4.見とれすぎ
その日の波は、いつもより大きかった。
波が大きいと、乗ること自体も難しくなるけれど
それより何より、沖に出ることが難しくなる。
サーフィンは、波より沖まで出れなければ
波には乗れない。
久しぶりに少しハードになりそうだな、と思いながら
あたしは気合を入れ直して、沖を目指した。
崩れた波が、分厚い白波となって押し寄せていた。
まともにくらえば岸に戻されてしまうので
ボードと一緒に潜って、波の下をくぐる。
くぐっては、パドルする。
ひたすらそれを繰り返す。
ゆらゆらと波に翻弄される姿は
まるで小さな木の葉のようだと思うけれど
そんな風に自分を感じる事が
あたしは嫌いではなかった。
何枚かの白波を越え、
穏やかな沖まであと一枚の波を超えれば、
というところまで来た時だった。
向かってくるひときわ大きな波の上に
あのカオルさんの姿が見えた。
見えたと思った、瞬間だった。
ひらり。
言葉に例えるなら本当にひらり、と
彼女は軽々と、波の上に舞い立っていた。
それは絶妙なタイミングにして
完璧なポジションだった。
あまりにも芸術的なテイクオフに
あたしの目は釘付けになった。
そのまま、呆然と見入ってしまう。
斜面を駆け下りる彼女の長い足は、
力強くボードを踏みつけ
硬そうな波の面を、容赦なくえぐった。
スゴイ……!
ほんとにスゴイ!
プロだから上手いのは当たり前、とはいえ
海の中で間近に見る迫力は、けた外れだった。
これほど間近に…………
と思った時だった。
しまった。近すぎる!!!
彼女のボードはスピードを増しながら
こちらへ向かってきていた。
しかも、どう見ても彼女の進行方向に
あたしは浮かんでいる。
ボーっと見とれてる場合じゃない。
避けないと……!
あたしは焦ってパドルした。
海の中では、波に乗っている人が最優先される。
乗っている人の進行方向を妨害するのは
やってはいけないマナー違反であり
何より、最も危険な行為だった。
いつもは気を付けている事なのに、油断した。
見とれすぎていた。
回避できるタイミングを
あたしは完全に失ってしまっていた。
彼女のボードが迫ってくる。
一瞬、波の上の彼女と目が合ったと思った。
ダメだ、避けきれない――
ぶつかる、と思って覚悟した瞬間、
彼女のボードは鋭く波を蹴った。
あたしの体、スレスレのところを
彼女のボードが走り抜ける。
間一髪だった。
しかしホッとする間もなく
その後に崩れてきた大きな波に
あたしは勢いよく呑み込まれ
せっかく沖へと近づいていたところを
また岸の方へと、戻されていってしまった。
情けなかった。
初心者でもないのに。
けれど、良かったと思った。
カオルさんで良かったと思った。
もしあれが他のサーファーだったら
絶対に衝突していたと思う。
あたしは体勢を整えると
また少し遠ざかってしまった沖と
カオルさんを目指して、パドルを再開した。
とりあえず、謝りに行かなきゃいけない。
*パドル……ボードの上に腹這いになって、クロールのように両手でボードを漕ぐこと