声をかけた。
「ああ……オハヨ」
カオルさんは振り返ると、あたしを見て
「寝てた?」 と聞いた。
カオルさんの視線を受けて
あたしはボサボサになっているだろう髪を
慌てて撫でつけた。
ボブにしてから寝ぐせがひどくて困る。
「そうなんです。ちょっと、寝坊しちゃって」
「そっか。なら、いいんだけど」
「?」
「車はあるのに、海にいなかったから……」
「え……もしかして、心配してくれたんですか」
「ま、一応ね」
あたしは驚いた。
カオルさんは心配して
あたしの様子を見に来てくれていたのだ。
あたしは本当に、驚いた。
挨拶を交わすくらいにはなっていたけれど
そんな風に心配されるなんて
思ってもみなかった。
でも後になって考えてみれば、だけれど
心配されるのも無理はないと思った。
あたしだってカオルさんの車があるのに
その姿がどこにも見あたらなかったら
海の中で何かあったのか、とか
具合が悪くて車から出てこられないのか、とか
色々と心配をしたと思う。
男に対してならそんな心配はしないだろうけど
あたしもカオルさんも、海では少ない女の一人。
「ありがとうございます。すみません心配かけて。
あたし、夜のうちに着いたんですけど
そのままぐっすり寝ちゃってて」
「よく泊まるの? この辺」
「そうなんです」
あたしはどうもさっきからピヨピヨ跳ねている髪を
なんとか両手で隠した。
「朝来るよりは、夜の方が道すいてるから、ラクで。
でもいつもはもっと早く起きるんですけど」
「そうなんだ。
でもこの辺ね、あんまり安全じゃないから。気を付けて」
確かに夜のビーチは、安全とは言い切れない。
「男ならいいけど。可愛い女の子がひとりじゃ、危ない」
「お……っ! 女の子って歳じゃないですって!」
あたしが笑うと、カオルさんもククッと笑った。
「いくつ?」
「え? あ、30です」
「30!!! もっと若いと思った」
「カオルさんはいくつですか?」
「34。そういえば、名前聞いてなかった」
「シノです。シノ」
「シノちゃんね。ちょっとここで待ってて」
そう言い残すと、カオルさんは足早に
自分の車の方へ歩いて行った。
カオルさんの車はけっこう離れたところにあった。
という事は、あたしの車のそばにいたのは
本当に心配してくれていたんだと改めて思う。
嬉しいなと思ったし、
スゴイなと思った。
おそらく、カオルさんは地元のプロサーファーだから
そういう立場なりに、いろんな人に目を配って
海の安全を守ってくれているんじゃないだろうか。
車から戻ったカオルさんは携帯を手にしていた。
「海に来る時とか、なんかあったら
いつでも連絡してくれていいから」
あたしは喜んで連絡先を交換した。