表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
27/27

最終話 二年後の酒場

帝国歴205年。


真昼の帝都では、冒険者酒場がいつもの喧騒に包まれていた。


木製のジョッキが卓を打つ音。

依頼を終えた者たちの笑い声。

酒と肉料理、それに安葉巻の煙が混じり合う。


その一角で、ボレスとエステルが卓を挟んで向かい合っていた。


ボレスは皿に残った骨付き肉に齧りつき、エステルは酒の入った杯を静かに傾けていた。


二人はこの二年間も、変わらず組んで仕事を続けていた。


つい先日まで別の土地で依頼を受けており、それを終えて帝都へ戻ったばかりだった。


「考えてみりゃ、嬢ちゃんと旅してたのは、たった二ヶ月だったんだな」

ボレスが肉を噛みながら言った。

「濃すぎたのよ。私は半年くらい振り回された気がするけど」

「半年で済むか?」

「そうね。やっぱり一年くらいかしら」

エステルが肩をすくめた。



シケリウム島から生還した後、エレナリアにはヴァルキエル家の後始末が待っていた。


アレクサンダーの研究には帝国の調査が入り、古城と研究区画、封印施設の封鎖と安全確認が進められた。


残された研究記録は、一つずつ整理して帝国へ提出しなければならなかった。


調査は、シケリウム島だけに留まらなかった。


太陽のプーラが安置されていた聖アウレア修道院跡と、ネアポリス湖畔領の月影の礼拝堂にも帝国の調査官が入り、残された設備や記録が改めて調べられた。


父母と兄レオンの弔い。

荒れた屋敷と財産の整理。

失われた家政組織の立て直し。

そして、シケリウム島の封印を二度と破らせないための管理体制の再構築。


エレナリアがヴァルキエル家の正統な継承者であることも、改めて確認された。


帝国による長い手続きを経て、家督と子爵位の継承も正式に承認された。


だが、ヴァルキエル家の再興は、なお途上にあった。


十七歳となったエレナリアは正式な当主ではあったが、領地経営や家政実務のすべてを一人で担っているわけではない。


経験を積んだ家令や後見人の補佐を受け、帝国との調整を重ねながら、家名と使命を立て直し続けていた。


二年を経て、ようやくエレナリア自身が屋敷を離れられる程度には、再建の目処が立ったのである。


そうした近況は、エレナリアから二人へ時折届く短い手紙に記されていた。


調査が続いていること。

家の整理に追われていること。

爵位継承の手続きが進んでいること。


ある手紙には、

「ファブリさんも、帝国の調査官から事情を尋ねられたそうです」

と、月影の礼拝堂の調査についても記されていた。


そして最後には、二人の無事を尋ねる一文が添えられていた。


「そこまで面倒なら、俺たちみたいに家を出りゃよかったのにな」

ボレスが骨付き肉を片手にぼやいた。

「私たちとは事情が違うでしょ」

エステルは呆れたように杯を置いた。

「あの子には、継ぐと決めた家と、守らなければならないものがあるんだから」

「分かってるさ」

ボレスの声に、エレナリアの選択を責める響きはなかった。


一人ですべてを背負おうとしていた少女が、今では周囲の助けを受けながら、自ら選んだ家と使命を立て直している。

そのことを、二人は知っていた。


「あの嬢ちゃんが、書類の山に埋もれてる姿だけは想像できねえな」

ボレスは食べ終えた骨を皿へ置いた。

「古文書の山なら、喜んで埋もれるでしょうけどね」

「飯も食わずに読み続けて、使用人に引きずり出されてそうだ」

「それは簡単に想像できるわ」

エステルの口元に、わずかな笑みが浮かんだ。



ギィ、と。


油の切れた蝶番が鳴り、酒場の重い木扉が開いた。


外の光と風が入り込み、淀んでいた煙をわずかに揺らした。


入口に、赤い外套をまとった少女が立っていた。


肩へ流れる亜麻色の髪。

手には、使い込まれた木杖。


豪華なドレスでも、当主の地位を誇示する装飾でもない。

長く歩くことを前提とした、実用的な旅装だった。


酒場にいた男たちの視線が、次々と入口へ集まる。


少女はそれらの視線を受けても、足を止めなかった。


酒と煙の匂いにも顔をしかめず、背筋を伸ばして店内へ踏み込む。


碧色の瞳に、二年前のような迷いはない。

周囲を見回して途方に暮れることもなかった。


探していた二人を見つけると、少女はまっすぐに卓へ歩み寄った。


二年前より、背が少し伸びていた。


ボレスは、持ち上げかけていた酒杯を止めた。

エステルも静かに顔を上げた。


少女は二人の前で足を止めた。

生真面目な表情が、ほんのわずかに和らいだ。


「ボレスさん、エステルさん、お久しぶりです」


二年前と変わらない丁寧な口調で続けた。


「さっそくですが、お二人にお願いしたい仕事があります。力を貸してください」


ボレスは酒杯を卓へ置いた。

エステルが静かに立ち上がる。


「女子爵様のお願いじゃあ、断れねえなあ」



時に、帝国歴205年。

屍神の封印を再び守る道を選んだヴァルキエル家の若き当主は、もう一人ではなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ